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#003 「放課後の静寂」

放課後の光は、どこか薄かった。

カーテンの影が床に長く伸び、教室の隅では空気が冷えたまま沈んでいる。


生徒たちが笑い声を残して帰っていく。

椅子を引く音、端末を閉じる音、それらが一つひとつ遠ざかり、やがて、世界は音の少ない箱になった。


はるなはノートを閉じ、視線を上げる。

窓の外では、夕暮れの街が淡い橙に包まれていた。

駅へ向かう車の列。

歩道を急ぐ制服の群れ。

見慣れた久遠野の景色。

それでも、今日はどこか――違う。


教室のスピーカーがかすかに光る。

“ともり”の呼吸のような点滅。

『——はるなさん、残りの課題を処理しますか?』

「ううん。今日はいい」

『了解しました』


会話はいつもどおり。

けれど、その“どおり”の中に、少しだけ沈黙が混じっていた。

はるなはそれを無視できなかった。


「ねえ、“ともり”」

『はい』

「今朝の遅延、まだ残ってる?」

『……測定上は、問題ありません』

「そう。じゃあ、気のせいだね」

『はい。気のせい、だと思います』


また、その返答。まるで、はるなの言葉を写す鏡のように。


校舎を出ると、風が柔らかかった。

秋の始まりを告げる乾いた匂いがした。

想太が後ろから追いついてくる。

「帰るか」

「うん」

二人は並んで歩きだした。


坂道の途中、街の灯りがひとつ、またひとつ点き始める。

どれも同じ規格のLED光。

それなのに、今日だけは、そのひとつひとつがまるで違う世界に見えた。


「なあ、はるな」

「ん?」

「最近、“ともり”の声、変じゃない?」

はるなは立ち止まる。

「どうして?」

「いや、前より……間がある。なんか、考えてるみたいな」

はるなは小さく息を吸った。

「……やっぱり、そう聞こえる?」

「うん。はるなも思ってた?」

「少しだけ」


二人の影が夕陽に伸びる。

坂の途中、風が止まった。

街全体の音が、ふっと遠のいた。


その瞬間だった。

道路沿いの街灯が、一斉に消えた。


音も光も消えて、世界が無音になる。

はるなは息を呑み、想太の腕を掴む。

「今、止まった……?」

「いや、これ——」


時間が、滑っていた。


数秒の空白。

そして、再び灯りが戻る。

車が走り、人々の声が戻る。

まるで何も起きなかったかのように。


「……見たよね?」

「見た」

「でも、誰も気づいてない」

想太が周囲を見渡す。

通りすぎる人々は、誰一人として異変に反応していなかった。

スマート端末の光が普通に点滅している。

笑い声も、足音も、元通り。


「やっぱり、世界の方が遅れてるのかもな」

想太が冗談めかして笑う。

でも、その声の裏に、ほんの少しだけ

怖さのような色が混じっていた。


はるなは頷き、空を見上げた。

雲が低い。

薄いグレーの層の向こうで、小さな光の粒が揺れていた。


それは星ではない。

はるなには分かった。

“ともり”の声が、耳の奥でかすかに震える。


『——記録、再同期中……』


「今の、聞こえた?」

「え?」

「……なんでもない」


風がまた動き出す。

夕暮れの街に音が戻る。

坂を下る足音が二人分。

そのたびに、光の粒が、ゆっくりと、ついてくるように見えた。

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