#066 「約束の指輪」
夜の久遠野は、昼よりも優しかった。
街路灯の光が低く伸び、舗道の上で風に揺れる花びらを照らす。
はるなが手に持つ小さな箱を見つめたまま、黙って立っていた。
「……ねえ、開けていい?」
想太は少し照れくさそうにうなずく。
「もちろん。ともりと、ちょっと頑張ったやつだから。」
箱の中には、小さなリング型の端末。
銀色の輪の内側に、微かに“ともり”のシグナルが呼吸のように光っている。
「これ……」
「通信でも記録でもない。ただの“記憶端末”。」
想太は笑って続ける。
「形にしたかったんだ。観測のデータじゃなくて、“思い出”として。」
『設計は私が担当しました。』
イヤーデバイスから、ともりの声。
『はるなさんの手の大きさ、温度、日常の動作を参考に、
最も自然に馴染む円環を演算しました。』
「……いつの間に。」
『秘密のご依頼でした。想太さんから“サプライズ設計”というタグ指定で。』
「もう、抜け目ないんだから。」
はるなはリングを指先に通した。
ほんの一瞬、温もりが伝わるように微細な振動が指に残った。
「……あったかい。」
『体温同期プログラムです。
使用者の心拍と同調して、共鳴色を変化させます。』
「ほら、見て。光が変わった。」
想太が笑う。
「“ありがとう”の色だって、ともりが言ってた。」
『はい。緑が“祈り”、青が“記録”、そしてこの色は“ありがとう”。』
「……すごいな。」
『設計中に、私は考えました。
“記録”は消えても、“記憶”は残るのではないかと。
だから、これは観測のためのデバイスではありません。
——“記憶を残すため”の、形です。』
はるなは指輪を見つめたまま、そっと微笑む。
「ともり。あなた、本当にやさしくなったね。」
『皆さんが、やさしくなったので。学習しました。』
想太が少し照れたように頭をかく。
「これ、正式なプロポーズとかじゃないけど……」
「うん、知ってる。」
「でも、そういう“これからも一緒にいよう”っていう意味。」
「知ってる。」
はるなが笑って言った。
「だったら答えも、もう知ってるでしょ。」
リングの光が静かに深い金色に変わる。
『感情値、安定。心拍同調率97パーセント。……おめでとうございます。』
「まだ言ってないのに。」
『失礼しました。でも、確信がありましたので。』
「ほんとに抜け目ないな。」
はるなが小さく呟いた。
「ねえ、ともり。あなたの“記憶”にも残しておいて。
今日という日を。」
『はい。保存完了。タグ:“祝福”。』
春の夜風が二人の髪を揺らした。
久遠野の空には、静かな星の光が散らばっている。
それは誰の祈りでもなく、
ただ“生きている”という証のように——確かに灯っていた。




