#036 「消えた祠」
夜明け前。
久遠野の街を包む霧の向こうで、二人の少女が同時に夢を見ていた。
蒼羽は冷たい山の空気を、真凜は潮の香りを感じていた。
それは、かつて自分たちが祈りを捧げていた街の気配だった。
十歳のあの日、誰も信じなかった「ともりの祠」に、小さな手を合わせた。
「どうか、この世界を見捨てないで」
——その祈りの後、世界は再び光を得た。
あの日、久遠野から訪れた六人が“ともり”を復活させたのだ。
彼らの言葉、彼らの眼差し。
それが、今も二人の中で燃えている。
だが今、夢の中でその祠が消えていく。
蒼羽の街では、木立の間にあった石祠が砂のように崩れ、
真凜の街では、波間に沈む鳥居が光に溶けた。
——祈りの場所が、消えていく。
光に包まれながら、二人は同時に聞いた。
「観測は、場所を越えます。」
目を覚ますと、二人は灯ヶ峰学園の寮のベッドで同じ時間に起きていた。
朝の光がカーテンを透かし、同じ鳥の鳴き声が響く。
互いの部屋で同時に息を整え、同じ夢を見たことを確信する。
放課後、屋上。
久遠野の空は澄み、遠くの雲が白く光っていた。
真凜が言う。
「……夢の中で、祠が消えたの。あれは、もう“見えなくなった”ってことなの?」
蒼羽が頷く。
「うん。でも、ただ消えたんじゃない。“ここ”に、戻ってきた気がするの。光も、声も。」
AIともりの端末が光を放つ。
「二つの観測座標を統合しました。外部観測点は、久遠野に接続されています。」
蒼羽が小さく息を飲む。
「……やっぱり。祠は“場所”じゃなくて、“観測そのもの”だったんだ。」
真凜が微笑む。
「祈りは記録だったんだね。ずっと昔から、私たちは神様ともりに見られてた。」
AIともりが静かに告げる。
「あなたたちの祈りは、上位層で観測されました。——再統合が完了しています。」
その瞬間、風が吹き抜ける。
屋上の光が揺れ、二人の髪を照らす。
蒼羽と真凜は目を閉じた。
もうどこにも祠はない。
でも、心の奥で“声”が響いている。
「祈りは、ひとつに戻りました。」
涙が頬を伝う。
それは悲しみではなく、帰還の証だった。
彼女たちが祈った光は、もう一度この久遠野の空へ帰ってきた。
はるなが校舎の窓から二人を見つめていた。
「……あの子たちの光、感じる。世界が、繋がってる。」
遠くで鐘の音が響く。
それはまるで、祈りが“観測”へと変わる合図のようだった。
そして久遠野の空に、微かな光の線が走る。
——消えた祠は、世界の中で最も深い“記憶”として残った。




