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①の続きです。

『明くる日、ニワトリさんは昨日と同じように、デパートの屋上で悩み、子ども達に囲まれていました。』

「で君はいったい誰なの?」

『少女はぬいぐるみに聞きます。』

「言ってなかったけ?僕はぬいぐるみのクロだよ!僕はご主人のサキちゃんと一緒にこのデパートの屋上まで来たんだ。だけど、だけどサキちゃんは忘れて行っちゃった..僕は迷子になっちゃったんだ。お願い!サキちゃんを捜すのを一緒に手伝って!」

「はいはいはい。気が向いたらね。」

『ニワトリさんはいい加減に答えます。』

「もう聞いてる?」

「失礼なオイラ程鳥の話を….」

『そう答えるニワトリさんの目は、会場の隅に置かれていた看板に釘付けになっています。それには、高級とうもろこしの張り紙が貼られています。」

「とっトウモロコシ~ぃ」

『トウモロコシに目が…………。』

「どうしたの?ナレちゃん。」

「なんでもない。」

『トウモロコシに目の無いニワトリさんは、会場に飛んで行ってしまいました。』

「もう……エミちゃんの事捜してくれるんじゃなかったの?」

『そ…の後…』

『その後を……ぬいぐるみイヌ……追い、そ…にはナ……ターだけ…残り……た。』

『そ………』

 ナレーターは、続けざまに『を使おうと口を開いた。だがしかし、次の言葉が続かない。

 喉を押さえ必死に言葉を発しようとしても、その口から漏れたのは乾いた息だけだった。

「……あっあいうえお」

 試しに普通の言葉で喋ってみる。 難なく喋れた。

『っ……』

 だが、ナレーターの命である。『だけが使えない。


 

 

 ぬいぐるみイヌは、横のナレーターを盗み見た。

 いつもならここでナレちゃんの雷が落ちるはず。だが、落ちない。

 どうしよう!

