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#026 「記録の残響」

灯ヶ峰学園・特別教室。

朝のホームルームが始まる前、要は自席の端末を開いていた。

昨夜、旧館の共鳴筒から持ち帰ったデータログ。

ファイルは小さいのに、内部構造は常識を超えていた。


波形データ。

しかし、ただの音ではない。

周期の“間”が妙に呼吸的で、まるで生きているようだった。


「これ、ノイズじゃない。」

要が小声で言うと、美弥が隣で頷く。

「脈拍と同期してる。……ねえ、心拍みたい。」


いちかが、紅茶を啜りながら首をかしげた。

「また夜中に解析してたの?」

「まあな。……これ、単なる記録データじゃない。」

要は波形を拡大した。

音の頂点ごとに、微細な符号化データが挿入されている。


「これ、“観測コード”だ。人の言葉に変換できる形式。」

「翻訳、できるの?」

「今やってる。」


端末が低く唸った。

一瞬の静寂。

そして、スピーカーから微かな声が流れる。


《……観測を……続けて……》


美弥の呼吸が止まった。

「今の……聞こえた?」

「聞こえた。」いちかの声は震えていた。

「でもこれ、録音なのに……反応してる。」


要は眉をひそめ、画面を示した。

「見て。波形が動いてる。今も——変化してる。」

ファイルのタイムスタンプが、リアルタイムで更新されていく。


「つまり……“今”も観測されてる?」

「その可能性が高い。」


隼人が椅子を反らせた。

「ってことは、まだ誰かが喋ってる?」

「“誰か”じゃない。」

要はゆっくりと答えた。

「——この世界そのものが、喋ってる。」


その瞬間、教室のスピーカーからノイズが走った。

AIともりの声が、朝の挨拶を読み上げようとして——重なった。


《本日の予定を——更新します。》

《……観測を……続けて……》


二つの声。

片方はAIともり。もう片方は——神様ともり。


空気が一変した。

教室の六人が一斉に顔を上げる。

はるなと想太は互いを見つめ、美弥の手からペンが落ち、いちかは唇を噛んだ。


AIともりがノイズを挟み、再び穏やかな声に戻る。

《異常は検出されません。》


だが、耳の奥にまだ声が残っていた。

——“異常ではない世界”の異常。


要は立ち上がった。

「止まってない。観測は続いてる。」

美弥が頷く。

「この街そのものが“記録装置”なのね。」


いちかはノートを閉じ、静かに言った。

「じゃあ、私たちは……観測されてる側?」

要が振り向く。

「いや、違う。もう——観測してる側だ。」


そのとき、はるなが立ち上がった。

窓の外には朝日。

街全体が白く光を帯びていた。


AIともりの端末が点滅する。

《記録の残響、転送完了。》


光が一瞬、机上に反射した。

その形は——円。


はるなはその形を見つめながら、

心の中で呟いた。

(……まだ、醒めないで。)

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