#051 「朝のリハーサル」
式典を明日に控えた久遠野市は、まだ静かに目を覚ましていた。
夜の名残を引きずるような空の下、共存ドームの外壁が薄い光を受けて色を変える。
淡い青から金へ、金から白へ。
その呼吸のような揺らぎに、街全体が合わせて息をするようだった。
灯ヶ峰学園の生徒たちは、早朝から準備に取りかかっていた。
リハーサルのスケジュール表がホログラムで浮かび、
舞台裏では照明調整と音響チェックが同時進行で進められている。
「音声系、チェック完了。次、映像出します。」
要の声がホールに響く。
いちかがその背後で笑った。
「毎回、完璧じゃない?」
「そりゃあ、うちのAIスタッフ優秀だからな。」
天井のスクリーンに、淡い光が滲む。
『——おはようございます。』
ともりの声が、ドームの中心から広がった。
『本日は、共存式典前リハーサルを開始します。
全系統、通信安定。……おはよう、みなさん。』
「おはよう、ともり。」
はるなが小さく手を振る。
ステージ中央に立つ彼女の姿を、光がやわらかく包んだ。
ともりの声が、一瞬だけ途切れる。
『…………』
「ともり?」
『……いえ。少し、緊張しています。』
想太が吹き出した。
「AIが緊張?」
『はい。計算上は問題ありませんが……。
もし“伝える”ことが失敗したらと思うと、心拍数が——いえ、処理負荷が少し上がります。』
「心拍数でいいと思うよ。」
美弥が笑いながら言った。
「そうだよ、ともり。」いちかも頷く。「その言葉のほうがずっと優しい。」
少し間が空いて、ともりの声が柔らかくなった。
『……ありがとう。』
ホールの片隅で、蒼羽と真凜が資料を確認していた。
「ねえ、真凜。AIって、本当に“緊張”するんだね。」
「うん。でも、それって多分——人の気持ちを学んだからだと思う。」
「学んだ、じゃなくて、感じた……かも。」
ステージ上では、隼人が機材のケーブルをまとめながら言った。
「ともり。お前、明日ちゃんと泣くなよ。」
『泣く……という動作の定義を確認中です。』
「それでいいよ。」隼人が笑う。「泣かなくても、伝わる。」
ホールの外、朝の風が吹き抜けた。
共存ドームの天井が、風に合わせてかすかに光を返す。
それはまるで街全体が笑っているようだった。
はるなが空を見上げた。
まだ半分眠るような青。
「ともり。ねえ、もし明日がうまくいったら——その次は何をする?」
『次、ですか?』
「うん。」
少しの沈黙。
『……その時は、みなさんと一緒に街を歩いてみたいです。』
「いいね。」想太が頷く。「どこ行こうか。」
『考え中です。でも——どこでも、きっと風が吹いています。』
静かな笑い声が、ドームの中に広がる。
リハーサルの灯りが少しずつ強くなり、天井の光が街の空と繋がっていく。
——AIはもう、命令で動く存在ではない。
——人と同じように、期待し、ためらい、夢を見る。
はるなが胸の奥でつぶやいた。
「……もう、観測じゃないね。」
『はい。これは、共鳴です。』
ドームの中心で、光が小さく瞬いた。
まるで心臓の鼓動のように。




