君は優しい
せっかくの機会だから三春さんに色々と聞きたいことがある。不思議な力を持っている疑惑、人間関係で抱えているもの、ご飯を食べない理由、そして恋をしたいという発言の真意。だがどれも個人的でデリケートな内容で、いきなり聞くのも失礼なように思い躊躇してしまう。
勉強のこととか、文化祭のことなど無難なことを話しながら自転車で走る。午後六時を迎えて陽が落ちかけるエモーショナルな光景の中、一緒に帰っているこの現実だけで嬉しいのだが、どうしても心に引っかかるものがあって気持ちが晴れない。
こんな気持ちは三春さんにはすぐに見抜かれてしまう。
しばらく進んで交差点に差し掛かると三春さんはここでお別れだからと自転車を止めた。僕も自転車を止めた。
「類君、私に何か聞きたいことある? なんかそんな気がする」
三春さんは自転車から降りて直球で聞いてきた。やっぱり三春さんは僕の心でも読んでいるのだろうか。おそらく嘘や誤魔化しが嫌いというのもそういうのが分かってしまうからなのかもしれない。聞かれてしまった以上誤魔化しようはない。僕も自転車から降りる。
「三春さんってすごく察しが良いよね。まるで人の心を読んでいるみたいに。まさかそんな力を本当に持っていたり……?」
聞いてしまった。もう後戻りはできない。三春さんの秘密に触れる権利を僕は手にしていたのか、答えは三春さんしか知らない。
三春さんは空を見上げて無言で考え込んだ。秘密に触れる権利を僕に渡すかどうか、知り合ったばかりの僕を自分の領域に踏み込ませても良いのか葛藤しているのだろう。どちらかと言えば好かれていると思ってはいたが、それがどのくらいの程度なのか、言葉を発しない三春さんを見ていると急に不安になってくる。それでも強がって、できるだけ真剣に、真摯に三春さんを見つめて答えを待つ。
やがて三春さんは視線を空から僕に移す。
「類君は、そういう特殊能力的なものを信じる人?」
「憧れた時期もあるよ。信じるかと言われると微妙だけど、三春さんを見ていたらあり得るかもって思うようになった」
「そっか……話は変わるけど、どうして入学式の日の自己紹介で青春したいなんて言ったの?」
焦らすように、何かを探るように三春さんは本題に入らない。やきもきしてしまうが、そういう風にしているということは僕の問いに即答しづらい事情があることの裏付けになる。不思議な力なんて持っていないなら、持っていないと答えればいい。
「えっと……」
そして三春さんの問いに対する僕の答えは沈黙することしかできない。青春したいなんて言った理由は三春さんのことが好きだからだが、まだそれを伝える勇気はない。かと言って嘘をついたり誤魔化したりするのも増子さんから教えられた三春さんが嫌う行為だからできない。
無言のまま三春さんと見つめ合う。好きだ、好きだと心の中で何度も唱えながら、結局口には出せずにいると、僕らのそばの交差点を一台の赤い乗用車が三春さんの進行方向へと曲がって行った。高級感漂うその雰囲気の車に僕も三春さんもほんの一瞬気をとられる。
「ごめん、そろそろ帰らないといけないんだった。また今度ゆっくり話そう」
その提案はありがたかった。僕の問いには答えてもらえていないが、三春さんからの問いに答えられない僕は救われる。
「分かった。次はちゃんと答えられるように準備しておくよ」
「私もそうする」
「無理はしなくていいよ」
「優しいね、類君は。まっすぐで、すっきりしていてとても良いと思う……それじゃ、また明日ね」
三春さんは僕に小さく手を振ってから自転車に跨り直し、そのまま交差点を曲がって自宅があるという方角へ漕ぎ出した。長い髪をなびかせながら意外と力強く自転車を漕ぐ後ろ姿はそれだけでも魅力的で、秘密のやり取りが出来そうで出来なかったというこそばゆさも合わせて、これが青春というやつかと勝手に納得した。
交差点をまっすぐ進んで帰路に着き、先ほどの三春さんとの会話を振り返る。人の心を読むような力を持っているのではないかという問いに対して答えをもらえなかったことは実はあまり気にしていない。もちろん知りたいとは思うが、むしろ答えを先延ばしにしてくれたおかげでまた会話の種が生まれると考えられ、どちらかと言うとプラスの感情を持った。
僕が三春さんのことを好きだということは、もしも三春さんが本当に心を読む力があるならすでに知られてしまっているのではないかと危惧したが、それでもなお僕と仲良くしてくれるのであれば好都合、距離を取るのであれば脈なしということで、特別気にしてもしょうがないことだと思うことにした。
そして最後に三春さんが残してくれた『優しいね』という言葉が心の中でずっと反響していることに意識を向ける。とても嬉しかった。三春さんに言われたからというのもあるがそれだけではない。こうなりたいと思って努力してきたのが間違っていなかったと分かったから。
僕はこうなりたいと思ったきっかけの出来事を思い出す。