「いや、今日は、ナレーター業を休んで、役を体験してみようと思って。」

「そう。じゃあ僕がニワちゃんを捜してくるよ!」

 ぬいぐるみイヌは、鳥混みの中に消えていった。


一方、ニワトリは、行列に並んでいた。

徐々に、前に進んでいき後少しで買えるかと言う時、

「はい。今日の分はあなたで最後です。」と、ニワトリの分で締め切られてしまった。

 やった―ラッキー。

 その時、重い咳払いがした。

ふと、振り返ると目の前で締め切られてしまったニワトリの後ろに並んでいた婦人だ。人の横には従者が立ちじっとニワトリの方を睨んでいる。

 身なりから察するにかなり裕福な家柄だと言うことが分かる。

 きっと順番を譲れと言う意味なのだろう。

 公衆の手前、面目があるから、表立っては言ってはこない。けれどきっと心の中では、あの下等な鳥さえいなければ買えていたのにとでも思っているのだろう。

 だから親切な男が困っている婦人に順番を譲る。そういう算段なのだろう。

 周囲の目が突き刺さる。ここで、ニワトリが婦人に順番を譲るのは当然の事だとでも言いたげである。だけどそれじゃあ意味がないじゃないか。

 ここで譲ってしまうのは簡単だ。今までと同じように諦め我慢すれば良い。

 だけど、それじゃあ。オイラ達の権利は?自由は?苦労してやっと掴んだのにまた逆戻りなんて悔しいよ。

 ニワトリは、自分の番がくるまで突き刺さる視線をじっと耐えていた。


「あっニワちゃんいた!」




「本当にどうしちゃったの?ナレちゃん。さっきから黙っちゃって。お喋りしないの?」

「まっまさか。またオイラになにか仕掛ける気でなにか企んで……。」

「どこで会話に入ったら良いか判らない。」

「どこでも良いんだよ。ナレちゃん。僕だって偶に人のお喋りを邪魔しちゃう事あるけど、気にしないよ。あんまり気にしないでいいんだよ。自由に喋れば。」

「気にしてたら楽しくないの。ニワちゃんみたいになにも考えてないのーてんきなのを見習うと良いの。」

 一人の少女が近づいてきた。

「またもちもちのお腹に触らせて!」

 数分前、ニワトリに群がっていた子供達の内の一人である。

「いけません!スミレちゃん!」

 いざ少女がニワトリの柔らかく、もちもちとした腹に触れようとした次の瞬間、それを制止する甲高い声が響いた。

 一同が声のした方に目を向けるとそこには、冒頭で少女に注意していたあの母親の姿があった。

 母親は、全力疾走してきたのか、髪は乱れ、肩で息をし、きちんとアイロン掛けされたスーツもどこかくたびれている。 母親は、息を整えた後娘に言った。

「もう悪い子ね。あれほど、あのニワトリさんに近づいちゃいけませんって言ったのに。」

 ほらっ行くわよ。っと母親は、娘の手を取り歩き始めた。

「どうして?」

「どうして、近づいちゃいけないの?」

「どうしてって」

 過ぎる娘の問いに母親は、周りの目が、特にニワトリが、この場にいると何か不都合な事があるのかキョロキョロと周りの目を伺っている。

「その話は、お家に帰ってからにしましょう。」

「今…今話してよ!」

「決まってるじゃない……。」 

「?」

「決まってるじゃない!スミレちゃん。私達が優れているからよ!あんな空を飛べもしない下等な鳥なんかより優れているからよ!」

「どうしてそんな酷い事言うの。ママ!ママだってニワトリさん達の事よく知らないのに周りがそうするから、するの?自分で知りたいって思わないの?先生だってさ常識はいつかは変わるものだって。」

「そんなことはありません。良いすみれちゃん。先生の言うことが必ずしも正しいとは限らないの!!あの先生は若いからそんな事行っているけど、学校に昔からいる先生やご近所に住んでいるとり達を見て!誰もそんな事言ってないでしょう?それが世間の常識と言うものなのよ。あなたはママの言うことさえ聞いてれば良いの。世間知らずと馬鹿にされるのはあなたなのよ!」

まだまだ親子の言い争いは続く。

「いっ良い。スミレちゃんちゃん。 いつか……いつかね。みんなが地に這う鳥……鶏さん達の事を受け入れてくれたらママも頑張ってみようとは思うわ。でも今は無理なの。」

「だから……ハァなんで今じゃ駄目なの?」

「話は最後まで聞きなさい。良い?新しい事をするってとても難しい事なの。 だから今はちょっと難しいけどいつかその時が来たらね。」

「じゃあ今日はニワトリさん触っちゃ駄目なの?」

「今日だけなら良いわ。後で、ちゃんと消毒するのよ。」

「だから汚くないってば」

「今日のおやつがドーナツだからに決まってるでしょう?お外から帰ったらうがい手洗い忘れずにってね。」

「わーい。」

 少女は、ニワトリの腹に飛びつくと

 母親が去ると、ニワトリは恐る恐る少女に聞いて見た。

「どうして庇ってくれたの?」

「なんでそんな事聞くの?」

「先生がね言ってたの。鳥、と違う事はとっても良いことなんだって。確かに空を飛べなくなった事はやりすぎだけど。私達が今ままでいっぱい苛めてきた地鳥さん達の気持ちをしるには丁度良いチャンスなんだって。」

「触らせてくれてありがとう。バーイバーイ」

 ニワトリの腹の堪能した少女は満足げに母親の待つ休憩スペースの方へ走って行った。

 この時、少女を母親の元へ送って行かなかった事をのちのニワトリは激しく後悔することになる。

 まさかあんな事になるなんて…。

 少女の後ろ姿を見送ったニワトリは呟く。

「あんな子もいるんだな。みんながみんなオイラ達の事が嫌いって訳じゃないんだ。」

(ん?台本にまた新しい言葉が・・・)

「キャアー」

「大変だ。おっさんと子供が落ちたぞ!! 」

「大変だ!早く助けないと!! 」

『いつのまにか現れたちゃぶ台でお茶を飲んでいた。ニワトリさんは持っていた湯のみを放り出し、駈け出していきました。』

騒然とする周囲をしり目にニワトリは傍らのナレーターに尋ねた。

「ねぇあれも君の気まぐれ?」

「あれは想定外だ。」

「なんで!今オイラ達がやっている事は、全てその本に書いてあるんでしょう?」 

「そこには私も困惑してる。台本に無いことが実際に起こる等想定外だ。本来ならば、男は自殺しようとあそこに立ってみたものの、あまりの恐怖に足が竦み何も出来ずに終わると言う筋書きだった。」

