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恩人

 翌日、警察署まで車で送ってもらいそこから自転車で学校に向かう。その途中、三春さんに出会った。昨日別れたところから考えると会うはずがない場所で出会ったので驚いている。驚いているのは出会ったことだけではなく、顔に貼った絆創膏にもだ。


 自転車に乗ったまま立ち止まって、昨日の出来事を洗いざらい話し、疲れて寝てしまったので文化祭の案はできていないこと、授業の予習を教えて欲しいことも付け加えた。


「人を助けるのは良いことだけど、自分のことも大事にしないとだめだよ?」


 母さんと同じことを言われてしまった。


「ありがとう。気をつけるよ」


「そんなあっさり……まあ、そういう優しいところは類君の良いところかもしれないけど、ほんとに危ない真似だけはしないでね」


「うん」


 優しいと言ってくれるところとか、心配してくれるところとか、嬉しくてにやけてしまいそうになるのを隠すために自転車を漕ぎだすが、内心は三春さんのことが好きだという気持ちでいっぱいだ。怪我の功名といったところだ。


「文化祭のことだけど」


 後ろからついてきている三春さんが「ごほん」と一度咳払いをしてから話題を変える。察しの良い三春さんは僕の照れくささも気遣ってくれたのだろう。


「私はやっぱり恋愛的な恋がいいなあ。私、恋愛物の小説とか漫画とかドラマとか大好きなの。恋愛にまったく興味がないって人は少ないだろうし、皆の恋する気持ちを集められるような企画がしたい」


「良いと思う。けど、人前でそういう話をしたりするのってちょっとハードル高いかもね」


「確かに。じゃあ、匿名でどうにかできないかな。それとも、いや……」


 恋に対する三春さんのこだわりは強く、どうにか実現したいらしい。僕がそれなら、とメッセージカードにでも書いてもらって集めるという提案をすると「それ良い! すごく良い!」と三春さんは子供のようにキャッキャとはしゃぎ、喜んでくれた。縦に並んで自転車を漕いでいるため表情は見えないが、きっと目を輝かせていることだろう。意外な一面にまた好きになる。


 三春さんが落ち着いてから二人で詳細を詰めていこうとしたが、メッセージを集めるだけではどうも盛り上がりに欠けるというか面白みがないという結論に達した。悩んでいるうちに喫茶にしもとを通りがかり、尊琉と増子さんと合流する。二人も色々話し合っていて僕らが来るのを待っていたようだ。自転車を漕ぎながら四人で話し合う。


「俺は具体的なのが思いつかなかったんだけど、こう、インパクトがあることがしたくてさ。皆の記憶に残って、写真とかもずっと残るような。食べ物系はそんときは楽しいし売れて嬉しいかもしれないけど文化祭終わったら何も残らない。ステージで何かやろうにもまだお互いのことも知らない、学校生活にも慣れてない一年生が二ヶ月足らずでどこまでできるか不安だし、どうすっかなあって思っていたんだけど、幸がさ」


「鯉のことを考えてたら鯉のぼりが思い浮かんだんだ。一ヶ月以上も時期は違うけど、だからこそ目立つかなって思って」


「どう?鯉のぼり。でかいの作って学校の目立つところに文化祭の間泳がせるんだ。きっと皆注目するし写真も撮りまくる。ついでに作って飾っちまえば当日は手が空くからクラス全員存分に文化祭を楽しめるぜ」


 尊琉は空を見上げて楽しそうに語った。きっとその目には空を泳ぐ鯉のぼりが見えているのだろう。僕も想像すると確かに良いなと思う。どうやって作るのか、どこに飾るのか課題はあるが調べて交渉すれば何とかなりそうだ。何より六月の空に鯉のぼりが泳ぐというのはシュールでインパクトがある。


「類たちは何か考えてた?」


 鯉のぼりのアイディアは良いと思う。でも恋を集めたいという三春さんの可愛い提案も叶えてあげたい。「面白そうだね」「でも普通のデザインじゃ面白くないよね」と三春さんと増子さんが話しているようだが、先ほどの真剣に考えこむ声や僕の提案への食いつきを見るに三春さんは恋を諦めきれないだろう。であれば二つのアイディアを両立できる何かを考えればいい。


 一般的な鯉のぼりを想像してみると、鯉の口の部分が開いていてひもや金具を通してポールなどに括り付けられるようになっているはずだ。鯉の目があって、鱗がびっしりとあって……これならいけるかもしれない。


 赤信号で止まった際に提案をする。


「僕と三春さんは、皆の恋のメッセージを集めたいねって話してたんだ。でも盛り上がりそうな企画にはならなくて。鯉のぼりは僕もすごく良いと思う。それでデザインっていう話ならさ、鯉の鱗の部分を一枚一枚張り付ける形にして、そこに恋のメッセージを書いてもらうってのはどうかな?」


