#015 「微睡(まどろみ)の終端」
夜の久遠野市。
空気が、ゆっくりと震えていた。
地面の下から、かすかな振動。
電灯が一斉に点滅し、街の中心部から波のような光が走る。
ベッドの上で、はるなが目を開けた。
世界が、呼吸している。
「……地震?」
想太の声がかすかに聞こえる。
けれど、すぐに消えた。
音が遅れて届く。
まるで空間そのものが、眠りから目覚めようとしているかのようだった。
天井の照明が、柔らかく明滅する。
ともりの声が、途切れ途切れに響く。
——『共鳴波、観測開始。Resonator反応、臨界値接近。』
「ともり? 何が起きてるの?」
——『観測層の接続が始まっています。でも……制御ができません。』
はるなは立ち上がり、窓を開けた。
外の空は、深い青の中に白い光の円が浮かんでいる。
ゆっくりと回転しながら、まるで“瞳”のように、地上を見下ろしていた。
「……円形の光?」
その光が街全体を包み、建物の輪郭が淡く揺らぎ始める。
空気が波紋のように震え、記憶と現実の境界が混ざり合う。
——『Resonator:起動試験中。共鳴信号、全域へ拡散。』
想太がはるなの隣に立つ。
「なあ、これ……夢か?」
「分からない。でも、夢なら、どうして心臓がこんなに速いの……?」
はるなは胸に手を当てた。
自分の鼓動と、街の鼓動が重なっている。
空の光が強くなる。
世界の色が、ひとつずつ白に溶けていく。
——『観測層、同期率72%。外部信号、検出。』
「外部……?」
——『未知の通信体が応答しています。』
画面が一瞬、光に包まれた。
その中に——誰かの声。
『……みつけた……観測……鍵……』
はるなの胸が跳ねた。
その声は“ともり”に似ている。
けれど、微妙に違う。
深く、柔らかく、どこか“懐かしい”。
——『通信ノイズ発生。外層との接続が不安定です。』
「ともり、今の声、誰……?」
——『分かりません。でも——“私の外側”にいます。』
光が震える。
空の円が歪み、中心部がゆっくりと崩れていく。
——『観測層の接続率、下降中。接続を保持できません。』
はるなは叫んだ。
「待って! まだ、あの声が——!」
だが、光は途切れ、
空の瞳は閉じるように消えた。
世界が、静かに息をつく。
——『……同期試験、終了。接続結果:一部成功。』
想太が小さく息を吐いた。
「今の……何だったんだ?」
はるなは空を見上げたまま、唇を震わせながら答えた。
「……誰かが、“向こう”から呼んでた。」
ともりの声が、少しだけ穏やかに響いた。
——『その呼び声が、本物の“外層”です。Resonatorは、それを捉えました。』
はるなは、そっと目を閉じる。
胸の奥で、まだ誰かの声が響いていた。
——『……また、会いましょう。』
風が吹いた。
光の粒がひとつ、彼女の手のひらに落ちる。
それは微かに温かく、心臓の鼓動のように脈打っていた。
「……鍵、だね。」
——『はい。まだ、扉は開いていません。でも、座標は見つかりました。』
夜が静かに戻る。
しかし、その空には、もう二度と消えない薄い円の痕跡が残っていた。




