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嘘は嫌い

 合格発表はホームページでも確認できるのだが僕は直接西高に見に行くことにした。わざわざ受験当日に友達の応援に駆け付ける三春さんのことだから、今日もその友達と一緒に見に来ているかもしれないと思ったからだ。


 外は雪は降っていないものの三月だというのにまだ冬のように寒い。今日は両親ともに仕事なので自転車で向かうしかない。合格は確信していたので不安はない。自宅から西高までの約二キロの道のり、僕は三春さんに会えるかどうかの心配と会えたらどんな話をしようかという興奮を抱えたまま自転車を漕いだ。寒さなんて忘れるほどに胸が高鳴っていた。


 西高に到着し、受験生専用駐輪場という看板があるエリアに自転車を停め、受験番号が張り出されている掲示板が置かれた昇降口の方を見ると、思いのほか大勢の人がいた。受験生だけではなく在校生の先輩たちもいて合格者を祝福したり、早速部活の勧誘をしたりしている。胴上げなんかをしている集団もあり、一種のお祭りのようだった。自分の足元が見えなくなるくらい人でごった返していて、ここで落とし物をしたら見つけるのは困難だろう。


 地元のテレビ局や新聞社も取材に来ているようで、西高が県内において最も注目されている高校なのだということを再確認する。


 僕は自分の番号があることを確認すると一安心して辺りを見回す。今日の寒さなら受験の日と同じ白いコートを着ているだろうし、長くて綺麗な黒髪と女子としては高めの身長は人ごみの中でも目立つはずだ。


 いた。僕とは違う掲示板を見ている。隣には身長が小さめで顔も髪型もまん丸な女の子がいて、一緒に掲示板を見ている。応援に来たという友達はあの子のことだろう。少しずつ近づきながら声をかけるタイミングを計る。あの子がもし落ちていたら気まずいななんて思ったが、三春さんがあの子を抱きかかえて飛び切りの笑顔でくるくる回っているところを見るにその心配はなさそうだ。友達の前ではあんな風に笑うのかと思うと新たな一面を知れて嬉しくなった。


 やがて二人はユニフォーム姿の男女の集団、おそらく野球部とソフトボール部の先輩たちに取り囲まれ胴上げされていた。スカートがめくれても大丈夫なようにジャージを下に履かせたり、男子は背中側に集中して万が一にもお尻を触らないように配慮している辺り、西高が自由な校風を守り続けられている理由が分かる気がした。


 胴上げを終えた三春さんに話しかけようとすると目の前に地面を見ながら何かを探している女子生徒を見つけた。西高の制服を着ているので先輩だろう。早く三春さんに声をかけたいが無視はできないので先輩の方に声をかけた。


「あの、どうかしたんですか? さっきからずっと下ばっかり見てますけど」


 眼鏡に三つ編みでいかにも真面目で頭の良さそうな先輩は僕の方を見ると目を丸くした。


「あなた受験生よね? 皆受かって喜ぶか、落ちて悲しむかしているのに、困っている先輩に話しかけるなんて変わっているのね」


「困っている人を放っておけないので」


 先輩は僕の言葉に無表情のまま事情を説明してくれた。


「私は生徒会役員で合格発表の記録用の写真を撮るつもりだったの。そのためにスマホを取り出して写真を撮っていたら誰かとぶつかった拍子にスマホケースから定期券が落ちちゃって、この人ごみでどこにいったか分からなくなっちゃって」


「じゃあ一緒に探しますよ」


 足元を見て探すが人が多く動きもあるので全く見つからない。あまり人前で目立つのは得意ではないが、やむをえない。


「すみませーん! 定期券を落としちゃって探しているので、下を見てもらえませんかー!」


 最大限に声を振り絞ったがこの喧騒の中では半径二、三メートルほどの人にしか聞こえていない。それでも僕の声を聞いてくれた人たちが一緒に下を見て探してくれた。


「あったぞ! なんだ冷泉(れいぜん)が落としたのか、ほれ。あ、そういや今日お姉さんは来てるのか?」


 拾ってくれたのは次なる胴上げのターゲットを探して練り歩いていた野球部の先輩だった。


「ああ、熱田(あつた)君ありがと。姉さんならリポーターやるって言っていたからどこかにいるんじゃない?」


 熱田と呼ばれた先輩は定期券を冷泉先輩に渡すと次のターゲット探しを再開し去っていった。冷泉先輩はその背中をしばらく見送ってから僕に向き合う。


「ありがとう。私じゃあんな大声出す勇気なかったからなかなか見つからなかったと思う。ところであなた……困ってる先輩を助ける余裕があるってことは、合格?」


「はい」


「おめでと」


 冷泉先輩はにこやかに笑って控え目に祝福してくれた。クールな人かと思ったけれど無表情ではない。


「名前は熱田君が呼んでいたけど改めて、私は二年、あ、四月からは三年生の冷泉静花(れいぜんせいか)。静かな花って書いてせいかって読むの。生徒会とかやっていて学校のことには詳しいから、入学して困ったことがあったら何でも相談して、今日のお礼に助けてあげる。あなた名前は?」


安相類(あそうるい)っていいます。安い相談のたぐいって書いて。頼りにさせてもらいますね」


「安相君ね。それじゃ、入学したらまた会いましょう」


 軽く手を振りながら冷泉先輩は去っていった。困っている人がいたら助けるのは今の僕にとって当たり前のことになっているが、こんな風に考え方を変えて本当に良かったと思う。清々しい気持ちになるし、お礼を言ってもらえるとやって良かったと思う。そして何より三春さんと出会うことができた。


