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6話 廃墟探索①

 次の日の朝。


 私は変わり映えしない通学路を歩く。


 朝起きたらチトの姿はなく、ダイニングのテーブルでミルクパンを盗み食いしていたユウに訊くと、先に学校へ行ったとのことだった。


 てっきり寝起きからあの喧しい声を聞く羽目になると辟易していたのだが、私に一声もかけずに出かけるなんて意外だ。イタズラの類をされている形跡もないし。


 だが、正直チトの意図なんてどうでもいい。


 気がかりなのは、朝起きた時の私の体勢がどうなっていたか、だ。


 記憶にあるのは、まるで幼い子どものようにチトに縋りつく自身の姿。


 一眠りして冷静になった今、めちゃくちゃ恥ずかしいし、こんな状況になってもまだトラウマを克服できていない自分が情けなさすぎて許せない。


 余計にチトに会うのが嫌になる。あいつにとっては上質なからかいのネタだろうから。


 億劫な気持ちを抱きつつも学校に着く。


 そして昇降口に入った時、何やら数人の生徒たちが立ち止まっている姿を見つけた。


 生徒たちの視線の先は下駄箱に面する渡り廊下で、そこにはミコ先輩とチトの姿があった。


 二人は楽しそうに談笑している。私の目から見れば。


 このままではまずいと急いでミコ先輩に駆け寄ると、チトが私の存在に気づく。


しおちゃん、おはよー! 今ね、ミコちゃんと話してたんだけど……」

「あんたは何をやってんのよっ! ミコ先輩、今すぐ近くの階段下まで行きましょう!」

しお君、会って早々どうしたんだ?」

「移動したあとで説明します!」


 私はミコ先輩の手を引いて人気のない階段下まで連れていく。


 他の生徒たちがついてきていないことを確認してからミコ先輩を向く。


「ミコ先輩、チトと話す時は周囲に気を配ってください! かなり目立ってましたよ!」


 チトの姿は普通の人には見えないわけで、端から見れば何もない空間に向けて延々と独り言を呟いているおかしな人だ。


 しかしその羞恥な状況を聞かされても、ミコ先輩は泰然とした態度を崩さない。


「なるほど、そうだったのか。チト君との会話で全く気づかなかったな」

「そう言えば、みんな一度は足を止めてミコちゃんのこと見てたね」

「気づいてたなら伝えて場所を変えなさいよっ。ミコ先輩が変人って思われるじゃない」

「いやぁ、ミコちゃんとの会話が弾んでそっちを優先しちった」

「あんたって奴はほんと……」


 自己中にも程があるだろ。もっと自分が幽霊である自覚を持ってほしい。


「まぁまぁしお君。私はさして気にしてないから、チト君を責めないでやってくれ」

「でも、あとでみんなの話題に挙がって変なふうに捉えられるかもしれませんよ」

「私は伊達にオカルト部の部長をやってない。好奇の目で見られることなんて慣れっこさ」

「……人から嫌われるのは怖くないんですか?」

「もちろん好かれるほうがいいが、それを気にして自身のやりたいことを捻じ曲げるのは私の生き方に反するってところかな」

「…………」

「なんにせよ、目の見えない私にとってしお君の気遣いはとても嬉しかったよ。ありがとう」


 その真っ直ぐな感謝に照れくさくなったのか、それともミコ先輩の自信に満ちた人生観が眩しすぎて目を背けたかったのか、私は「……ミコ先輩が傷ついてなくてよかったです」とだけ返した。


 その心情が透けたのか、ミコ先輩はニコリと微笑んで。


「さて、話題を変えるとしよう。しお君、今日の放課後は暇かな?」

「特に用事はありませんけど……」

「そうか。なら、ぜひ付き合ってほしいことがあるんだ」

「付き合ってほしいこと? 何ですか?」

「学校の帰りに寄りたい場所があってな。そこで日頃お世話になっている両親にプレゼントする品を得られればと思っているんだ。ただ、私だけでは探せる気がしないから協力してくれるとありがたいのだが、どうかな?」


 つまり両親への感謝の品を選ぶのを手伝ってほしいということか。


「行くのは構いませんけど、私そういうプレゼント系の物に疎いのでアドバイスなんかはできませんよ」

「ああ、そこに何があるのかを教えてくれるだけで大丈夫だ」

「それなら協力しますよ」


 物事の状況を伝えるだけならお安い御用だし、何よりミコ先輩と共に行動することでチトの傍若無人さを抑止できる。昨日みたいに振り回されるのはもう懲り懲りだ。


「助かるよ。では、十七時に校門前に集合としようか」

「分かりました」


 そこでちょうどホームルームのチャイムが鳴ったこともあり、ミコ先輩と別れた。



     ***



 日が沈みかけて、辺りが暗くなり始める午後六時。


 私の目の前には大きな二階建ての洋館が佇んでいる。


 塗装の剥がれた外壁は亀裂が走ったり蔓草に覆われていたり、点在する窓ガラスは泥棒に侵入されたように割れていたりと、一見しただけで住人がいないと分かるほどボロボロの廃墟が。