「でも変えられるんでしょう?あの子が危ない目に合わないで済む物語に。」

「出来ない。私は只の一介のナレーター。お話を変える権限は与えられていない。」

「もういい。貸して。そんなに本に書いてあることしか出来ないっていうなら、オイラが書き換えてやる。」

 ニワトリは本を強引に引ったくり、読み始めた。その顔色は次第に変わっていった。

「えっ」

 その絵本には、夢見がちな主人公であるニワトリが周りの忠告も聞かず、デパートの屋上から飛び立って最後には落ちて死ぬと言う話が書いてあった。

 今とは全く違う悲しいお話。人の話を聞きましょうと言う教訓じみた話だったのだろうか。

 驚愕に目を見開き、ページを捲る事しか出来ないニワトリに、ナレーターは静かにこう告げた。

「本来のお話では、君は周りから馬鹿にされ、注意されながらも鳥、の話もよく聞かず、ついには、自らの羽で飛び立ち、最後には、不遇な最後を終える。そんな話だった。他の幸福な絵本には無い、主人公が幸せにならないアンハッピ―エンド。確か何かの教訓の話だったか。鳥、の話をよく聞きましょうと言う類いの。」

 固まるニワトリの背にナレーターはなおも続け、

「今私が一番したいことそれがこれ、お話の結末を変える事。誰もが幸せなハッピーエンドに。」 

ナレーターの独白を静かに聞いていたニワトリは、

「でも、今まで散々変えてきたじゃない。これじゃあまるで出来の悪いコントだよ。」

「だから、私にはもう変える事は許されない。」

「それに……」

「それになにまだなんかあるの?」

「それに今の私にはもうナレーターの力は使えない。」

「気付いていたか?私が『を使っていないことに。」

「あ~てっきり気まぐれなのかと。」

「『の力はナレーターの特権だ。だから『の力が使えないと言う事は……」

「言う事は?」

「世界が私を登場人物として認識し始めていると言う事。」

「だから……」

「だから?」

「今度は、君が頑張る番。」

「頑張る番なんて何言ってるの。オイラには無理だよ。ほらっオイラビビり~だし。毎年ビビり王に選ばれてるぐらいだし。絶対無理だよ。」

「それが毎年わざとビビり~なフリしてまでビビり王の座にしがみついている奴のセリフか。」


「気付いてたの?鳥、の代わりに悲しみを背負う事ぐらいしかオイラには出来ないのさ。オイラがおりたら、また誰かが代わりをやるんだ。心は少しだけ痛むけど、まだ大丈夫!この賞が終わるまでずっと受賞し続ければ良い。」


