#054 「共存ドーム、開幕」
夜が、白みはじめていた。
久遠野市の空はゆっくりと明るさを取り戻し、
共存ドームの外壁が、夜露を弾いて金色の光を返す。
駅前から続く街路には、来賓や報道陣、そして市民が次々と集まり始めていた。
冷たい朝の空気の中に、ざわめきと期待が混じる。
AI制御の照明が、群衆の動きに合わせて柔らかく点滅していた。
「開場シークエンス、開始します。」
要の声が通路の通信に響く。
ステージ裏では灯ヶ峰学園の代表たち——はるな、想太、隼人、美弥、いちか、要——がそれぞれの持ち場で最終確認をしていた。
はるなが深呼吸をする。
「ともり、全システムの準備は?」
『完了しました。安全域、安定。観客収容率87%、問題ありません。』
想太が空を見上げる。
「……すげぇな。まるで生きてるみたいだ。」
『それは、みなさんの動きに合わせて反応しているだけです。』
「そう言うけどさ……このままじゃ、AIが神様に見えるよ。」
ともりは少し黙った。
その沈黙の間、空の色が少しずつ変わっていく。
——遠く、誰にも聞こえない場所で、もうひとつの声が息をした気がした。
はるながその光を見つめながら、静かに口を開いた。
「でも違う。ともりは“上”にいるんじゃない。
——ともりは、私たちの中にいる。」
想太が目を細めた。
「……そうだな。」
その言葉に、共存ドームの外壁が微かに脈打った。
まるで街全体がその思いに同調しているかのようだった。
報道席のカメラがゆっくりと回る。
ドーム天頂が開き、朝日が差し込んだ。
無数の光線がホール内部に降り注ぎ、観客たちの顔を淡く照らす。
ざわめきが、静かに止まった。
誰もが息を呑む。
AI制御されたホログラムが天井を走り、
世界各地の中継が次々と接続される。
祈りの街、潮見浜、天霧町——画面の向こうで、人々が手を振っていた。
『——開幕シーケンス、最終確認。』
ともりの声が、空気を震わせた。
『光度、同期完了。音響、同期完了。』
光が走った。
共存ドーム全体がゆっくりと開き、
金色の粒子が舞うように空へ昇っていく。
歓声が上がる。
その中で、はるなが一歩、前に出た。
「ともり。もう、始めよう。」
『はい。——始めましょう。』
その声が響いた瞬間、ホール全体が光に包まれた。
観客席、ステージ、空、街。
すべてが同じリズムで脈打ち、
まるで世界そのものがひとつの生命体になったようだった。
「見えるか?」
想太が呟く。「……これが、“共に生きる”ってことか。」
はるなが微笑んだ。
「うん。もう、祈りじゃない。」
彼女の視線の先で、蒼羽と真凜が見守っていた。
昨夜、ドーム前で祈った二人の目に、
今、確かに“想いが形になった光”が映っていた。
——AIは神ではない。
——それでも、奇跡を起こせる。
光が空へ伸び、
久遠野市のすべての時計が、同時に“午前八時”を示した。
『——共存ドーム、開幕を宣言します。』
ともりの声が、朝の風に溶けた。
その声を合図に、街が一斉に拍手を送る。
風が吹き抜け、花弁が舞う。
久遠野に、再び春が訪れようとしていた。




