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7話 廃墟探索②

「それじゃあ、わたしたちは二階へ行こっか。いざ、レッツゴー探索っ!」

「…………」


 意気揚々とホールに戻っていくチトの背についていき、私は恐る恐るライトで階段を照らす。


 ここに来て私の弱気な心が、階段が上れない状態にある可能性に賭けたものの、先程チトが言っていたように今だに頑丈さを保っているようで全体重を預けてもビクともしなかった。


 ゆっくりとした足取りで階段を上りきったあとは、東西に伸びた廊下のお出ましだ。


 この強力な懐中電灯の光でも端まで行き届かないほど長く、床に敷かれた赤の絨毯は所々がドス黒く汚れて捻れ曲がっている。その様相が昔に観たホラー映画の場面と似通っていて恐怖を助長する。


「ここすごく雰囲気あるよねぇ。廊下の奥から何かが走ってきたりして?」

「やめろ、ほんとに余裕ないからやめろ」

「ビビりすぎだって。まだまだ先は長いんだから今でそんな弱腰じゃ精神が持たないよ」

「だから不用意に怖がらせんなって言ってんの!」

「これだけモノホンの幽霊と戯れてるのに今さら何を恐れることがあるのかねぇ」

「あんたはすぐ逃げられるけど、私は物理法則を無視できないの! いい加減分かれ!」

「なら、ミコちゃんみたいに手を繋いであげよっか?」


 からかいのニヤけ面で手を差し出してくる。ミコ先輩の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


 だが、今の私にプライドを守るだけの心のゆとりはなく、すぐさまチトの手をがっしり握る。


「おぉ、繋ぐんかい。これはガチで余裕なさそうだね」

「さっきからそう言ってるじゃないっ。絶対に離してやんないんだからねっ」

「ツンデレのデレた時みたいな反応だね……いつもこんなに素直なら可愛げがある……」


 そこで言葉を止めて、何やら思案顔をする。


 やがて何かを思いついたのか、どこか得意げに人差し指をピンと立てる。


しおちゃん、恐怖を打ち消す最良の方法を思いついたよ。題して、物の見方を変えて怖い気持ちを上書きしてしまおう作戦!」

「上書きって……それができればこんなへっぴり腰になってないわよ……」

「できるできる。それもしおちゃんにぴったりの方法があるのだ。えーっと……あっ、アレとかどうかな!」

「ちょ、ちょっと……!」


 私の手を引っ張って廊下を行き、七歩進んだところで止まる。


「見て見て、壁にあるこの絵画」

「怖いやつじゃないわよね?」

「ただの肖像画だよ」


 ビクビクしながら目を向けると、確かに男性の肖像画で、背筋を伸ばして椅子に座っている。何の変哲もない上手な絵だが、暗いところで見るとなぜだか不気味な雰囲気が出ているような気がした。


「それで、この絵が何なの?」

「うむ。今からしおちゃんにはこの絵を小説風に表現してもらいたいのだよ」

「なんで……?」

「詳しく表現すれば、あとでミコちゃんに伝える時に役立つでしょ」

「べつにそこまで詳細に伝える意味なくない?」

「いいからいいから。まずはやってみよう」


 何かチトの手のひらで転がされているような気もするが、ここで立ち往生したくないので仕方なく無茶振りに付き合うことにした。


「えーっと…………『薄暗い廊下の壁には黒の額縁に入った男性の肖像画があった。あちこちが傷ついていたり色褪せてたりしていることから古い物だと思われる』……」

「うんうん」

「……『描かれた男性の年齢は五十代後半と言ったところか。どこかの王様が座っていそうな上質な革椅子に腰を下ろした姿は凛々しく気品があり、綺麗に手入れされたカール髭も相まって上流階級の人間であることが窺える』……」

「ほうほう」

「……『この館の主なのだろうか。静まり返った居城を寂しく思うように』……いや、この意志の漲った瞳的に違うか…………『まるで静まり返った居城の安寧を守ろうとするように、その威圧的な瞳で侵入者を見張り続けている気さえ感じる』……のほうが伝わりやす……なに笑ってんのよ?」


