表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/29

演奏会のあと

「みなさん、今日はミュージカルで活躍されている山之内愁さんが歌を披露してくれます。拍手でお出迎えしましょう」


 職員らしい女性に紹介され、拍手のなか愁と俺はグランドピアノの方へ歩いて行った。

 ピアノの前で愁は笑顔で一礼し、俺もそれにならってお辞儀した。

 客席を見ると、施設の年配者達はたいてい車椅子に座っている。

 その傍らにいるのは家族の人達だろう。



「こんにちは。山之内愁です。今日はお招きありがとうございます。皆さん、僕の歌を楽しんでいただけると嬉しいです。では、歌います」


 愁がピアノの前に座っている俺の方を見て頷き合図した。

 軽く深呼吸をし1曲目を弾き始めた。


 愁が歌い始めると、空気が変わったような気がする。

 少しザワザワしていたのに、一瞬で静かになった。

 みんな愁に釘付けなのだろう。

 相変わらず美しく優しい声で惚れ惚れする。


 俺は愁の歌の邪魔にならないよう、ピアノの音を少し落とし気味に演奏するよう心掛けた。


 2曲目、3曲目と続き、昭和歌謡を披露していると手拍子が始まった。

 一緒に口ずさむ人もたくさんいる。


 数曲歌い、いよいよ最後の曲になった。

 最後は童謡の『ふるさと』だ。


 愁の透き通るような声がフロアーに響き渡り、急に涙が出そうになった。


 歌い終わると、みんな笑顔で拍手している。

 涙ぐんでいる人も、ちらほらいる。


 愁が自分の方に来るように手を差し伸べた。

 俺は横に並んだ。


「今日、伴奏してくれた置田冬弥君です」

 と愁に紹介され、ぎこちない笑顔で礼をした。


 あっという間に終わった演奏会だったが、今までで一番緊張した。

 そして、達成感があり気分が高揚している。


 どのように戻ってきたのか覚えていないが、愁と俺は応接室にいる。


 目の前の愁が涙目だ。

「どうしたんだよ、愁」

「冬弥、僕、すごく感動して。みんな笑顔で拍手していた。

手拍子しながら一緒に歌う人がたくさんいたよ」

「愁の歌、本当に良かったよ。俺も少し涙が出そうになったんだ」


 突然、愁が俺を抱きしめてきた。

「ありがとう、冬弥……好き……」


 今、小さな声で「好き」と言ったよな?

 それは、どういう好きなのだろうか……

 もちろん、友達としてだよな。俺は思いを巡らせてしまった。



 ドアをノックする音がして、愁が俺から離れた。


「失礼します。今日は素敵な演奏会でした。みなさん本当に喜んでいて。ありがとうございました。ご家族の方が来られていますよ」

 と女性職員の後ろに、俺の母親と愁の弟の利人君がいた。


「冬弥。愁君。すごく良かったわよ。お母さん、感動しちゃった。利人君も感動したわよね」


「うん。お兄ちゃん、カッコ良かった」

「ありがとう、利人。利人は1人で来たの?」

「お父さんとお母さんも来てたけど、急用で先に帰った」

「そっか。じゃ、お兄ちゃんと一緒に帰ろうか」


 愁は弟と帰り、俺は母さんと帰る事にした。

 別れ際、目を合わせずらそうに下向き加減に俺を見た愁が気になる。


 愁と色々と話がしたかった。さっきの告白(?)も気になる。

 どうしたものかと、途方にくれる俺がいた。


挿絵(By みてみん)

(挿絵はAdobe Fireflyで作成したAIイラストです)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