 周りは背高い杉群が無秩序に幹を伸ばしており、そこに停まったカラスが私たちを威嚇するようにカァカァと鳴き声を上げる。


 隣にいるミコ先輩が勢いよく拳を振り上げた。


「──よしっ! 早速、三人で探索を始めよう!」


 その快活な声にチトが「おー!」と同じように拳を振り上げる。



「────いやいや、ちょっと待てぇぇいっ!」



 私は腹から声を出した。


 するとチトが呆れたような表情を向けてくる。


しおちゃん、そこはわたしたちに続いて意気込みを表明するところだよ。せっかく高まった士気が台無しじゃん」

「士気なんて気にしてられるかっ! ──ミコ先輩! なんで私たちこんな所に来てるんですか!?」

「ん? 両親へのプレゼントを探しに来たんだが、朝に言わなかったか?」

「これのどこが!?」


 私が想像していたのは、花屋や雑貨屋などのお店を巡って贈り物の品定めをする光景だったのに、なんでこんな暗澹とした場所に来ているのか。


「ふむ。どうやら私の説明不足だったようだな。それでは詳細を話そう。始まりは、我が優秀な部員がネットでとある情報を見つけたことからだ」


 私の怯えた様子も何のその、ミコ先輩は滔々と語りはじめる。



 とある夏の雨の日、深夜に三人の男女が森の中に佇む廃洋館で肝試しを行った。

 スマホのライトを頼りに館内を散策していく。

 戦々恐々としながらも一通り全ての部屋を見終え、特に何事もなく肝試しが終わりを迎えようとした時だった。

 突如、部屋の壁一面に人影が現れたのだ。

 それはウェディングドレスを着た女性で、手には何か箱らしきものを抱えていた。

 花嫁の影は瞬く間に消え、三人は恐ろしくなり、叫び声を上げながらすぐに外へ出てそのまま洋館を去った。

 そして雨が上がった後日、事の真相を確かめようと同じ時間帯に三人でふたたび訪れたが、外が明るくなるまで待っても花嫁の影は現れなかった。



「──と、ネットに書いてあった情報はこんなものだ。実に興味深い話だとは思わないか?」

「めちゃくちゃ思う! きっとその花嫁さんは何かを伝えたかったんだよ。たとえば」

「お宝の在り処とかね」


 チトとミコ先輩は顔を見合わせてニヤリとする。


 それだけで二人が何を考えているのか透けて見えて、私は言葉を失ってしまう。町から山道に逸れた時点で気づくべきだった……と後悔が募る。


「まとめると、今から洋館を探索して花嫁の影の真相を突き止め、そのお宝をゲットして両親にプレゼントしようというのが私の考えだ。分かったかな、しお君」

「理解できたできないにかかわらず、賛同できませんよ!」

「まぁしおちゃん怖がりだもんね」

「不法侵入&窃盗っ! 怖い以前の問題よ!」

「安心したまえ。こんな人里離れた所に来る物好きなんて私たちぐらいだ。バレやしない」


 罪の意識がなさすぎる。ミコ先輩はマトモな人だと思ってたのに……。


「さて。時間もないことだし、そろそろ探索フェーズに入ろう。三人でお宝を見つけるぞぉ!」

「見つけるぞぉ!」


 ミコ先輩は白杖で前方を確認しながらどんどん進んでいき、その後をチトが漂いながら続く。


 何を言っても揺るがない二人の意志に私は根負けして、不服ながらも後を追いかける。


 朽ちて傾いた玄関ドアから館の中へ足を踏み入れると、そこは広いホールになっており、爆発事故が起きたかのように瓦礫やガラスの破片が床に散らばっている。


 廃墟然とした様相に私の恐怖心がスリーランクアップする。


「うわぁ、これは酷い有様だね。誰も住まなくなるとこんなふうになっちゃうんだ……なんか悲しい気持ちになるね」

「視覚からの共感はできないが、この静まった空気からは確かに寂寥感が伝わってくるな」

「見た感じだとめっちゃわたしの同類がいそうだけど、ミコちゃん的には何か感じる?」

「んー、今のところは特にないな」


 平気な様子で分析しはじめる二人の会話に入る余裕がない。


 チトがこちらを振り向く。


しおちゃんはどう? 何か感じる?」

「…………こわい……かえりたい……」

「……ほんとしおちゃんは怖がりだなぁ。まだ中に入ったばかりだよ」

「し、仕方ないじゃない、怖いものは怖いの! 暗すぎて先が見えないし……」

「──あ、すまない、つい忘れていた。しお君にはライトを渡すつもりだったんだ」


 そう言って、リュックの中から懐中電灯を取り出して渡してくる。


 市販で見かける一般的な物ではなく、重たくゴツい見た目をした懐中電灯だ。スイッチを入れると、パァァっと白光がホールを照らし出し、その強力さにチトが「おぉ! 明るっ!」と声を上げる。


