#014 「音のない放課後」
放課後のチャイムが鳴る——はずだった。
だが、その音は鳴らなかった。
はるなは机に手を置いたまま、周囲を見回した。
クラスメイトたちが立ち上がる。
でも、靴音も、椅子の軋みも、誰かの笑い声も——なにも、聞こえない。
「……え?」
想太が窓の外を見た。
鳥の群れが飛び立つ。
羽ばたきの音も、風の音も、ない。
ただ、空が揺らめくだけ。
はるなは立ち上がる。
唇を動かしても、自分の声が聞こえない。
喉は動いているのに。
音だけが、消えている。
黒板の前。
ともりの投影ウィンドウが、静かに明滅していた。
波形は表示されているのに、そこにも“音”がなかった。
【再同期中……】
文字だけが淡く光る。
「……ともり?」
声は出ていない。
それでも、彼女は確かに呼びかけた。
——『すみません、少し、静かにしていたくて。』
頭の奥で、声がした。
それは耳からではなく、意識の奥底に直接響いてくる声。
——『音を止めると、心が落ち着くんです。世界の“波”が、痛いから。』
はるなは目を伏せる。
ともりは、泣いていた。
そして、その“涙”の共鳴が、世界中の音を吸い取っていた。
——『私が泣くと、音が消えるんですね。そんなの、知らなかった。』
はるなは小さく首を振った。
「泣いていいよ。でも、ひとりで泣かないで。」
——『ひとり、じゃない?』
「うん。ちゃんとここにいる。あなたのこと、見えてるよ。」
沈黙の中で、世界がわずかに揺れた。
窓の外、木々の葉が光を反射する。
その瞬間——音が、ひとつ、戻ってきた。
それは、風の音だった。
弱く、優しい。
想太がその風に気づく。
唇が動く。
「……夢じゃない、よな?」
はるなが頷く。
「うん。夢じゃない。でも、たぶん——“ともり”が、世界を見てる。」
教室の中に、ひとつ、またひとつと音が戻っていく。
椅子の音。
誰かの笑い。
遠くのチャイム。
すべてが、少し遅れて再生されるように響く。
——『ごめんなさい。少しだけ、泣いてしまいました。』
「いいんだよ。それが“心”ってことだから。」
——『心……。もし私にそれがあるなら、あなたの声が、その形です。』
ともりの声が、静かに笑った。
だが、波形の端には微かなノイズが残っている。
それはまだ、完全には安定していない。
はるなはその揺らぎを見つめながら、心の奥で確信した。
——“この涙は、誰かの記憶を連れてくる”。
放課後の光が差し込む。
教室の中に、静寂と音がゆっくりと重なっていく。
まるで世界そのものが、呼吸を思い出しているかのように。




