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第3話


    ***

    ***



 ほんの半年ほど前まで、アイナは普通の娘だった。


 大国の端、小さな村に生まれたアイナは、たくさんの家族に囲まれて育った。

 やさしい父母に加え、兄と姉が二人ずつ、弟と妹がそれぞれひとり。真ん中より少し下のアイナは、家族全員に愛されて育った。


 暮らしは貧しかったが、家には常に笑い声があふれていた。

 それが変わったのは突然の事だ。

 アイナを番だという獣人が、婚約を申し入れてきたのだ。


(――君が俺の番だ。どうか妻になってほしい)


 そう言ってアイナを求めたのは、男らしい笑みを浮かべた青年だった。


 突然の事に、家族は面食らった。

 獣人という存在は知っていたが、実物を見るのは初めてだった。


 獣人とは、獣の特徴を持つ種族の事だ。

 嗅覚や聴覚に優れていたり、泳ぎや狩りが得意だったり、力が強かったりする。動物の耳や尻尾を持つ者や、翼を有する者もいて、その姿は多種多様だ。中には竜の獣人までいるらしいが、定かではない。


 彼らには、人間とは違う特徴がある。


 曰く――「(つがい)」。


 彼らには運命の相手が存在する。

 それを番と呼び、魂の片割れとも称される。


 必ず出会えるわけではなく、この世界に存在する保証もないが、獣人にとってはかけがえのない、たったひとりの存在だ。


 番に出会うと、彼らは幸福を感じるらしい。


 その相手と離れがたくなり、言葉にできない愛おしさが募り、いてもたってもいられなくなる。もちろん個人差はあるが、多かれ少なかれ、彼らは番に対して執着を抱く。それは獣人としての本能であり、抗えない衝動だ。


 番と結ばれる事で、獣人は至上の喜びを得る。

 それだけでなく、眠っていた力も解放される。獣人としての能力が高いほど、この傾向は顕著らしい。

 ゆえに、番を手に入れるのは獣人にとって、何よりも大切な事なのだ。


 そうアイナに語った彼は、ガルゼルと名乗った。

 信じられないかもしれないが、と前置きし、彼は狼の獣人であると述べた。



(――一目見た瞬間、目を奪われた。君が俺の番なのは間違いない。どうか、この手を取ってくれないか)



 情熱的にかき口説かれて、アイナは仰天した。

 それは両親も同様で、目を白黒させていた。

 普通なら受け入れられるはずもなかったが、ガルゼルと名乗ったその青年は、引き下がる気はないようだった。


 一度帰ると告げた後で、彼は山ほどの贈り物を送ってよこした。

 花、宝石、色とりどりの布地、金貨や珍しい食べ物まで。

 毎日毎日、工夫を凝らした品物が届けられる。

 貧しい暮らしをしていた家族にとって、その贈り物は天の恵みだった。


 こんなに裕福な相手なら、アイナを幸せにしてくれるかもしれない。

 何より彼は情熱的で、本気でアイナを求めている。

 最初は心配していた家族も、やがて少しずつ、彼の事を受け入れるようになっていった。

 彼がふたたび訪ねてきたのはそんな時だった。


 彼は遅れた詫びを述べ、国王の具合が悪い旨を教えてくれた。

 国王も狼の獣人だという。驚いた事に、ガルゼルは国王の遠縁にあたるらしい。つまり、彼も王族のひとりなのだ。


 元は有能な王だったが、少し前に悪い魔女にたぶらかされて、番を失ってしまったという。彼は今でもあきらめ切れず、番を捜しているらしい。

 ガルゼルが人間の国に来たのも、国王の番を見つけ出すためだった。



(――おそらく、近々動きがあるだろう。国王はもう限界だ)



 そのため、しばらく国を離れられなかったと説明する。

 だが、アイナを忘れた事はなかったと彼は述べた。

 ――会いたかった、抱きしめたかった、もう離したくない、一緒にいたい。

 発される言葉は熱をはらみ、その目はうっとりとアイナを見ていた。


 家族への援助を約束され、この先も面倒を見てくれるという言葉に、アイナは一も二もなく頷いた。アイナの家は本当に貧しくて、この冬が越せるか分からなかったのだ。

 それに、その時にはもう、彼の事を信頼してもいいと思えていた。


 アイナはガルゼルと一緒に獣人の国へ向かう事になった。

 彼の事を愛していたわけではない。

 自分には番が分からないし、そんな実感もないのだから。


 そんな自分で、本当にいいのだろうかと。

 正直に告げたアイナに、彼はもちろんだと頷いた。



(――それでもいいから、一緒に来てくれ。俺の番になってほしい)



 差し出された手は力強かった。

 そっと手を伸ばし、アイナは彼の手に指を重ねた。

 そうして、アイナは彼の番になった。

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