音楽室
今日の俺は朝からソワソワしている。たかが歌の伴奏をするだけじゃないか。
授業が終わり音楽室へ向かおうとしていたところ、
「置田くん、今日は山之内君と練習でしょ~。いいなぁ」
クラスメイトの坂田美咲がニヤニヤと話しかけてきた。
「なんで、知ってるんだよ」
「女子の間で話題になってるよ。頑張って」
「あぁ、ありがと」
いいなぁ~ってなんだよと思いながら教室を出た。
音楽室の前に着いた。山之内、本当にいるのだろうか。
ドアを開けると窓際にあるピアノの横で山之内が立っていた。
悔しいがスラリと背が高く、ピアノとイケメンが様になる。
「冬弥~、待ってたよ。来てくれて嬉しいよ」
「と、とうや……」
「僕の事は愁でいいよ」
「あ、あぁ」
「さあ、始めよう。座って」
ピアノの前に座り鍵盤に向かった。
愁は俺の右横に立ち、俺の方を向いている。
「まずは、この曲から」
昨日渡された楽譜は童謡2曲に昭和歌謡2曲にディズニー1曲だ。
童謡から始めるようだ。
4小節程の前奏の後、愁が歌い始めた。
低くも高くもない愁の歌声は、とても聞きやすく落ち着く。
それに、澄んだ美しい声ですごく柔らかい。
伴奏に集中している自分が勿体ない。
ゆっくり歌を聞きたいと思ってしまった。
「冬弥、どうしたの?」
1曲目が終わって呆然としていた俺に愁が声をかけてきた。
「ああ、ゴメン。歌声に感動してさ。さすがプロだな。スゴイよ」
「え、ありがとう」
愁が照れているのか顔を赤らめている。
「冬弥の伴奏も良かったよ。すごく歌いやすい」
「俺のピアノは感情がなく淡々としているだろ」
「それがいいんだよ。僕に主導権あるしさ」
と愁がニコッと微笑んだ。
褒められているのかよく分からず、微妙な気分のまま次の曲に進んだ。
俺の通う高校は進学校で普通科の他に国際科と芸術科がある。
俺は普通科で愁は芸術科だ。
芸術科にピアノを弾ける人がいるはずなのだが……
ひと通り歌った後、愁に聞いてみた。
「なぁ、芸術科なんだし俺よりもっとピアノが上手い奴いるだろ?」
「そうだね。確かにいるよ。でもさ、みんな自分が主役って思ってるからさ。
主張しあって僕もムキになってしまうから疲れるんだ」
「はぁ」
「冬弥のピアノ、すごく好きなんだ。音にムラがなくて綺麗でさ」
「でも、表現力がないだろ」
と苦笑いで答えた。
「確かにね。表現力はいまいちかな」
「でもさ、僕の歌を聞いて合わせようとしてくれる。君の優しさを感じる」
と愁は真面目な顔で俺を見つめてくる。
そんな愁の顔を見てドキッとしてしまった。
ヤバイ、女だったら恋に落ちるところだ。
1時間程の練習の後、帰ることにした。
今日は音楽室は空いていたが、普段は吹奏楽部が使っている。
次回の練習は3日後に俺の自宅でする約束をした。
そういえば、どこで披露するのか聞くのをすっかり忘れていた。