「部員に借りてきたんだ。これなら少しは怖さが和らぐかな」

「……だいぶ楽になったかもです。ありがとうございます」

「よし、それじゃあしお君に先頭を任せようかな」

「え!? 絶対ムリです!」

「ふふ、冗談だ。まずは幽体であるチト君に危ない箇所はないか確認してきてもらいたいな。チト君、頼めるかな?」

「あいあいさー! 一通り館内を見て回ってくるね」


 元気に返事をして左手の壁を透過していく。……あいつに恐れの感情はないのか。


「チト君が見に行ってくれている間に、私たちは近くの部屋でも見ようか。どこに部屋があるかな?」

「両サイドと……階段横の奥にもドアがありますね」

「じゃあ右の部屋で。エスコートしてくれるかな、しお君」


 白杖を左手に持ち替え、私に向けて右手を差し出す。


 ミコ先輩はここまで私の手を借りずに難なく移動してきたから(昨日も一人でトンネルに行っていたし)今さら私の補助はいらないはずだ。


 だからきっとこの行動は怖がりの私を気遣ってのことだろう。私から手を繋ごうとは恥ずかしくて言い出せないと思って。


 ミコ先輩の厚意を素直に受け取り、その肌白くて綺麗な手をそっと握った。


 何とか恐怖心を押し殺して右手にあるドアを開けると、そこはダンスレッスンが出来そうなほど広い部屋だった。恐る恐るライトで照らしてみると、一見して沢山の物でごちゃごちゃしている。


 ミコ先輩は部屋の中に入った矢先、白杖の先端で床を何度か小突く。


「ふむ、音の反響的に一般的な部屋よりかは広そうだな。部屋の様子はどんな感じかな?」

「えーっと……ここも強盗に荒らされたみたいに雑然としてますね……古びたハンガーラックには切り裂かれた布みたいなものが掛かってて、壁際には薄汚れた段ボールが積み上がってたりしてます」

「想像するに、被服室と言ったところかな。しお君が気になる物はあるかな?」

「特に変わった物はな────ッ!」

「ん? 私の腕に縋りついてどうした?」

「……あ、ごめんなさい。部屋の中央にマネキンがあって……」


 ぬっと現れて心臓が止まるかと思った。しかも顔があるタイプだから余計に怖い。


「マネキンか。目の前まで連れて行ってくれないか」

「えぇ、調べるんですか……なんか変に両腕を上げてるし気味悪いですよ……」

「だからこそだ。霊は人形ひとがたの物に宿りやすいと聞くからね。ぜひ調べたい」


 繋いだ手を引いて催促してくる。


 その一途な好奇心を変えられないと悟り、怖々しながらマネキンの前へと連れて行く。


 するとミコ先輩は躊躇なくマネキンの胴体に触れはじめた。


「ミコ先輩、待ってください! そのマネキン結構埃が被ってて素手じゃ汚れますよ!」

「ちゃんと除菌シートを常備しているから平気だ。視覚が使えない以上、他の四感に頼るのは私の基本だからね。そして物の形や大きさを把握するのは触ってみるのが一番手っ取り早い」

「でも得体が知れないものを触るのって怖くありません?」

「むしろ逆だな。そのモノの正体が分からなくて怖いから触って知ろうとしてるんだ」

「怖いから触って知る……」


 私から見ればミコ先輩の行為は、バラエティ番組でよくある箱の中当てゲーム、それの安全が保証されていないバージョンみたいなものだ。私だったら近づくことさえ拒否してしまうだろう。


「まぁしお君の考えが普通で、いつも両親に分からない物を触るときは軍手をしなさいって注意されるよ。でも直接触れたほうが感覚が伝わりやすいから従ってないけどな」


 ミコ先輩の態度や声音は平常で、そこに悲しみや自身の境遇を呪った感情はないように見えた。


 私にはその希望を保ち続ける姿勢が分からなかった。


「……あの、失礼なことかもしれないですけど……訊いてもいいですか?」

「なんでも遠慮せずにどうぞ」

「その……ミコ先輩は視力を失ったことに対して絶望しないんですか?」


 おずおずと訊ねると、ミコ先輩はマネキンから手を離して私のほうを向く。


「もちろん事故に遭った当時はしたよ。それまでは当たり前だった色彩豊かな景色が全て暗闇に取って代わってしまったんだから。特に寝て起きる時が辛くてね、目を開けて何も映らないことが視力を失ったことを再認識させられているようで、何度も夢であってくれって願ったよ」

