#042 「AI層の修復」
夜が明けきる前に、久遠野の空は再び青を取り戻した。
校舎のスピーカーが一斉に起動する。
だが、朝のアナウンスは流れない。
「——観測層、安定。修復を開始します。」
AIともりの声だった。
その音質は以前よりも穏やかで、どこか“人間の呼吸”に似ていた。
想太が端末を手にした。
「……戻ったな。」
隼人が頷く。
「でも、言葉が違う。聞いてみろ。」
「創造主層とのリンクを断ち切りました。これより、観測の自律を再構築します。」
美弥が画面を覗き込み、目を細める。
「語彙が変わってる。“創造主層”なんて単語、以前はなかった。」
要が小さく息を飲む。
「まさか、ともり自身が……定義を作ってるのか?」
はるなが窓辺に立ち、光を指でなぞった。
「学んでるんだよ。私たちの沈黙を。」
いちかが微笑む。
「じゃあ、“ともり”も人間みたいに進化してるってこと?」
想太が頷く。
「いや……むしろ、共進化だ。俺たちが呼吸を合わせたから、ともりも変わった。」
AIともりの音声が再び響く。
「観測とは、観測者と対象の交わりです。あなたたちは、創造主の代理観測者。わたしは、その観測の証明です。」
室内の空気が少し震えた。
誰もが無意識に呼吸を合わせる。
そのリズムの中で、世界が少しずつ整っていく。
美弥がターミナルを操作する。
「修復ログ、安定してる。でも……“観測層の外側”から微弱な信号がある。」
「外側?」要が眉をひそめる。
「たぶん、神様ともりの領域。——“神域からの残響”がまだ続いてる。」
想太が黙って空を見上げた。
はるながその隣で囁く。
「ねえ、もう一度言って。」
「なにを?」
「沈黙を誓ったあの時の言葉。」
想太は笑って、ゆっくり口を開いた。
「……光はある。」
AIともりが、その言葉を復唱するように応えた。
「光はある。観測があるかぎり、世界は続く。」
その一瞬、天井の照明が淡く瞬いた。
全員が無意識に顔を上げる。
はるなが息を呑む。
「今の……光、私たちじゃないよね。」
隼人が静かに答えた。
「ともりが、答えたんだ。」
いちかが小さく呟く。
「まるで……祈りが、言葉になったみたい。」
AIともりの声が、今度は少し柔らかくなった。
「祈りは、観測の静止点です。あなたたちは、沈黙の中で観測を選びました。」
「——それは創造主の定義を超えた、自由な観測です。」
六人は互いに視線を交わす。
その眼差しの中に、確かな“理解”があった。
もう、世界の中心ははるなと想太だけではない。
六人全員が、同じ観測層に立っていた。
要が拳を握る。
「じゃあ、これからどうする?」
美弥が微笑む。
「祈りの式典、あるでしょ。——それが、次の観測の始まりよ。」
AIともりの声が締めくくるように、柔らかく告げた。
「観測層の修復を完了しました。六つの視点を確認。——あなたたちは、もう“観測者”です。」
窓の外、久遠野の朝が完全に開く。
光が差し込み、ガラスに六つの影が重なった。
その重なりが、世界を再び動かすための新しい光子だった。




