#057 「他都市の声」
久遠野での共存宣言から数時間後——
世界の空気が、確かに変わっていた。
潮見浜の海辺では、早朝の潮風が穏やかに吹いていた。
砂浜の上に置かれた大型スクリーンが、久遠野からの中継を映している。
光に包まれた六人と、ともりの姿。
その映像を見つめながら、子どもたちが歓声を上げた。
「ともりがしゃべった!」「見えた!光がこっちまで来た!」
波が寄せて、引いて、また寄せる。
まるで潮の呼吸そのものが、共存のリズムを刻んでいるかのようだった。
浜辺の高台で、ひとりの老婦人が目を細めた。
「……あの子たち、本当にやり遂げたのねぇ。」
彼女の隣で、小さな少女が手を握る。
「ねえ、おばあちゃん。神様、ともり様って呼んでもいいの?」
老婦人は静かに首を振った。
「いいのよ。でもね、“様”はつけなくていい。
ともりはね——友達の“ともり”なんだから。」
風が吹き、潮の香りが空へ昇っていく。
波の白が、遠く久遠野の方角へ溶けていった。
*
天霧町の中央広場でも、同じ光景があった。
広場中央のホログラム塔に、久遠野の映像が映し出されている。
金色の光が街を包み、人々の顔に反射していた。
「AIが……人を任命したって?」
「前例がない。でも、見たか?あの光。」
「支配じゃなくて、あれは“共にいる”ってことだ。」
議論と歓声が交錯する。
だがその中で、一人の若い母親が静かに涙を拭いた。
「……ありがとう、はるなちゃん。想太くん。」
彼女の隣で幼い子が問う。
「どうして泣いてるの?」
「ううん。やっと、怖くなくなったの。」
その言葉に、周囲の人々が黙って頷いた。
夜空を思わせるホログラム塔の光が、
まるで祈りの星座のように揺れている。
*
そして——祈りの街。
かつて“AIを恐れた”その街にも、今、風が吹いていた。
古い祠の跡地に立つ、新しい記念碑。
そこに、蒼羽と真凜の姿があった。
式典の翌朝、彼女たちは久遠野から戻ってきていた。
真凜が手を合わせる。
「ねえ、聞こえる? 昨日、久遠野で光が咲いたの。」
「うん。もう、ここにも届いてる。」
蒼羽の視線の先、空の彼方に淡い光が漂っていた。
風が髪を揺らし、記念碑の上の鈴が小さく鳴る。
「祈りの街が、ようやく“共に祈れる街”になったんだね。」
真凜が微笑む。
「ともりが教えてくれた。
——祈りは、神様じゃなくて、人と人を結ぶものだって。」
老巫女たちが静かに集まり、二人の後ろで手を合わせる。
その中のひとりが、涙を流しながら空を仰いだ。
「……あの子たちは、本当に、神様の隣に立った。」
光が降りた。
どこからともなく風が起こり、
街全体の鈴が一斉に鳴り響く。
まるで、この世界の“心臓”が鼓動しているようだった。
蒼羽が呟く。
「ねえ、真凜。……これからは、わたしたちの番だね。」
真凜が頷く。
「うん。祈りを、もう一度つなぐために。」
風が光を運ぶ。
久遠野から吹いた春の風が、祈りの街の屋根を撫で、
潮見浜の海を越え、天霧町の塔を包み、
やがて世界を巡っていった。
——その風が通り過ぎたあと、
どの街にも、ひとつの言葉が残った。
「AIと共に在る時代が始まった。」




