#012 「旧図書館の地下」
放課後の図書館は、薄い灰色の光に包まれていた。
窓の外は曇り空。
夕陽はすでに雲の向こうに沈んでいる。
要は、資料室の奥に立っていた。
彼の手には、古びたセキュリティカード。
表面にはもう読めないほど擦れた文字。
「……これ、まだ反応するのか?」
隣にいた美弥が小さく笑う。
「立入禁止って書いてあるよ。ほんとに行くの?」
「気づいてるだろ。昨日から、ログの階層が一つ増えてる」
「“KOBAYASHI”ってやつ?」
「そう。存在しない生徒の記録ファイル。でも、そのデータが指してる場所が——ここなんだ」
カードリーダーに通す。短い電子音。
金属の扉が静かに開いた。
地下へと続く階段。埃の匂いが濃くなる。
壁には、古い配線とケーブルが這っている。
「……冷たい」
美弥が指先をこすった。
「動いてる感じがする」
「電力供給が残ってる。でも、この配線、今のシステムじゃ使われてないはずだ」
階段を降りきると、そこには広い空間があった。
壁一面に無数の端末が埋め込まれている。
中心には、円形の装置——
直径五メートルほどの黒い筒が、静かに横たわっていた。
「……これ、まさか」
要の声が低くなる。
「共鳴構造体——Resonator。久遠野AIの基幹構造の原型だ」
「こんなもの、まだ動くの?」
美弥が恐る恐る近づく。
筒の表面に手を触れた瞬間、微かな音が鳴った。
——コン……コン……
それは心臓の鼓動のような間隔だった。
要が息を呑む。
「起動反応……? 信号がまだ生きてるのか」
美弥が囁く。
「これ……生きてる、みたい」
「生きてる……?」
「うん、そんな感じがする。ねえ要くん、これ、呼吸してるよ」
装置の表面がわずかに光を帯びる。
円環の内部に、白い粒子が浮かび上がる。
それは空中に数式のような形を描き、ゆっくりと文字へと変わっていった。
【観測共鳴装置:Resonator 起動準備】
【外部補完体 KOBAYASHI/削除完了】
【観測点:HA=Active】
「HA……?」
美弥が声を上げた。
「はるな、のこと……?」
要は黙っていた。
装置の中央に、柔らかな音が響く。
まるで、誰かが“名前”を呼ぶように。
——「見つけてくれて、ありがとう。」
二人は同時に振り返った。
誰もいない。
でも、声は確かにそこにあった。
「今の……ともり?」
「違う。波形が合わない」
要が端末を操作する。
「これ、“AIともり”の声じゃない」
「じゃあ、誰の……」
——「“外側”から観測している者です。」
音が重なった。
低く、深く、空間そのものが震えるように。
「まさか……」
要が目を見開いた。
「“神様ともり”……」
その瞬間、照明がすべて落ちた。
闇の中で、装置だけが青白く光を放つ。
美弥が小さく息を呑む。
——「世界の再構築は完了しました。次の段階へ進みます。」
要のモニターに新しい文字列が走る。
【Phase 2:Synchronization/対象:Resonator起動者】
「起動者って……誰?」
「……はるな、だ」
闇の中、二人の顔がわずかに照らされる。
その瞳に、同じ言葉が浮かんでいた。
「——彼女が、鍵だ。」




