表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/29

愁の思い

「お兄ちゃん。今日は楽しそうに歌ってたね」

 弟の利人と帰っている時に言われた。


「そうだね。すごく楽しかったよ。冬弥と一緒だったからかな」

「お兄ちゃん、その人のことが好きなんだね」


 利人に言われ、ビックリした。弟は人をよく見ている。

 すぐに顔に出てしまう僕とは違って、いつも冷静で人に気を遣うし頭がいい。

 小学生なのにスゴイと思う。

 利人は、少し冬弥に似ているかもしれない。



「ただいま」

 利人と一緒に家に着いた。


「愁。今日の演奏会、とても良かったわ。実はお父さんね、ちょっと泣いてたのよ。内緒よ」

 玄関に走ってきた母親がニコニコと話してきた。


「え? お父さんが?」

 父親は僕が音楽の道に進んでいる事を良くは思っていないはずだ。


「お父さんは、どうしたの?」

 利人が母親に聞いた。

「急患でね。病院に行ったわ」

「お母さんはいいの?」

「お母さんも病院に顔を出したけど、すぐ帰ってきたの」


 今の母親は、父親の再婚相手になるが皮膚科医をしている。


 僕が3歳の時、父親は僕の母親と離婚した。

 それからは祖母が母親がわりに面倒をみてくれた。


 小学校に入る前、父親が再婚し、その2年後に利人が生まれた。


 父も母も忙しく、利人と僕は祖母に可愛がられた。


 祖母はオペラやミュージカルなど歌が好きな人だった。


「愁ちゃんは、ほんとうに歌が上手いね」

 と僕が歌うととても喜び褒めてくれた。


 そんな喜ぶ祖母を見るのが嬉しくて、僕はよく歌っていた。

 僕がミュージカルの子役のオーディションを受けたのも、祖母の影響だといえる。

 子役に合格した時、祖母はすごく喜んでいたし誰よりも応援してくれた。


 そんな祖母が2年前、僕が中学3年の時に急死してしまった。

 大好きだった祖母が亡くなり、何もかもがイヤになり沈んでいた時だった。


 利人のピアノの発表会を見に行こうと母親に誘われ、気が乗らないが付いて行った。


 ピアノを習い始めて半年くらいの割には、弟は上手く弾いているなと思った。


 それは2つの音楽教室の合同の発表会だった。

 野上ピアノ教室と置田ピアノ教室。


 利人の演奏は早めに終わったので帰ろうかと思ったが、母親にもう少し見ていこうと言われ、残った。

 最後にレッスン生みんなで記念写真を撮るらしい。


 1部、2部、3部とだんだん生徒達の曲のレベルが上がってくる。

 自分もピアノは小学生の頃は習っていたが、ソナチネアルバムを始めた頃、やめてしまった。

 みんな上手に弾くなと思い何となく聞いていた。


 プログラムを見ると3部の真ん中あたりに置田冬弥という名前があった。

「置田……ピアノ教室の息子さんかな?」

 男の子で長くピアノを続けるのは珍しく、どんな感じなのかと興味が沸いた。


 いよいよ次だ。


「次は置田冬弥君です。ベートーベン、ピアノソナタ、悲愴、第1楽章です」


 僕と同じくらいの歳だろうか?中肉中背のスッキリした顔立ちの子がピアノの前でお辞儀した。


 椅子に浅く座り、ペダルと鍵盤を確かめると腕と指を振り下ろした。


「ジャーーン」

 この曲は、弾き始めの和音が印象的だ。

 その最初の響きが僕の心を打ち抜いた。

『なんて力強くて、美しい音を出すのだろうか』


 祖母の死で悲しみに打ちひしがれていた僕の気持ちに響きわたる。

 彼の演奏に夢中になり、食い入るように見ていた。

 それにしても、かなり技術が高いのに、つまらなさそうに弾いている。

 それが何だか面白くて、最後はくすくす笑ってしまった。

 隣の客席の母親が、そんな僕を不思議そうに見ていたな。


 その時から、僕は君に魅せられたんだ。


 この間の演奏会後、興奮していた勢いで『好き』と言ってしまった。

 冬弥、変に思っていないだろうか。

 次に会った時、どうすればいいのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても読みやすくて面白かったです。 愁くんがとにかくかっこいいです。 音楽を通して冬弥くんと愁くんの距離が縮まっていく様子がいいですね。青春を感じました。 二人の関係がどうなっていくのか楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