虚空の船
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極小のひとつの点を起点とした、とてつもないエネルギーの奔流がこの宇宙を創ったのだとすれば、意志のある知性はその始まりを見つけるために、言わば生まれ故郷を探るために深淵へ旅立つことは、ごく自然なことであろう。
私の名はリック・ヘンダーソン。宇宙飛行士として、宇宙船アリエス号の船長を務めていた。アリエス号は全長200メートルの超空間航法で駆動する船だった。
果てしない旅の末、アリエス号は幾つもの惑星を従えた恒星の星系に入った。我々がたどり着いたところ、それは、銀河のなかの死に絶えた星だった。生命の兆候がなんらかの理由で拒絶された星だった。
高感度スペクトル分析の結果によれば、これらの惑星は星としての発達が止まっていた。金属質の中心核は認められ、マントルの対流も推定されたのだが。
我々は、チームを組み、探査挺でそのうちのひとつの惑星の極点への着地を試みた。
着地して船外へでた我々の視界に飛び込んできたのは、驚くべきことに、大地に激突して大破した古い宇宙船の残骸だった。機体の表面にCCCP、とソビエトを示す表記がある。
わたしは記憶をたどった。1960年代の中期にソビエトの宇宙船が行方不明になったという話を聞いたことがある。当時のソビエトは秘密主義で、詳細な事実は不明だったが、我々の目の前にある残骸は、その失踪した船に違いない。六十年以上前の技術で作られた、この船体が、太陽系から数百万光年も離れたこの死に絶えた星にどうやって辿り着いたのか?
「船長、機体の内部に何かあります」
ヘルメット越しに通話機を介してクルーの一人、リンの声が響いた。残骸のコックピット部分と思われる場所から、彼女は小さな物体を発見した。それは、古い錆びた金属製の小さな筒だった。筒の表面には、ロシア語で「記憶」と刻まれている。
リンが慎重に筒を開けると、中には、折り畳まれた羊皮紙のようなものが納められていた。
「これは…メッセージです。文字はかすれていますが、地球の言語で書かれています」
私はリンから羊皮紙を受け取り、携帯型ホログラムスキャナーにかける。古びた文字が空間に浮かび上がった。
《我々は、空間の「外側」を見た。この宇宙は、誰かの創造物に過ぎない。我々が旅した全ての星、全ての銀河は、始まりの「点」から噴出した、ひとつの巨大な意識によって管理されている。
この星は、その意識が「ログアウト」した後の、ゴミ箱のようなものだ。生命の発展が止まったのではない。データが、消去されたのだ。
我々の旅は無意味だった。なぜなら、故郷を探る旅は、プログラムされた運命に過ぎないからだ。さようなら、地球。そして、次にログインする者へ。
我々は、この宇宙は「虚空」にすぎないという結論に行き着いた》
メッセージを読み終えた瞬間、アリエス号のメインモニターに警告が表示されたと、周回軌道上から通信が入った。
「船長! 全システムがシャットダウンしています! なんらかの外部からの干渉です!」
続けて宇宙服のロイがこわばった声をだした。
「船長! 私たちが乗ってきた探査挺が……」
私は慌てて、周囲を見回す。広大な大地に横たわるCCCPと表記された宇宙船の残骸。そして、その横に着地していたはずの、我々の探査挺は、跡形もなく消えていた。まるで、誰かがキーボードの「消去」キーを押したかのように。
「ログアウト…」
私は呟く。
そのとき、私の腕にはめた個人端末の画面が青白く光り、コンピュータのシンプルなメッセージが表示された。
「アカウントが凍結されました。データは廃棄されました。アカウントが凍結されました……」
こうして、私、リック・ヘンダーソンと、宇宙船アリエス号のすべてのクルーが、その後の宇宙史から、完全に消滅した。私たちは深淵を探りすぎた代償として、存在していた「アカウント」を、管理者によって閉じられたのだ。
私はアリエスに別の探査挺を寄越すことを指示しながら思った。また別の遥か彼方の銀河で、新たな船が、新たな「ログイン」をくわだて、未知への旅を始めることだろうと。