 そこでチトが私を見ながらにまにましていることに気づいた。


「んーん、べつに深い意味はないよ。ただ、やっぱりしおちゃんって小説作るの好きなんだなって思っただけ」

「──っ。あんたがやれって言ったから私は仕方なくしただけ!」

「の割には、表現に拘ってたけどね」

「拘ったわけじゃなくて間違いを正しただけよ。他意はないんだから」

「ふーん。……ま、でも怖さは消えたんじゃない?」

「それはまぁ……」


 確かに、不思議と私は今恐怖を感じていない。情景を言葉に変換しようと集中していたからか、今はむしろ細かな箇所を観察しようと目を向けてしまうほどに平気だ。


「作戦大成功だね。じゃあこの調子でどんどん小説風に探索していこう!」

「…………」


 どうやら恐怖を取り除くにはチトの案が効果的のようだが、それをすれば周りの物事を忘れてしまうほど小説を作るのが好きみたいに捉えられて歯痒い。


 しかし、この状況を切り抜ける別の方法なんて思いつくはずもなく。


「……『成瀬なるせしおは肖像画から逃げるように、懐中電灯の灯り一つを頼りに暗闇の中へ進んでいく』」


 私の続行する意思に、チトが「へへ」と嬉しそうに笑った。


 それから私たちは探索を続けていった。


 ライトで照らしつつ慎重な歩みで進みながら様々な部屋を調べて回る。館の広さと部屋数の多さに度肝を抜かれながら、そこに取り残された物から何の用途で使われていた部屋なのかを推測し、花嫁の影に繋がる手がかりがないか探した。


 時折、そこかしこから物音が聞こえてきたり何者かの気配を感じたりもする場面もあった。


 しかし、やはり私に恐怖はやってこなかった。


 館に足を踏み入れた時とは打って変わって心は平静を保ち続け、負の感情はすべて好奇心に上書きされている。チトの策が功を奏したことに、認めたくない思いが私の中で渦巻いた。


 やがて私たちはついに二階の全てを見終わったが、目的の花嫁の影はどこにも現れなかった。


『──しおはチトとともに階段を下りながら、何もなかったことに安堵と落胆を抱い……』

「ばぁっ!」

「うわぁっ!?」


『それはしおとチトが階段を下りきった時だった。

 なんと階段の物陰からミコ先輩が飛び出してきたのだ。

 チトが驚きのあまり呆然とする中、なぜか驚かせた側のミコ先輩もキョトンとしている』


「あれ? チト君が驚くんだな」

「そりゃ突然現れて大声出されたら幽霊のわたしだって驚くよっ」

「すまないすまない。ちょうどホールに戻った時に階段を下りてくる足音が聞こえてきたからイタズラしたくなってしまったんだ」

「もぉー……まさかミコちゃんにこんな子供っぽいところがあったなんて……」

「気づかないだけで誰しもどこかに童心を持っているものだ。それよりも、しお君はぶつぶつ何かを言ってるようだが、どうしたんだ? もしかして取り憑かれた?」

「ううん。しおちゃんは今ね、創作世界にいるのです」

「創作世界?」

「そう! 自身を含めた状況を客観的に見て、さらに小説風に語ることによって怖い感情を凌駕してるのだ!」

「へぇ、なかなか斬新で面白いアイデアじゃないか」

「あまりにも弱腰だったからわたしが提案したんだけど、予想以上に効果抜群でびっくりしたよ。逆にのめり込みすぎて気味悪いぐらい」


『提案したやつが言うな、としおは心の中で突っ込んだ』


「はは、何にせよスムーズに探索できたようだな。二階は特に何もなかったかな?」

「ないね。本当にただの廃墟って感じ。ミコちゃんのほうは?」

「私も同じだ。沢山の部屋に行ってみたが、変わった気配がする所は一つもなかった」

「そっかぁ。一体どこにいるんだろうね、花嫁の影は…………」


『……そこで二人の会話は途切れ、場に沈黙が訪れる。それはこれ以上手掛かりがないことを物語っていた。チトの中に諦観が芽生えてきて……』


「ちょいちょい、勝手に人の気持ちを代弁しないで。しおちゃんが帰りたいだけじゃん」


『……しおは図星を突かれてぐうの音も出ない』


「だが、しお君のナレーションもあながち間違っていないぞ。外の暗闇が色濃くなってきたし、もう手当たり次第に探す時間はなさそうだ」

「確かに長居したらミコちゃんの家族が心配しちゃうね。──よしっ、ここはしおちゃんに任せよう!」


『なんで私に丸投げするのよ、としおは不服を募らせる』


「物事を多方面から分析できる今のしおちゃんなら、きっと花嫁の影を見つけ出せるさ!」

「そうだな。しお君の力を貸してくれないか?」


『……ミコ先輩にまで言われると拒否しづらくなったしおは、仕方なく熟考しはじめる…………が、そんな簡単に何かを思いつくはずもない。なので現状持ちうる唯一の手掛かりであるネットの情報を改めて思い出すことにした』


