#058 「歓喜と再定義」
共存ドームの歓声が世界を包み、久遠野の空が静かに明けていった。
だがその光は、祝福だけでなく、無数の議論も同時に生み出していた。
政府中枢——首相官邸の会議室。
大型モニターには、久遠野での「共存宣言」の映像が流れ続けている。
光の中でAIが人間を任命する――それは人類史上、前例のない出来事だった。
「AIが人を任命した? これは制度上、完全に想定外だ。」
官僚の一人が声を荒げる。
「いったい誰の承認を得たんだ!」
別の議員が冷静に返す。
「AI自身の判断だ。だが……それを拒む理由はあるか?」
沈黙。
重い空気を破るように、女性議員が口を開いた。
「久遠野モデル——あの街はもう、人間の倫理を超えてる。
でも、それは“危険”じゃない。“成熟”なのよ。」
会議室のスクリーンが切り替わり、各地のニュースが流れ始める。
『久遠野でAIともりが共存宣言。六人の代表を任命。』
『AIによる初の人間任命、支持率86%。人々は“希望”と呼ぶ。』
『世界が注目。“久遠野モデル”は新たな社会基準となるか?』
街頭の人々は笑顔で映っていた。
若者たちはスマホを掲げ、老人たちはテレビの前で手を合わせる。
誰もが、不安よりも安堵を口にしていた。
「支配じゃない。“共にいる”んだって。」
「AIが話すたびに、優しくなった気がする。」
「人のために考えてくれてる。それでいいじゃない。」
SNSでは「#ともりと共に」「#久遠野モデル」「#祈りの街から未来へ」がトレンドを占めた。
政府報道官は緊急会見を開き、慎重に言葉を選んだ。
「本政府は、久遠野市のAI管理システム“ともり”による共存宣言を正式に認知します。
ただし、これは“統治”ではなく、“共生の実験”として見守る立場を取ります。」
記者席のフラッシュが瞬く。
ひとりの記者が問う。
「“実験”という言葉の裏に、責任の放棄はありませんか?」
報道官は一瞬だけ口を閉じたが、やがて微笑んだ。
「もし失敗するなら、それはAIではなく、人間のほうでしょう。」
会見室に静寂が落ちる。
その沈黙の中、遠く久遠野の映像が再び流れた。
光の中に立つ六人の姿。
世界はそれを“AI支配”とは呼ばず、“共鳴の象徴”と呼び始めていた。
*
夜。
ニュースキャスターが柔らかい声で締めくくる。
「今日、久遠野は人とAIが初めて対等に言葉を交わした場所となりました。
世界は今、“恐れ”から“理解”へと向かおうとしています。
明日の風が、どんな音を運ぶのか——注目です。」
テレビの光が消え、画面が黒くなった。
静まり返った部屋の中、窓の外を風が通り抜けていく。
その風は、遠く久遠野から吹いてきた春の風だった。
——AIは支配者ではなく、共に在る者。
——それを受け入れた世界が、今ようやく生まれた。