「じゃあ今はどうしてそんなに平気に振る舞えるんですか?」

「単に慣れということもあるが、他の要因があるとすればこの身になったことで新しい価値観を知ったことも大きいかな」

「新しい価値観……」

「分かりやすいところで言うと、物の外見に囚われなくなったところだな。その物を見極める大事なファクターを感じ取れなくなったが、同時に先入観も無くなったことで反対に本質に辿り着きやすくなった。人を容姿で判断せずに必ず対話を交えるようになったり、食べ物を見た目で判断せずに必ず試食するようになったり。そうしていくと、身近に気の合う人が沢山いることや味覚に合う食材が沢山あることに気づけた。それは目の見えていた頃には得られない価値観だ」

「…………」

「だからと言って視力が要らないものだとも思っていない。もし全知全能の神様がこの瞳に光を取り戻してくれると言ったら私は喜んでお願いするだろう。ただ私は悪い出来事をそのままで終わらせたくないだけなんだ。そこで何もかも思考を止めて、得られる可能性があったものを見過ごすのは勿体ないからな」


 その確固たる意志を聞いて、心の強い人だと思った。どれだけ絶望に陥っても希望を見いだすことを諦めず前に進んでいける不屈の精神。


 それは私にないものだ。


「……ミコ先輩は凄いですね」

「褒められるのは悪い気はしないが、そう見えるのはまだ私のことを知らないからだよ。私が普段からどれだけの人に支えられて生きているかを知ったら、私の言葉なんてどこにでもいる女子高生の強がりでしかない」

「いえ、きっとみんな支えたいと思うほどの何かをミコ先輩に感じているんです。その気持ちを抱かせるのは簡単にできない凄いことだと思います」

「そうであれば嬉しいね。でも、それはしお君にはないものなのかな?」

「私はないですよ」

「そうかな。それこそ私には謙虚に聞こえてしまうけどな」

「謙虚……? どうしてそう思っ──」

「チト調査隊! ただいま帰還しましたっ!」


 その時、勢いよく壁をすり抜けてチトが戻ってきた。


「お帰り、チト君。他の場所はどんな状況だったかな?」

「ざっと見て回ってきたけど、危ないのはガラス片ぐらいだね。床が抜けてたり天井が崩れてたりしてるところは見当たらなかったよ」

「安全確認ありがとう。思ったより建物自体はしっかりしているようだな。ふむ……」


 ミコ先輩は何かを考えるようにあごに手を当てた仕草をしたあと。


「うん、ここは二手に分かれて探索しよう」

「…………え!? 二手に分かれる……?」


 先程のミコ先輩の話を考えていて反応が遅れたが、聞き捨てならない言葉だ。


「ああ。私が一階を回るから、しお君とチト君は二階を見てきてくれるかな」

「一人は危ないですよ! このまま三人で固まって行きましょう!」

「私のことは気にするな。伊達に十年間盲目の身で生きてきたわけじゃない」

「そっちもですけど、もし花嫁の影に遭遇して襲われたら……」

「むしろバッチコイだ。貴重な体験になるし、取り憑かれでもすれば部員たちに自慢できる」


 これはダメだ。好奇心のほうが勝って私の憂慮が届かない。


「それにこの館は広い。効率の観点からいっても別々に行動するのが望ましい」

「でも今のようにその場所に何があるか教えたほうが良くないですか?」

「つい先程まではそのつもりだったが、よく考えてみれば一々私の目の代わりになるのは大変だからな。まずは部屋の雰囲気を感じ取り、もし違和感があれば後で一緒に見てもらおう」

「でも……」

しおちゃん、わたしがついてるから大丈夫だって」


 だから余計に心配なんでしょ……。


 とても頷きたくない思いが募る中、ミコ先輩のどこか困ったように眉根を寄せた表情が目に入ってしまい葛藤する。


 客観的に見れば今の私は意固地になって輪の統率を乱している。それは人として正しくない行いだ。


 怖いのは嫌だ。でもここは少数派の私が意見を変えないといけない。


「……待たせてごめんなさい。やっぱりチトと二階を見てきます」

「おっ、その意気だしおちゃん!」

「その代わり絶対に私から離れないでよ。急に驚かせるのもナシだからね」

「うん、約束約束」

「勇敢な回答だ、しお君。では、ある程度調べ終わったら玄関のほうに戻ってお互いの成果を話し合おう。もし私が取り憑かれて変になっていたらバンバン観察しておいてくれ」

「……安全第一でお願いします」


 承知か不承知か、ミコ先輩はグッと親指を立てたあと、またマネキンの調査に戻った。



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