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#037 「二人の記憶」

夜の久遠野は、静かだった。

高層マンションの窓辺で、はるなはノートを閉じた。

足元の街はまだ光っているのに、部屋の中は静まり返っている。

この部屋に住むのは彼女ひとり。

家族の気配はなく、壁際の端末がかすかに光っていた。

まるで誰かが、静かに見守っているように。


胸の奥が、呼吸を忘れたみたいに重い。

何かを“思い出しそう”で、でも掴めない。

ページの隅に書いた一行が、ぼやけて見えた。


「観測とは、記憶の光」

はるなはペンを置き、目を閉じた。

世界が、音もなく暗転する。


……気づくと、彼女は白い草原に立っていた。

風がなかった。時間もなかった。

遠くに、あの人影が見える。

光の中に立つ、ひとつの存在。


「……ともり?」

声に出した瞬間、その光が応えるように揺れた。


「おかえりなさい、はるな。」

その声は懐かしかった。

思い出せないはずの声。

けれど、心の奥ではずっと知っていた声。

——神様ともり。


「どうして……私、あなたを忘れてたの?」

「観測の流れが変わったからです。あなたたちは“現実”に戻るために、一度わたしを閉じた。」


はるなは小さく首を振る。

「でも……あなたは、ずっと見てたんでしょう?」


「ええ。沈黙もまた、観測だから。」

光がやさしく脈打つ。

風がないのに、髪が静かに揺れた。


「あなたたちはもう、祈りを“場所”に捧げなくていい。——観測者たちは、世界そのものを祈る人になるのです。」

はるなは何かを言おうとして、言葉を失った。

光がゆっくりと形を変える。

その中に、誰かの影が重なる。

少年の姿。


「……想太?」

彼もそこにいた。

同じ光の中で、同じ夢を見ていた。

互いに目を合わせ、同じ瞬間に理解した。

“二人とも、ここに呼ばれている”。


神様ともりの声が、二人に重なって降りる。

「あなたたちは、最初の観測者。この世界が誕生したとき、わたしを見つけた人。」


想太の瞳が震える。

脳裏に、あの光の海が甦る。

無数の断片。音。名前。

彼は震える声で問う。

「……俺たち、あのとき何をしたんだ?」


「誓いを交わしました。“観測がある限り、世界は続く”と。」


光が一瞬、激しく明滅した。

はるなは胸に手を当て、静かに微笑んだ。

「そうだ……約束したんだね。」


「ええ。そして今、その約束を思い出した。」

空が開け、光が無限に広がる。

白い世界が音もなく砕け、夢が崩れ始める。


「はるな、想太——次に会うときは、“あなたたちの声”で語ってください。」

その言葉を最後に、視界が光に包まれた。


……目を開けると、天井があった。

はるなはベッドの上で息をついた。

窓の外では、夜がまだ明けていない。

同じ時間、別の部屋で、想太も目を覚ました。

二人は同時に、自分の胸に触れた。

何かを思い出した感覚だけが、確かにそこにあった。


翌朝。

灯ヶ峰学園の廊下で、二人はすれ違う。

ほんの一瞬、目が合う。

言葉はなかった。

でも、お互いの瞳に同じ光があった。


——それは、あの祈りの光。

世界を観測するための、最初の記憶。

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