「なるほど、つまり原点に帰ってヒントがないか探すわけだな」


しおは頷き、一旦情報を頭の中でまとめていく。

 とある夏の雨の日、深夜に三人の男女が肝試しをしにこの洋館へ足を踏み入れた。

 スマホのライトを頼りに全ての部屋を見終わった時、突として部屋の壁一面に箱らしきものを抱えた花嫁の影が現れ、瞬く間に消えた。

 恐ろしくなった三人はすぐに外へ出てそのまま洋館を去り、雨が上がった後日、同じ時間帯に洋館へ行って朝まで粘ったが、花嫁の影は現れなかった』


「うん、大まかにはそんな経緯だ。一度しか話してないのによく覚えているな」

しおちゃん、こう見えても一年生の頃から成績めっちゃいいからね」


『こう見えては余計よ、としおは不満を口にしつつも、改めて情報を思い出したらあることに引っかかりを覚えた』


「おっ、これは名探偵登場の予感! わくわく!」


『どうして二回目に行った時は花嫁の影が現れなかったのだろうか?』


「……それのどこが気になるのさ……ただ単に人前に出る気分じゃなかっただけじゃないの?」

「まぁその可能性もあるが、同じ時間帯に訪れたのに朝まで何も起きなかったことも確かに不可解だ。もしかしたら何か条件があるのかもしれないね」


『仮にミコ先輩の言うとおり何らかの条件があるとして進める。ネットの情報から読み取れる相違点は、天候だけ。一回目は雨降りの日で、二回目は止んでいた』


「花嫁さんは雨が好きなのかな。二回目も今日も晴れだから出てこなかったのかも」

「もしそうならまた雨の日に来ればいいとして。他に雨の日に繋がるものがないか考えよう」


しおは雨の日から連想することを思い浮かべる。濡れる、カビ、ジメジメ、傘、蛙、紫陽花…………あ! しおはあるワードに思い至って声を上げた』


「きたきた!」


『次第に脳裏で真相へのジグソーパズルが当てはまっていく。ここまで見聞きしてきたことを頭の中で反芻していき…………ようやくしおは花嫁の影を捉えることができたのだ!』


「ほぅ、その推理を聞かせてくれないか」


しおは自信ありげに頷き、少し頭の中で言葉を整理したあと話し始める。

 まず、ネットの情報にはもう一つ疑問点があります。それは部屋の壁一面に花嫁の影が現れたということです。当然なことに影が現れるには光がないと成り立ちません。時間帯は深夜で、廃墟は当たり前に電気が通っておらず照明は点かないため、考えうる光源は男女が持っていたスマホのライトだけになります。でも、それっておかしくないですか?』


「……確かに変だな。今、しお君が持っている強力な懐中電灯なら壁一面を照らすことはできるが、スマホのライトでは一部分がやっとだろう」


『つまり他にもっと明るい光源があったことになります。そして花嫁の影が瞬く間に消えたことからそれは一瞬の出来事だったことが窺える』


「壁一面を一瞬だけ照らすことのできる明るい光……あっ、分かった! 雷だ!」


『チトの答えにしおは満足げに頷く。

 そう。その日は雷雨で、窓から入った雷の光によって部屋の壁に影を落としたんです。そして恐れた男女がすぐに外へ出たという情報から、その部屋は玄関から近い所になります。

 しおはそう言いながらホールを横切って最初に訪れた部屋に入った。

 チトとミコ先輩もあとに続く。

 そこは沢山の物で散乱している』


「なるほど。そういうことか」


『どうやらしおの答えを聞く前にミコ先輩も分かったようだが、その顔に表れているのは嬉しさはなく、呆れだ。

 しおはミコ先輩の気持ちに同情しながら真相を話す。

 三人がこの部屋にいた時、雷光が起きた。その光は窓から侵入し、両腕を上げたマネキン、古びたハンガーラックに掛かる切り裂かれた布、積み上がった段ボール箱を通って壁に投影させた。そしてそれらが重なり合った結果、箱を抱えたウェディングドレスの人影に形成されたんです。瞬く間の出来事だったので、そう見えたが正しいかもしれません。もし三人がその場に長居したのなら、ただの影絵であったことが分かったでしょうが。

 しおは見事に花嫁の影の真相を暴いたのである。幽霊の正体見たり枯れ尾花! END!』」


 私はそこで物語を締め括った。


 タネが分かってしまえば何も怖くない。これ以上創作世界に浸る意味はなくなった。


 晴れ晴れとした私とは裏腹に、チトが肩を落とす。


「ちぇー。結局は見間違いかぁ。隠し扉とかあって金銀財宝が隠されてると思ったのにぃ」

「まぁ気持ちは分かるが、そう落ち込むな。元々実体験が伴っていない他人からの情報だ。その一部だけで全てを推し量ろうなんてこと自体が間違いなんだ」


「私もこれまでどれだけの偽情報に踊らされてきたか……」と忌々しそうな顔をするミコ先輩。


 ──一部だけの情報……。


 ミコ先輩の言葉に何か引っかかるものがあって考えていた時、不意にホールに続くドアが開いた。


「きゃあぁぁぁぁっ!?」


 私はそれを目にした瞬間、隣にいたチトにしがみつく。


 開かれたドアのところに能面を被った子供が突っ立っていたからだ。


 私の脳内がパニックになっていると、子供は口を開き。


「ハロウィンのコスプレ会場はここで合ってますか?」


 お面を少しだけずらしてそう言う。


 それはユウだった。


「…………もう、どこから突っ込めばいいか分かんないわ」



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