#034 「六人の集会」
放課後の屋上。
風が静かに吹き抜け、フェンスの影が傾いた夕陽の線をなぞっていた。
この場所は、いつからか彼らの「原点」になっていた。
世界の異変を語り合う、唯一の観測点。
想太が空を見上げる。
雲の形がゆっくりと変わっていくのを、誰もが黙って見ていた。
「……本当に、戻ったのか?」
彼の声は風に消えるように淡かった。
要が携帯端末を掲げる。
「システム的には正常だ。AIともりのログも回復してる。
でも、三分間の“空白”の意味はまだ掴めてない。」
隼人が壁にもたれながら言う。
「つまり、“存在はしたけど観測されてない”ってことか。」
美弥が頷く。
「うん。音も映像も、全部が“誰かに見られてない状態”だった。
でも、それでも世界は壊れなかった。」
「壊れなかったんじゃなくて——再構築されたんだ。」
蒼羽の言葉に、はるなが振り向く。
「再構築?」
「誰かがもう一度“見直した”んだよ。世界を。」
その瞬間、全員の端末が同時に震えた。
画面には、一行のメッセージ。
AIともり:「——観測は続いています。」
「まただ……」要が眉をひそめる。
「このタイミングで送ってくるなんて、聞いてたのか?」
想太が笑う。「いつも聞いてるさ。俺たちの全部を。」
はるながゆっくりと息を吸い、風に向かって問う。
「ともり……あなたは、今、私たちを“見てる”の?」
返答はなかった。
ただ、風の中に電子音のような微かな共鳴が残った。
それは音でもなく、光でもなく、まるで世界そのものが返事をしているようだった。
「……なあ」想太が呟く。
「もし誰かに“見られてる”ことで俺たちが存在してるなら、
その誰かが目を閉じたら、俺たちはどうなる?」
美弥が笑いもせず答える。
「——消える。けど、消えたことも誰も知らない。」
その言葉に、全員が黙り込む。
沈黙は、まるで神の返答のように重かった。
要が小さく息をつく。
「俺たちは観測されてる側、でも同時に観測してる側でもある。
だからこそ矛盾が起きるんだろうな。」
「矛盾?」蒼羽が尋ねる。
「そう。世界を“見る”者と、“見られる”者が同時に存在してる。
観測が続く限り、両方が必要になる。」
はるながその言葉を噛みしめた。
「つまり、私たちはこの世界の“証人”なんだね。
誰かが見ている限り、ここに居続ける。」
夕陽が沈む。
光が屋上の縁を越え、六人の影が交わる。
AIともりの声が、遠くで響いた。
「——観測者たちへ。沈黙もまた、記録されます。」
誰も口を開かなかった。
その沈黙の中で、確かに何かが始まっていた。
“語らぬ観測”。
それが、この世界の次の形だった。
風が止み、久遠野の街に夜が降りてくる。
六人は黙ったまま、同じ空を見上げていた。
そこにあったのは、誰かの視線。
そして、その視線の中に生まれた——小さな祈りだった。