「合格おめでとう、類君」


 冷泉先輩が去った後、三春さんはすぐに僕の目の前に現れて祝福の言葉をくれた。もしかしたら一部始終を見ていたのかもしれない。


 喧騒の中、僕と三春さんの間だけぽっかりと空間ができていて、まるで世界には僕ら二人しかいない感覚になる。僕は宙に浮かぶほどの喜びで三春さんと向き合う。ごつごつとした手が僕の身体のいたるところに触れて体が横に倒される。次の瞬間、僕は本当に宙に浮き上がっていた。


「合格おめでとー!」


 五回宙に舞った後僕は地上に降ろされ、残ったのはいたずらっぽく笑う三春さんと面白いものを見るような顔で僕を見ている三春さんの友達の子だけだった。僕を宙に舞わせた集団は早くも次のターゲットを探しに向かっている。二人の反応を見るに三春さんが連れてきたのだろうか。意外とお茶目なところもあるらしい。


「ひ、久しぶり、三春さん」


 急に胴上げされた驚きや三春さんに声をかけてもらえた喜びで心臓がバクバクいっているが何とか平静を装った。


「いいよ、落ち着いてからで」


 三春さんにはお見通しのようだ。そう言ってもらえたので何度か大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、再び三春さんと向き合った。


「ありがとう、三春さん。おかげで合格できたよ」


「いえいえ、類君の実力でしょ。あ、紹介するね、さっちゃん。この人が前に話したおい……とっても優しい人の安相類君。それで類君。こちらが私の小学校からの友達のさっちゃん。本名は増子幸(ましこさち)っていうの。幸せが増える子どもって書いてね」


 おい……は何の言い間違いなのか気にはなったがただの優しい人ではなくとってもが付くほど優しいと紹介された嬉しさでそんなの気にならなくなった。


 その後は僕が第一中学校出身で三春さんと増子さんが第二中学校出身であることとか、二人とも中学校では陸上部だったが高校ではまだ決めていないこと、僕も中学ではソフトテニス部だったが高校では決めていないこと、皆自転車通学だということなどを話し、なんと最後には連絡先を交換してもらうこともできた。


「あ、類君に渡すものがあったんだ。はいこれ」


 三春さんが僕にくれたのは『コーヒー無料券 喫茶にしもと』と書かれた小さな紙だった。裏面には店までの簡単な地図が書いてあって、僕でも分かりそうな場所にある。


「受験の日に類君が助けた翔琉(かける)君のお母さんから貰ったの。喫茶店をやってるからぜひ来て欲しいって」


「へえ、ありがとう。今度行ってみるよ」


「ここって私たちの中学の同級生のおうちでやってて、結構前からさっちゃんと通ってたんだ。そのうちばったり会っちゃうかもね。翔琉君が同級生の弟だとは知らなかったけど」


 そう言ってにこやかに微笑む三春さん。そういうちょっとした仕草でもドキッとさせられる。


「それじゃあ、学校始まったらよろしくね。私たちこれから中学校に行って合格報告しないといけないから」


「あ、うん、また」


 三春さんが手を振ってくれたので僕も振り返す。高校が始まるまであと三週間近くもあるが、今から待ち遠しい。西高は校風こそ自由で楽しいが勉強は当然厳しいと聞いている。でも三春さんの応援で入試では本来の実力以上の力を発揮できたように、三春さんがいれば厳しい勉強にもくらいついていける気がする。僕の胸中に希望がいっぱい詰まっていく感じがする。


 駐輪場に向かって歩く二人を眺めていると急に増子さんが僕の方を振り返り走ってくる。少しだけ息を切らしながら僕の目の前で立ち止まり、神妙な面持ちで口を開く。


「類君、お願いがあるの」


「え? な、なに?」


「心は結構君のこと信頼してるっていうか気に入ってるっていうか……そんな感じだから」


「それは嬉しいな」


「だからね、心の前では嘘は駄目だからね。心はそういうのすぐに分かっちゃって、大嫌いだから。お願いね」


 最後ににっこりと笑って三春さんの方に戻っていった。


 増子さんとは今日会ったばかりだけれど三春さんの隣でニコニコしていて楽しそうな人だと思った。でもあの神妙な面持ちはいったい何だったのか。嘘が好きな人なんていないのだからわざわざ忠告するほどのことでもないような気もする。もしかしたら小学校か中学校時代に何かあったのだろうか。僕のように、心の中の何かを変えてしまうようなきっかけがあったのだろうか。


 それを聞けるだけの関係になりたいと思う。とにかく三春さんの前で嘘はなし。それだけは心に誓った。


 受験勉強から解放されて高校生活が始まるまでの束の間の何もしなくて良い春休み。といっても高校から春休み中にやっておくようにという課題はそこそこ出されていてずっと遊んでいるわけにもいかない。せっかくだから三春さんを誘って喫茶にしもとで課題を一緒にやるなんてことも考えたが、さすがにまだそんな間柄ではないだろうと思い誘えなかった。


 結局春休みには中学時代の友達と何回か遊んだだけで、あとは課題詰めの毎日だった。県内一の進学校である西高では春休みの課題で高校範囲の問題を出していて、すでにもらっている教科書やネットで調べないと解くことができない。時間もかかるし頭も使う、これからの高校の勉強が不安になるような課題だったが、もうすぐ三春さんに会えると思うと頑張ることができた。


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