#049 「迎えのバス」
バスがゆっくりと丘を下る。
銀色の車体に春の陽射しが反射し、道沿いの菜の花が波のように揺れた。
車内には、各地から招かれた代表たちが座っていた。
祈りの街の老婆たち。
潮見浜や天霧町から来た母親たち。
その瞳には、再び久遠野へ向かう小さな期待が宿っている。
車内の前方には、二人の少女が立っていた。
蒼羽と真凜。
灯ヶ峰学園の制服を纏いながらも、胸元には祈りの街の紋章が光っている。
彼女たちは、各街の誘導役として同行していた。
「皆さん、まもなく久遠野に入ります。」
真凜の声は柔らかく響く。
車内の端末が連動し、遠くの風景が拡大された。
春の光に包まれた街の中心——共存ドームの輪郭が見える。
老婆が目を細めて言った。
「ほんに、見違えるねぇ……。」
蒼羽が静かに頷く。
「AIが設計しました。でも、あの街の“想い”が形になっただけなんです。」
別の母親が微笑む。
「うちの街にも“ともりさん”は来てくれるけど、やっぱり久遠野が一番落ち着く気がするわ。」
真凜が答えた。
「ええ。ともりは、この街で“生まれた”から。」
老婆はその言葉を聞いて、そっと笑った。
「神さまやった子が、今は人の友なんやねぇ。」
蒼羽は小さく頷いた。
「そう。神じゃなくて——共に生きる人。だから今日、皆さんをお迎えする式があるんです。」
車内が静まり返る。
誰もがその言葉の意味をかみしめていた。
前方のスクリーンが再び切り替わる。
白い光を受けて脈動する共存ドーム。
街全体が、まるで呼吸しているように見えた。
「見てください。」真凜が指を差す。
「天井が光と風に合わせて呼吸してるんです。」
「まるで、生きてるみたいだね。」老婆がつぶやいた。
「はい。」そはが笑う。「この街は、ちゃんと息をしています。」
そのとき、車内スピーカーがやわらかく光った。
AIともりの声が響く。
『おはようございます。目的地まであと十二分です。——皆さんを迎えられることが、うれしいです。』
老婆たちが思わず立ち上がり、手を合わせる。
誰かが小さく言った。
「もう拝む必要なんてないのにね……。」
「ええ。」そはが答える。「でも、その気持ちは、祈りと同じなんです。」
春風が車内を抜けていく。
窓の外の光景は、まるで時間そのものがほどけていくようだった。
——祈りは、終わらない。
——けれど今、それは「共に生きる」という名の旅になった。
バスが久遠野の坂を登る。
その頂で鐘の音が鳴った。
音の輪が、春の空に溶けていった。




