進路
放課後、帰る用意をしていると愁が俺の教室にやってきた。
「冬弥、今から帰るの? 一緒に帰ろう」
「あ、うん」
2人で学校を出て駅の方へ向かった。
「そういえば、休み時間に先生に呼ばれたって何だったんだ?」
「ああ、大した用事じゃないよ。進路のこと」
「冬弥は大学はどうするの?」
「俺はまだはっきり決めていないけど理系で国公立を受けようと思ってる。愁は音楽系?」
「そうだね。音楽大学の声楽科かなぁ。まだ決めてなくてさ」
「そっか。愁だったら推薦もあるだろうしスゴイな」
「冬弥の方がスゴイよ。頭いいし」
お互い褒めあって気恥ずかしくなった。
「今日、愁のことを呼びにきた子さ……あ、いいや」
「葵生だろ。冬弥のことライバル視してるみたいだよ」
と愁が困ったような顔をしつつニコニコしている。
「ライバル? 何の?」
「葵生はピアノ専行でさ。僕が冬弥に伴奏を頼んだり、冬弥にべったりなのが気に入らないみたい」
べったりって……何だそれって感じだ。
「今から冬弥の家に行っていい?」
「別にいいけど」
「来週の日曜が演奏の日だからね。練習しよう」
「来週なんだ。あまり時間ないな」
「大丈夫。冬弥は完璧だから」
愁は俺を乗せるのが上手い。つい気分が良くなって頑張ろうと思ってしまう。
ピアノの練習は嫌いだったのに。
「愁は何か楽器はするの?」
「ピアノは少しは弾けるけど、冬弥ほどのレベルはないよ。ピアノとか楽器ってさ、根気いるよね。続けるのは才能だと思う」
「そうかな。愁のような生まれ持った才能の方がスゴイよ」
「それ、他の人に言われると腹立つけど……冬弥に言われるのは許せるかな」
ああ、そうか。
愁は天性の才能を持ち合わせているが、それ以上に努力もしているんだ。
「愁は陰で努力してるんだろうな」
「冬弥……ありがとう」
愁はいつにも増して笑顔だ。この顔を見ると俺も嬉しくなる。
愁がいるだけでまわりが明るくなる。
本当に生まれ持ったスターなのだろう。
電車に乗り、自宅の最寄り駅に着く頃に雨が降り出した。
改札を出て2人で立ち止まっていた。
「雨だな。小降りだし家まで走るか」
「そうだね」
屋根がある商店街を通ったり、なるべく濡れないようにしたが、自宅の玄関に着いた頃はびっしょりだった。
「タオル持ってくるわ。愁は俺の部屋で待ってて」
「うん。分かった」
タオルを持って自分の部屋に入った。
「結構濡れてしまったよな。はい、タオル」
「ありがとう」
軽く拭いて何か着る物がないか探した。
「これ、良かったら着替えろよ。風邪ひいたら困るしさ」
とトレーナーとスウェットパンツを渡した。
「俺も着替えるか」
上着を全て脱いだ時、視線を感じた。
「冬弥って、わりと筋肉質だね。運動してたの?」
「中学の頃はバスケ部だった」
「いいなぁ、ガッチリしてて」
と俺の胸元あたりをポンポンと軽く叩いてきた。
「えっ?」
「あ、ゴメン」
一瞬お互い目が合い無言になった。
顔が熱い。愁も顔が真っ赤になっている。
「愁も早く着替えろよ」
「あ、うん」
「冬弥~、帰ってるの?」
気まずい空気が流れたが、母親の呼ぶ声がして助かった。