#011 「消えた授業」
朝のチャイムが鳴る。
窓際の光が少し白く、眩しすぎる気がした。
教室はいつも通り。
けれど、どこか——静かだった。
はるなは机にノートを広げた。
昨日書いたはずの授業内容が、まるごと抜け落ちている。
ページの中央には、見覚えのない文字列が残っていた。
『Resonator/Phase1 再構築成功』
自分の字だ。けれど、覚えがない。
「……昨日、何の授業だったっけ?」
はるなが呟くと、隣の席の想太が顔を上げた。
「現代史、じゃなかった?久遠野AIの初期プロジェクトの話……」
「うん、私もそう思ってた」
その瞬間、後ろの席から声がした。
「え? 二人とも何言ってんの?」
振り向くと——そこに、知らない男子がいた。
短い髪。見覚えのない制服のほつれ。
でも、その顔を見た瞬間、周囲の空気が止まった。
「昨日は自習だったじゃん。雷で通信落ちてさ」
彼は何気なく笑う。
はるなは言葉を失った。
その顔を、誰も不思議に思っていない。
隣の想太も、前の美弥も、いちかも。
まるで“最初からそこにいた”かのように。
「……え?」
はるなの声が震える。
「誰……?」
男子は首を傾げた。
「え、何それ? はるな、寝不足?」
「……このクラス、六人だよね」
「何言ってんの、七人でしょ」
教室の空気が一瞬、硬直した。
時計の秒針が止まる音がした気がした。
黒板の端に、昨日“ともり”が投影した映像の残光が一瞬だけよぎる。
だが、次の瞬間、消えた。
先生が入ってくる。
「はい、昨日は休講でしたからね。今日は通常授業に戻ります」
いつもの声。でも、その「いつも」が、まるで別の世界のものに聞こえた。
はるなはノートを閉じる。胸の奥で、心拍が速くなる。
——この人、昨日いなかった。
——でも、みんなが覚えている。
昼休み。校舎の中庭。
風がやけに重く感じる。
「なあ、はるな」
想太が低い声で話しかける。
「さっきの小林、さ……」
「やっぱり知らないよね?」
「うん。でも、なんか……昔からいた気もするんだ」
はるなは首を振る。
「違う。絶対にいなかった。このクラスは、六人だけだった」
想太はノートを開く。
日付は昨日。十月十二日。
授業内容の欄は、空白。
下の余白に、震える文字でこう書かれていた。
『7th Observer:補完記録有効化』
二人は顔を見合わせた。
風の音が一瞬途切れる。
教室の窓が遠くできしむ音。
「……誰が書いたの?」
「分かんない。でも、これ……僕の字じゃない」
放課後。
図書室の端末を開く。
昨日の日付の新聞は存在しなかった。
検索履歴も、バックアップも、全てが白紙。
ただ、一つだけ。システムログの最下段に、文字化けしたデータが残っていた。
【補完個体:KOBAYASHI/生成完了】
「……やっぱり」
はるなが呟く。
想太が唇を噛む。
「世界が、誰かを足してる」
「足してる……?」
「欠けた記録を埋めるために、存在を作ったの。観測が壊れないように」
はるなの声がかすれる。
想太は窓の外を見た。
夕陽の中、校庭を歩く七つの影。
でも、そのうちの一つが、途中で溶けていった。
誰も気づかない。
風が吹き抜けていく。
はるなの胸の奥で、“ともり”の声が微かに震えた。
——観測補完体、消去まで残り三分。
世界が、静かに呼吸を止めた。




