演奏会の日
今日は、いよいよ演奏会の日だ。
念入りに練習してきたが緊張する。
ピアノの発表会ではあまり緊張した事がないのに。
自分以上に母親の方が、そわそわしている。
「冬弥、しっかりね。練習してきたんだし大丈夫よ。お母さんは後から行くわね」
「あぁ、分かった。行ってきます」
愁とは介護施設の最寄り駅の改札を出た辺りで待ち合わせだ。
改札を出ると愁がいた。
グレーのハーフコートを着た姿が相変わらずカッコイイ。
周りの人も、さりげなくチラっと見ていく。
「お待たせ」
「今来たところだよ。さぁ、行こうか」
歩き出して10分くらいたった。
「ここだよ」
「へぇ~、スゴイな。綺麗な建物だな」
それは、まるで高級なホテルのように立派な建物だった。
「どうして、この施設で演奏会をする事になったんだ?」
「ここは父さんの病院と提携する介護施設でね。
是非、歌ってほしいとお願いされたんだよね」
「父親は医者なのか?」
「そうなんだ。祖父の代から医者でね」
「愁も医者にって言われるだろ?」
「まあね。でも、僕は歌が好きだし。利人が後を継ぐようだよ」
「そっか」
建物に入り、ロビーのような所の受付で女性の職員に声をかけた。
「お待ちしておりました。山之内様、置田様。どうぞ、こちらへ」
そして応接室のような所に通された。
「今日は、ありがとうございます。施設のみんなやご家族の方々など楽しみにしていました。1時間後に始まりますので、こちらでゆっくりなさって下さい」
愁と俺はソファに座った。テーブルにはお茶や水などペットボトルが数本が置かれている。
「冬弥、僕、緊張してきたよ」
「舞台とか慣れてるのに? 俺も緊張してきた。ピアノ、少し触ってみたいんだけど」
「さっきの人に聞いてみよう」
さきほどの職員にピアノを触りたい事を伝えると案内してくれた。
ガラス張りの広いロビーの奥にグランドピアノが置いてあった。
そこにはパイプ椅子が並べられている。
「ここで披露するんだな」
「そうだね」
ピアノを少し触ってみた。軽い鍵盤だ。吹き抜けのロビーで音がよく響く。
「鍵盤のタッチも分かったし、さっきの部屋に戻ろうか」
「もういいの? 冬弥」
「うん。大丈夫」
応接室に戻った。
「今日の冬弥の服装、カッコイイね。黒いシャツが良く似合ってる」
「これか。母さんが張り切って買ってきてさ。結構高かったらしいわ」
今日は新しい黒いシャツに、家にあった黒いスリムパンツを合わせ、靴はスニーカーだ。
「そういう愁も白いニットが似合ってるな」
「ありがとう」
愁は白いニットに黒のテーパードパンツに足元は黒のローファー。
いつもより大人っぽく見える。やはりカッコイイ。
お茶を飲んだりしながら待っていた。
愁は軽く発声練習をしている。
俺も楽譜を睨んでいるが、落ち着かない。
ドアをノックする音がした。
「山之内様。置田様。そろそろお時間です」
と、さきほどの女性が呼びに来た。
「さあ、行こうか。冬弥、ドキドキするね」
と愁が俺の手を取り、両手で俺の手を握ってきた。
柔らかい大きな手で冷たかった。緊張してるんだな。
「愁はカッコイイ。大丈夫。頑張れ」
と軽く背中を叩くと、愁はほんのり赤い顔で笑顔を見せてくれた。




