第1話
ガツン。
強い衝撃とともに、手にした桶が転がった。
慌てて拾おうとした少女に、「何してるんだい!」という怒声が落ちた。
「水ひとつ満足に汲むこともできないのかい、この役立たず。さっさと井戸に行って、もう一度水を汲んできな。その甕いっぱいになるまで休むんじゃないよ」
「……すみません」
「まったく、こんな無駄飯食らいを押し付けられて、こっちはいい迷惑だ。言っとくけど、終わるまで飯抜きだからね」
さっさと行きなと、腕組みした女が鼻を鳴らす。
びしょびしょになった服の裾を絞り、少女はうつむいたまま「…はい」と言った。
「ごめんなさい。行ってきます」
「……まったく」
その後ろ姿を見送り、女はハッとため息をついた。
「とんだ疫病神だよ、本当に。誰かさっさと追い出してくれないもんかね、あのみすぼらしい小娘を」
「そう言うなって。そりゃ無理だ」
近くにいた別の男が肩をすくめる。
「あれだけのことをしでかしたんだ。追放じゃ気が済まなかろうよ。そう思ってるから、国王も奴隷に落としたんだろうさ」
「前のことがあったから、慎重に慎重を重ねてただろうに……。まさか、二度も同じことになるとはな」
横にいた男も話に乗ってくる。女はフンとそっぽを向いた。
「前の女は綺麗なお姫さまだったけど、あの子は平民だろう? あたしたちとなんにも変わらない。なのに、国王を騙して、いい思いをしてたっていうんだから、奴隷くらいじゃ気がおさまらないさ」
「女は怖いねえ。今だって散々いじめて、こき使ってるだろうにさ」
「違いない。酒場で働かせるには痩せっぽちだし、力仕事もな。十五……六だったか? 胸も尻もぺったんこで、子供みたいじゃねえか」
「少しは手加減してやれよ。顔に傷でも作ったら大変だ」
「まったく、あんたたちはすぐそうやってあの子をかばうんだから」
苛立たしげに眉を寄せ、女がちっと舌打ちする。
「だって……なぁ?」
「まだガキだけど、育てば……なぁ?」
へへへ、と下卑た笑みを浮かべる男達は、少女を憐れんでなどいない。
やがて成長した暁には……と、欲望をたぎらせているだけだ。
それが分かったのか、女もようやく渋面を解いた。
「まあいいよ。せいぜいこき使ってやるさ。使い物にならなくなるまでね」
「おお、怖い怖い」
「何言ってるんだい。やさしすぎるくらいだよ」
心外だとばかりに女が目を見張る。
もはや遠ざかって見えなくなった背中に向けて、一言告げた。
「あの子は重罪人だ。何せ、『番』を偽ったんだからね」
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