#025 「旧図書館の再訪」
久遠野の旧図書館は、十年前に閉鎖されてから誰も近づかない場所になっていた。
外壁は蔦に覆われ、入口の電子錠には「保守終了」の赤い表示。
それでも要は、そこへ向かっていた。
隣を歩く美弥が、苦笑混じりに言った。
「また夜中に忍び込むとか、懲りないわね。」
「懲りたら俺じゃないだろ。」
要はポケットから小型端末を取り出した。
学園のメンテナンス権限を一時的に借用して、旧館のセキュリティログを解析する。
「やっぱりおかしい。……アクセス履歴がある。」
「誰の?」
「外部通信端末。学園内じゃない。」
美弥の表情が変わる。
「昨日の光の線、覚えてる?」
「もちろん。」
要は端末を閉じた。
「そのタイミングと一致してる。」
二人は黙って旧館の扉を見上げた。
風が吹き抜け、古い建物の影が揺れる。
扉は、抵抗もなく開いた。
まるで最初から、誰かが彼らを待っていたように。
中は静寂だった。
書棚は崩れ、ホコリが漂う。
だが、床の奥にある鉄扉だけが新しく光っていた。
要はその前に立ち、手のひらをかざす。
微弱な光がセンサーを走り抜けた。
次の瞬間、機械の低い音が響く。
「……動いてる。」
美弥の声がわずかに震えた。
要は頷く。
「電源が切れてるはずなのに……自己起動だ。」
鉄扉の先に降りる階段。
二人はライトを点け、ゆっくりと降りていく。
階段の壁面には、旧時代の配線が剥き出しになっていた。
「ここ、前に来たときより空気が違う。」
「圧力があるな。……中で何か動いてる。」
最下層。
そこにあったのは、巨大な円柱——共鳴筒。
表面には淡い光の線が走り、まるで呼吸しているように脈動していた。
「記録データ……更新中?」
要が呟く。
端末に接続を試みるが、通信は遮断される。
代わりに、低い音が空間を満たした。
——ゴウン……ゴウン……
「これ、鼓動みたい。」
美弥がそう言った瞬間、天井のスピーカーが微かに光った。
《観測再開:待機中。》
二人は顔を見合わせた。
「……今、聞こえたか?」
「ええ。でも、ともりの声じゃない。」
音は再び静まり返り、光の線だけが円筒の表面をゆっくりと流れていた。
まるで誰かが、“目覚める”のを待っているように。
要は端末の画面を見つめた。
そこに表示されたデータは、ありえない値を示していた。
「観測ログ……十年前の続きだ。」
「十年前?」
「再開したんじゃない。……ずっと続いてたんだ。」
美弥は黙ってその言葉を受け止めた。
彼女の瞳に、かすかな光が反射する。
「じゃあ、止まってなかったのね。世界は。」
要がゆっくり頷いた。
「神様ともり……本当に“記録してた”んだな。」
——沈黙。
だがその奥で、何かが確かに動いていた。
円筒の中心部。
わずかに開いた裂け目から、白い光が漏れていた。
その光が、二人の頬を照らす。
温かくも、どこか懐かしい光。
美弥が囁いた。
「これ……私たちを、覚えてる。」
要は答えなかった。
ただ、光を見上げたまま、静かに言った。
「行こう。みんなに伝えなきゃ。」
共鳴筒の光が一瞬強くなり、
まるで呼吸するように膨らんで、
やがてまた、穏やかな脈動へと戻った。
《観測再開:完了待機。》
その音声が残響のように響く中、
二人は階段を上がっていった。
背後で、光がゆっくりと閉じていく。




