その後
俺は大学1回生になった。
父親の勧めもあって関西の国立大学を受験し、工学部に合格した。
父親は関東出身だが、大学は関西で学生の時に母親と知り合ったようだ。
母親は、俺が関西に行ってしまう事を寂しがっていたが、ちょうど父親の転勤が決まり、単身赴任から戻ってくることになった。
タイミングが良くて俺も安心した。
一人暮らしをするつもりだったが、母親と祖父母のたっての希望で兵庫県の祖父母の家から通っている。
大学まで少し時間はかかるが許容範囲だ。
愁がアメリカへ旅立ってから、しばらくの間はへこんでしまい、勉強に身が入らなかった。
そんな俺を心配してか、母親のピアノレッスンに通っている愁の弟の利人君が、レッスン後によく話しにきた。
「算数を教えてほしい」「この問題を教えてほしい」と問題用紙や宿題を持ってくるのだ。
利人君も寂しいはずなのに。俺を気遣ってくれる優しい子だ。
高校3年になっても、いまいちヤル気が出ない俺に利人君が言った。
「お兄ちゃんが『冬弥さんの気持ちに応えて頑張る』と言っていました」
いつまでも小学生の利人君に心配かけてはいけないと思い、俺も心を入れ替える事にした。
それから、猛勉強した。今までで一番勉強に集中したと思う。
利人君はそんな俺をたまに部屋のドアの陰から見ていた。
気にかけてくれているようだった。
そうそう、肝心な事を言い忘れている。
愁は約10か月の交換留学を終え、無事に一緒に高校を卒業する事ができた。
しかし、俺が関西の大学に行ってしまう事にかなりショックを受けていた。
「僕も関西の大学に行く!」と言い出したが、何とかなだめて東京の音楽大学に入学してもらった。
私立の有名な音楽大学で、ミュージカル俳優として活躍する愁にとって通いやすい大学だと思う。
大学に入学し、2か月程たった。
新しい環境にだいぶ慣れてきたし、数人の友達もでき有意義に学生生活を送っている。
いつものように授業が終わり、電車で祖父母の家に戻ってきた。
「ただいま」
「おかえり~!」
綺麗な声の男が俺を出迎えた。
そう、まぎれもなく愁である。
「愁、また来たの? お前、大学は大丈夫なの?」
「授業を受けてきたし、大丈夫だよ」
「冬弥君。今日、愁君は家に泊まってくみたいやわ」
祖母がにこやかに言ってきた。
「そうなんだ」
「明日は大学は休みだしね。一緒に寝ようね、冬弥」
「……」
「愁君。晩ご飯は何食べたい?」
「麻子さんの料理はどれも美味しいから。何でも嬉しいです」
「あら、愁君ったら」
麻子さんとは、俺の祖母の名前だ。
「買い物に行ってくるわ。愁君の好きなケーキ買ってくるわね」
「ありがとうございます。楽しみです」
どうやら愁は、祖母にも気に入られている。
人たらしだ。
先日も、大学の校門にすごいイケメンがいると騒動になっていた。
授業が終わり、校門に向かうと上下セットのジャケットとパンツにパーカを合わせ、上質そうな革靴を履いたモデルばりの男がいた。
「冬弥~、迎えに来たよ~」
俺に手を振って近づいてくる。そう、愁だ。
それ以来、俺は大学の女子達にやたら話しかけられるようになった。
「あのイケメンは誰?」「友達なの?」「彼女いるの?」と……
「高校の同級生で、ミュージカル俳優をしているので今後共よろしく」
と説明している。
関西で公演がある時の観客動員に、多少は貢献できているだろうか?
そんな感じで愁は頻繁に俺の所にやってくる。
目下の心配事は、愁が留年しないかだ。
「そういえば、葵生さんは元気にしてるの?」
「葵生ね。アメリカの大学に行くみたいだよ。向こうで彼氏もできたし」
「やっぱり葵生さんってスゴイ人だな」
「葵生ってヒドイんだよ。僕が留学先で女の子と喋ってると睨んで、邪魔ばっかりするんだ。自分はちゃっかり彼氏つくってさ」
俺がクスクス笑っていると、愁は怪訝な顔をした。
葵生さん、しっかり約束を守ってくれたんだ。ありがとうございます。
「そうだ、冬弥。僕、来年のミュージカルの主演が決まったんだ」
「本当か。やったな。舞台の愁は最高だよ。楽しみだな」
かねてから出演したいと言っていた舞台に主演が決まったようだ。
愁は、どこかの国の王子様かと思うくらい本当にカッコイイ。
今からワクワクする。
「愁、大学はちゃんと行けよ」
「はーい」
「愁が卒業できなかったら、ご両親に申し訳ないわ」
「冬弥、僕の人生の責任を取ってくれるんだよね。約束したよ」
そこまで言ったか……?
「僕はこれらも、思いっきり大好きな歌を続けていくよ」
「悪いけど、卒業まで暫くかかるので待ってくれ」
「分かってるよ」
「けど、ずっと愁を見守り続けるから安心してほしい」
「僕も冬弥を一生大切にするからね」
これから、愁と俺はどうなっていくか正直分からない。
けれど、愁の美しい歌声や笑顔を守るため俺は力を尽くすつもりだ。




