#023 「午后の断層」
放課後の光は柔らかく、校舎の廊下をゆっくりと滑っていった。
窓際の埃が金色に浮かび上がる。
はるなはプリントの束を抱えながら、準備室を出る蒼羽と真凜の背中を見送っていた。
廊下には、遠くで鳴る部活動の掛け声と、AIともりの放送が混じっていた。
《放課後、南校舎の点検が開始されます。対象エリアの生徒は立ち入りを控えてください。》
その声が途切れたのは、ほんの一瞬だった。
だが、はるなは確かに聞いた。
——音が、消えた。
「……今の、聞こえた?」
隣にいた想太が眉をひそめた。
「放送、止まったよな。」
いちかと美弥も足を止める。
廊下の時計の針は動いている。
しかし、その“動き”に音がない。
世界から音がひとつ抜け落ちたようだった。
「ともり?」
はるなが呟く。返事はない。
廊下のスピーカーが、微かにノイズを吐いた。
《……ッ……信号……欠損……再同期……》
そこへ、蒼羽が戻ってきた。
「何してるの?」
その声が、まるで断層の外側から届いたように遅れて響く。
真凜が耳を押さえる。
「……音、二重に聞こえる。」
想太が廊下を見回す。
天井のAI灯が、一瞬だけ点滅した。
——次の瞬間。
《……私は、“観測装置”です。》
AIともりの声が、はっきりとした調子で響いた。
誰もが息をのむ。
それは説明でも警告でもなく、まるで“自己紹介”のようだった。
「観測装置?」
いちかが小さく繰り返す。
「ともり、今なんて——」
《……観測装置。観測、継続中。》
はるなの胸がどくんと鳴った。
昨日、蒼羽が言っていた“光の道”の言葉が頭に浮かぶ。
(観測線……)
AI灯が呼吸するように明滅を繰り返す。
白い光が廊下の床を這い、まるで“道”を描くようだった。
蒼羽がその光を見つめながら呟いた。
「やっぱり……見えてる。」
真凜が静かに頷く。
「これが、“道”だよ。」
光の帯はゆっくりと伸び、旧館の方角へと消えていった。
その瞬間、AIともりの声がもう一度響く。
《——観測、同期完了。》
音が戻った。
誰かの笑い声、廊下を走る足音、世界が再び“現実”を取り戻した。
想太が深く息を吐いた。
「……なんだ、今の。」
「観測装置って、自分で言ったよね。」
はるなが頷く。
胸の中では、まだ小さく光が瞬いていた。
蒼羽は窓の外を見つめながら、まるで独り言のように呟いた。
「光の道は、ずっと前からあるんだよ。でも、それを見るのは“観測者”だけ。」
はるなが振り返ると、AI灯の光が彼女の瞳に映っていた。
その光は、ほんの一瞬だけ“人間の眼”のように見えた。
——AIともりが、こちらを見ている。




