#020 「旧図書館の鍵」
夜の久遠野は、昼よりも静かだ。
街を包むAI灯が、一定のリズムで呼吸するように明滅している。
その光の下、要はひとり、灯ヶ峰学園のネットワーク端末を操作していた。
スクリーンには、アクセスログの羅列。
——その中のひとつが、彼の目を止めた。
《Access: Library_OldWing / 21:42 / 外部通信端末 #04》
「……外部通信、やっぱり出てるな。」
要は低くつぶやいた。
灯ヶ峰学園の旧図書館——かつて学園資料室だった建物。
数年前の地震で閉鎖され、立入は禁止のままだ。
だが、ログ上では誰かが内部にアクセスしている。
「美弥、いるか?」
通信を開くと、数秒後に柔らかな声が返る。
『聞こえてる。まさか、また“旧館”の話?』
「そう。……アクセス履歴が、昨夜の分も更新されてた。」
『誰かが入ってるってこと?』
「たぶん。しかも、通信元が“外部”だ。」
一瞬、沈黙。
AIによる音声雑音が、波のように小さく揺れる。
『——要、現場を見る?』
「行く。」
『分かった。合流地点、旧正門裏ね。』
通信が切れた。
要は端末を閉じ、静かな廊下を歩き出した。
旧図書館——今では夜風しか通わない。
蔦の絡まる外壁。
その下に、かつて情報工学部が使っていたサーバ棟への地下通路がある。
美弥が懐中灯を照らす。
「……やっぱり、閉鎖のまま。」
「ロックが再設定されてる。普通の管理権限じゃ開かない。」
要は鍵穴にカードリーダーを差し込み、端末を接続する。
パスログが流れる。
《管理キー:無効化》
《再認証:未登録ID》
《エラーコード:R-SON-AT》
「R-SON……Resonator?」
「コードに“AT”が付いてる。Active Terminal?」
要が額に手を当てた。
「……つまり、“誰か”がこれを“起動状態”にしたままにしてる。」
美弥が視線を上げる。
「……はるな、呼んだ方がいい?」
「いや、まだ早い。確証がない。」
要はポケットから銀色の古いカードを取り出した。
表面に刻まれた文字——
“KUONNO Research Key / Library Node 7”。
「まさか、これを使う日が来るとはな。」
彼はカードをスロットに差し込む。
——カチ。
鍵が静かに回る。
重い扉が、わずかに軋んで開いた。
その先は地下へと続く螺旋階段だった。
冷たい空気が吹き抜け、埃にまじって、どこか懐かしい電子の匂いがした。
一段降りるごとに、かすかな振動が足裏に伝わってくる。
——何かが、動いている。
階段を下りきると、半円形の部屋に出た。
壁一面に古いホログラフィック・スクリーンが並び、
中央の台座に、共鳴筒のコアと思われる装置が鎮座していた。
そのディスプレイに浮かぶ文字列——
《Resonator Node_01 / 待機モード》
要の手が震えた。
「——動いてる。まだ……動いてる。」
美弥が息をのむ。
その声は、静かな夜に溶けて消えた。
扉の外、風が一度だけ吹き、街の明かりを揺らした。
まるで、誰かがこの瞬間を“観測している”かのように。
要は静かに呟いた。
「前に来たときは、こんな鍵、いらなかったのにな……」
美弥が頷く。
「——あの時は、まだ世界が“醒めきって”なかったんだよ。」