「それだ! そうしよう」


三春さんが食いついた。気のせいではなく目が輝いている。


 尊琉と増子さんもその案に賛成、教室にてクラスメイトに(はか)るとこれまた皆賛成し、一年一組の文化祭企画が決定した。当日手が空くというところに皆魅力を感じたようだ。

 

 昼休み、生徒会との交渉担当である僕が完成した企画書を生徒会室に持って行こうと教室を出ると三春さんがついてこようとしてくれた。だがそれを増子さんが制し、一人で僕のあとに続いて教室を出てくる。


 意外な行動に驚き、少し残念に思いつつも良い機会だと思う。三春さんと仲が良い増子さんを通じてもっと三春さんのことを知ることができるかもしれない。


「ごめんね、心じゃなくて私で」


「増子さんとも仲良くなりたいと思っていたから構わないよ……ってその言い方だとまるで僕が三春さんと二人になる機会を逃して残念がっているみたいじゃないか」


「違うの?」


「……違わないけど。でも、僕が残念がることを知っておきながら三春さんを教室に残したのは、何か話したいことでもあるの?」


「まあね。昨日の夜、少しだけ電話で心と話したんだ。類君のこと」


「僕のこと? 三春さんは何て言ってた?」


「詳しくは言えないけど、今まで心のことを好きになった男の子の中では君は一番」


「一番、何?」


「それはいつか心から直接聞いてよ」


「はぁ……」


 話したいことがあると言っておきながら詳しくは話そうとしない増子さんにやきもきしていると、彼女が大分早足で歩いていることに気がついた。身長が小さく歩幅も狭いから大変だったのだろう。さりげなく僕も歩幅を狭めると、増子さんは小さく笑う。


「どうかした?」


「心の言っていた通り、優しいんだなって思って」


「増子さんから見てどう? 優しい僕は三春さんにふさわしいと思う?」


「心はこういうの好きだと思うよ。私は『俺の背中に乗れよ』って言っておんぶしてくれる人が好きだけど」


「ごめん、そこまでは気が回らなかった」


「大丈夫、大丈夫。そういう奴はちゃんと見つけてるから類君は心に集中して。ていうか今は私のことはよくて……前にも言った気がするけど心は君のことを結構気に入ってるから。大分脈ありだと思うから。だから頑張って欲しい。応援するよ」


 にこにこしながら話していた増子さんだが、最後には真剣な表情で僕を見つめてきた。その瞳の奥には僕の知らない何かが渦巻いているようで、増子さんと三春さんはただの友達という関係ではないことを僕に予感させる。


「増子さんは三春さんのこと、どこまで知ってるの?」


 心が読める力を持っていそうなこと、食事をしないこと、人間関係のこと。優しい人柄と可憐な見た目の裏側に三春さんは秘密を溜め込んでいる。それを知らずして気持ちを伝えることはできない。増子さんが僕を応援してくれるのならば、手掛かりくらいは教えてくれるかもしれない。


「だいたい全部知ってるよ。私と心は小一からの仲だから」


「教えてくれたりは……しないよね」


 にこりと優しく微笑む増子さんの表情で、話す気はないことは分かった。本当に応援すると伝えるためだけに僕と二人きりになったのだろう。しんみりとした雰囲気からしてデリケートな事情があるに違いない。


「自分で聞けるように頑張るよ」


「うん。でも何も教えないのは酷だから一つだけ。私、昔から美味しいものを食べるのが大好きで、小学生になったばかりの頃すごく太ってて、何もしてなくても体型をいじられたり、給食のときは食べ過ぎるともっと太るぞとか言われて、それ以外にも今思えばいじめだったのかなって思うようなことをされていたんだ。それを守ってくれたのが同じクラスだった心。昔から優しくて頭が良くて強かった」


「それで仲良くなったんだ」


「うん。美味しいものを食べてるときの私がすごく幸せそうだって褒めてくれて、心がそう言ってくれなかったら今頃人前で食事をできなかったかもしれない」


「恩人、って感じ?」


「そうだね。だから私も心が困っていたら助けたいし、変な虫が寄ってこないように守ろうって決めてるの。類君が悪い人じゃなくて良かったよ。あ、生徒会室、着いちゃったね。じゃあ私はこの辺で」


 旧校舎の二階の端っこに生徒会室はある。僕らの教室は連絡通路を挟んだ新校舎の四階の端っこのためかなりの距離があったが、増子さんと話をしていたおかげであっという間だった。


 生徒会室の出入り口の扉の前で増子さんは体を百八十度回転させ、教室に戻ろうとする。本当に僕と話がしたくてついてきただけのようだ。


「あんまり関係ない話でごめんね」


「いや、三春さんのことをもっと好きになったよ」


 僕が泣いているあの子を助けられなかった小学生時代。それよりももっと前から三春さんは今のように優しい人間だった。それを聞けただけで、大収穫だ。


 増子さんはいつものようなにこにことした笑顔で去って行った。


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