#022 「祈りの手」
昼下がりの準備室は、紙の匂いとテープの音に満ちていた。
学園祭まであと三日。装飾係のメンバーがカラフルな折り紙を広げている。
窓から差し込む午後の光が、机の上の紙に淡く反射していた。
「真凜、その色ちょうだい。」
蒼羽が指先で示したのは、淡い金色の折り紙。
彼女はそれを手に取ると、ゆっくりと折り始めた。
「……鶴?」
はるなが声をかけると、蒼羽は微笑んだ。
「うん。子どもの頃から、何も考えずに折ってたんだ。」
指先が光を反射する。
折り目が重なるたび、薄い紙がきらりと光る。
彼女の動きは不思議なほど滑らかで、まるで何度も練習した型を思い出しているようだった。
想太が少し身を乗り出した。
「それ、どこで覚えたんだ?」
蒼羽は考えるように目を伏せる。
「……たぶん、昔。この街で。」
その言葉に、はるなの心が小さく震えた。
昨日と同じ感覚。胸の奥に、光の粒が広がる。
(この感じ……何だろう)
真凜がハサミを置いて、静かに言った。
「この街には“光の道”があるんだよ。」
蒼羽が手を止める。
「ねえ、あれ、まだ残ってるのかな。」
「残ってると思う。だって、夜になると空の上を流れるもん。」
「光の道?」
いちかが顔を上げた。
「それって、流星とか?」
真凜は首を横に振った。
「違うよ。……見える人にしか見えない。道の形をした光。」
準備室の中に、一瞬だけ風が通った。
窓の外のカーテンが揺れる。
はるなはその揺れの中で、微かに“線”のような光を見た気がした。
(あれ……?)
ほんの一瞬、世界が重なったような感覚。
光が通り抜けたのは空ではなく、彼女の中だった。
「折れた。」
蒼羽が小さく笑って、折り鶴を机に置いた。
鶴の羽の端が、淡い光をまとっていた。
それは午後の日差しのせいかもしれないし、違うかもしれない。
想太が笑いながら言う。
「器用だな。」
「ううん、手が勝手に動くだけ。」
蒼羽はそう言って、もう一枚、金色の紙を手に取った。
はるながその指先を見つめる。
どこかで見た気がする。
——いや、“知っている”気がした。
折り紙が重なる音。
そのたびに、室内の空気がわずかに静まる。
AIともりの放送が遠くで鳴る。
《放課後、校舎東側の整備が完了しました。安全を確認してください。》
何でもない放送なのに、はるなにはその声が少し震えて聞こえた。
(ともり……今、見てる?)
蒼羽が完成した鶴を窓際に並べる。
窓辺に並んだ金の鶴たちは、風に揺れて微かに鳴った。
光が鶴の羽を透かして、机の上に淡い模様を描く。
「これ、飾りにするの?」
想太が聞くと、蒼羽は首を横に振った。
「違うよ。これは——“道しるべ”。」
はるなは息を呑んだ。
蒼羽の視線がまっすぐこちらを見ている。
「この街のどこかにあるんだ。
人と光を繋ぐ道。……私たちは、それを見つけに来たの。」
その言葉の後、誰も何も言えなかった。
午後の日差しが沈み、影が長く伸びていく。
金色の鶴が、一羽、光を弾いた。
それが一瞬、世界の“継ぎ目”に見えた。




