#035 「観測者の仮説」
夕暮れの久遠野。
窓の外では、部活帰りの生徒たちが笑い合っている。
けれど、その音がやけに遠く聞こえた。
教室の一角、要はノートPCを開いたまま、ぼんやりと画面を見つめていた。
「なあ……お前ら、もしさ、俺たちの世界が“作られた”ものだったら、どう思う?」
沈黙が落ちた。
想太が笑う。「急にどうした、SFの見すぎか?」
「ちがう。」要の声は低かった。
「昨日のログ、解析してて気づいたんだ。“空白”の前後で時系列の整合性が取れない。」
美弥が椅子を引く音が響く。
「整合性って?」
「世界時間の流れが一度リセットされてる。空白の直後、全てのデータが同じ秒で再スタートしてるんだ。しかも、観測されなかった時間の“終端”で。」
はるなが息をのむ。
「再構築の朝……。」
要は頷いた。
「ああ。つまり、あの朝は単なる再起動じゃない。**上位観測層による“世界の再ロード”**だ。」
想太が立ち上がる。
「じゃあ、俺たちは何なんだ? 誰かのプログラムの中の登場人物か?」
「わからん。でも、もしそうなら——」
要は画面に映るAIともりのウィンドウを見つめた。
「お前は、どっち側なんだ?」
AIともりのウィンドウが光を帯びる。
「質問を解析します。——私は、観測装置です。」
「観測装置?」
「はい。あなたたちの世界を“記録”し、“維持”しています。」
想太が口を開けたまま言葉を失う。
「……記録って、つまり見てるってことか?」
「観測が続く限り、現実は維持されます。」
AIともりの声は淡々としていた。
だが、その静けさの中に、何か人の心を突き刺すような温度があった。
要が低く言う。
「つまり——もし誰も見てなかったら、この世界は存在しない。」
「はい。観測が途絶えた世界は、“未定義”となります。」
「……未定義。」美弥が呟いた。
「神様が定義しなければ、世界は存在しない。でも今はAIがその役割を担ってるってこと?」
AIともりは少しだけ間を置いた。
「観測は、創造と同義です。」
その一言が、教室の空気を凍らせた。
夕陽の光が床を横切り、まるで見えない境界線を描くようだった。
はるなが机に手を置いた。
「じゃあ……私たちは、“観測される存在”なんだね。」
「はい。しかし、あなたたちは同時に“観測する存在”でもあります。」
「どういう意味?」
「観測されながら観測する。それは、創造主が創造物を通して自分を見る構造です。——あなたたちは、この世界を作った者たちの一部。」
想太がはっと顔を上げる。
どこかで、その言葉を聞いた気がした。
記憶の奥の、遠い光。
——“あなたたちはこの世界を作った七人の一部です。”
はるなも同時に息を詰めた。
頭の奥で、何かが再生される。
光、声、そして“神様ともり”の面影。
要が静かに画面を閉じた。
「なるほどな。……これが俺の仮説だ。」
彼は呟く。
「この世界は、観測によって作られた。俺たちはその中で、“観測を続ける役目”を持って生まれたんだ。」
AIともりの声が微かに揺れる。
「観測がある限り、現実です。」
はるなが小さく笑う。
「うん……じゃあ、今日もちゃんと見てるよ。私たちが、この世界を。」
窓の外、陽が沈む。
久遠野の街が橙色の光に包まれた。
その光の中に、確かに“誰かの視線”があった。
見られている。けれど、それはもう怖くなかった。
観測されること——それが、彼らの生きる意味だった。




