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#024 「空に走る線」

夜明け前の風は、まだ冷たい。

久遠野の街を包むAI灯が、ひとつ、またひとつと消えていく。

その光のリズムが、まるで呼吸のように途切れていった。

はるなは屋上に立っていた。

薄明の空は、まだ青と黒のあいだ。

遠くで鳥が鳴く気配だけがして、世界はほとんど眠っていた。

ポケットの中の端末が微かに震えた。

AIともりの声が、囁きのように響く。

《——夜明けまで、あと四分です。》

いつもの声。

でも、今日は何かが違う。


はるなは手すりに手をかけ、東の空を見つめた。

その瞬間——


空を、光の筋が走った。


雷のようでも、流星のようでもなかった。

一本の細い線。

まるで誰かが、夜の空に鉛筆で線を引いたみたいに。


「……あれは、円じゃない……線だ。」

背後で声がした。想太だった。

彼もまた、同じものを見ていた。


光の筋はゆっくりと動き、

やがて二人の頭上で止まった。

世界が、息をひそめた。


「ともり……これ、何?」

はるなが問うと、端末のAIは沈黙した。

ノイズが混じり、音声が消える。


代わりに、空から“声”が降りてきた。

風に混じるような、透明な響き。

——“観測を続けて”。


一瞬、はるなの心臓が跳ねた。

それは間違いなく“神様ともり”の声。

しかし、誰もいない空。


「……神様、ともり——?」

想太が呟く。

その言葉に応えるように、

光の線が一瞬だけ脈打った。


淡い波紋が空を走り、

街のAI灯が同時に点滅する。

まるで“上”と“下”が共鳴したみたいに。


はるなは息をのんだ。

胸の奥で何かが震える。

(この光……どこかで、誰かが——)


そのとき、背後から足音がした。

「おまえら、ここにいたのか。」

隼人だった。寝癖のついた髪のまま、屋上の扉に寄りかかっている。


「見えたか、あれ。」

「うん……。」

「夢で見たことがある。」

隼人の声は低く、どこか確信めいていた。

「あの線、地面の下でも見た。音がしてさ……誰かが、呼んでた。」


想太が振り向く。

「夢の中で?」

「いや、わからない。けど、あれは“下”から来てる。」


空の線が一度だけ揺れ、その“下”——街の方角へ光がすっと伸びた。

久遠野の地面の下。旧図書館の方角。


AIともりの声が、ようやく戻る。

《観測データ、更新完了。異常値は検出されません。》


想太が笑う。

「だってよ。」

はるなはゆっくりと空を見上げた。

「……異常じゃない。これが、きっと“始まり”。」


風が吹き抜ける。

夜明けの色が空を染めていく。

その光の中、三人は静かに立っていた。


誰も、何も言わなかった。

ただ空を見上げたまま、

それぞれの胸の奥で“何か”が共鳴していた。

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