「それにさ、贅沢な暮らしが出来るんだよ。鳥、に罵倒されるだけでこんな豪華な生活が出来るなんて幸運じゃない?」

「だからごめん。オイラは飛べないの。もうチキン王に選ばれなくなってしまうから。そしたら、誰かがオイラと同じ目にあってしまうから。」

「それが本当にやりたい事?」

「冒頭の空を飛びたいと言う夢は?」

 ニワトリは暫く考えると、どこか諦めたように乾いた笑みを見せた。

「夢は叶っているよ。オイラの夢は誰かの役に立つこと。ヒーローになることだったから。

「ほらっヒーローって、自分の羽で飛ぶものだろう?」

「結局オイラに出来る事と言ったらこんな事しか無かったけど。だけどオイラは幸せだよ。」

「そんなことはどうでも良いから今直ぐ落ちた子どもとおっさんを助ける方法を考えよう。」

「そう言えば。」

 ニワトリは、周囲を見渡し言った。

「縫いぐるみ犬はどこに行ったの?」

「知らない。いつの間にか居なくなってた。」

「ちょっと待て。」

「なにが?」

 ニワトリは、勢いよく白壁に飛び込んでいった。

「だから、ちょと待てと言った。『が使える。」


「何でも良いよ。使えるんだもの。早くその力を使って助けてよ。」

「だが、」

 躊躇するナレーターに、迫るニワトリ二人のやりとりは数分にも渡って繰り広げ

本の白紙のぺージに、文字が浮かび上がり、

そこにはこう書いてあった。

 お好きにおやりなさいな。今だけなら、目をつぶってあげるわ。ナレーターはうなずき声を張り上げる。


『そしてそのままニワトリさんは二人を助ける為に飛び降りて……』


「ちょっと待ってそれってオイラが死んじゃう可能性アリってことだよね?」

「それもある。」

「それもあるってそれだけしかなくない!?」

『白い少女はヘリに足をかけ言い放ちました。』

「これを使えば大丈夫!」

『少女が手にしていたのは、バンジージャンプ用のゴムロープでした。

それは遊園地が長年低迷している入園者を再び呼び込もうと用意した起死回生の秘策ちなみにあくまで試験用なので誰も飛んだ事ありませんよ。ワッハハみたいな~』

「大丈夫!これなら飛べる!」

「うわーそれってゴムロープでしょ?他に何かないの?ネットとかロープとかあっそっか君の力でなんとか助けて……」

「大幅にストーリーを変える事は出来ない。お前が何もしなければこのまま二人がミンチになるのを待つだけだ。」

「それってこれがR-15になるかならないかの瀬戸際ってこと?」

「そう。これがどす黒い描写ありありの……」

「ならないよ!!っというかもう子供向けでも無いよ!もうすでに親が絵本を閉じちゃってるよ!吊るされた時点で」

「っと言うわけで言ってみようか!!」

「ちょっちょとまって……」

『そういうニワトリさんの足首にはいつの間にかなんとも心もとない貧弱なロープ……』

「ってこのロープ違くない!!さっきのゴムロープと全然違うでしょ?」

『そう言うニワトリに白い少女は無邪気に笑い言います。』

「だってあなたさっき私にいったじゃない?他になんかないのって〚ボロボロのロープ〛とか!!」

「そんなこと言ってないよ!!とにかく怒ってたなら謝る。謝るから。ごめんなさいするから。せめて普通のロープ普通のロープに替えて下さい。」

「どーしよっかな??」

「そんなー。ん?このやりとりは……バはいはい。自主規制牛が通りますよ。アイスーアイスはいらんかね。」

「あんた邪魔!!」

「お客さん。何する気で……」

「別にたった二文字でいいのに無駄に長ったらしいセリフをいうからちょと、いらっとしたわけじゃないの。」

「じゃあばいばーい。また会いましょう。」

「会えるとは限らないべ」

「あら私が会いに行けば会えるわよ。」

「なして?」

「ステーキとして!!」

「ひっ酷い」

「えっと『完全な使い捨てキャラである。使い捨て牛太郎はナレーターの怒りをかい。立派なステーキになる為に旅立って行きました。』っと、」

「バ……はいはい。また自主規制牛が来ちゃうわよ。

「消えちゃったって思ってた。」

「うんだっていきなり消えちゃったから、」

「それならもう消えた。」

「しょうがない。私としてはこのままこう〚どーん〛と……」

「どーん!?」

『ナレーターがニワトリさんの方を見ると、そこにニワトリさんの姿はありませんでした。

ナレーターは気づきませんでした。自分が話に夢中なっている間に見知らぬ陽気なおっさんがきて……』

「おう兄ちゃん。いいね。若くて、俺も後12年若かったらね。大方兄ちゃんもヒーローになろうって口か。最近多いんだよね。そんなの。まあヒーローになりさえすれば自由に空を飛び回れるからなりたい奴の気持ちもわからないわけでもないけど。まっいっか。俺が後ろから押してやらーな」

「えっえっえ!?」

「ん?何で自分は鶏なのにそんなに優しくしてくれるんだって!そりゃあおめぇ、政府が差別なんてしちゃいかんって言ってるからだよ。確かに政府の言うことが100%正しいなんて思っちゃいねえよ。だけど、だけどいつかは古い考え方を綺麗さっぱり捨て去って、変わんなちゃいけねぇ時が必ず来るんだ。それが今か、後か、なんて関係ねえ。変わるんなら早い方が良いんだ。それに楽しい事も増えるしな。」

「あの……それって」

「それじゃあ頑張れや」

『そう言っておじさんはニワトリさんの肩を軽く叩いたはずでした

たまたまニワトリさんに一目惚れした心は乙女体はおっさんな自主規制牛の妹、牛子ちゃんに体当たりされ、下に落ちてしまいました。それもナレーターが言ったドーンっという言葉と共に…』

「…」

『ナレーターがフェンス越しに下を見ると、涙を滝のように流したニワトリさんが不自然に空中に浮んでいるのが見えます。』

『それはきっと走馬灯と言うものなのでしょう。そう言い終わらない内にニワトリさんは急速落下していきました。』

ナレーターは、落ちていくニワトリを見送ると一人呟いた。

「…困った。」


昼下がりの午後、男はそこに立っていた。

覚悟を決めてきたのにこうしてみるとやはり怖い足がガクガクと震え上がっている。

ふうーやっぱりもう少しだけ後にしよう。

もう少しだけこの景色を・・・もう少しだけ

 平日のこの時間だと言うのにこんな所にいるのは私ぐらいのものだろう?

しかし今日は騒がしい一体何が有るっていうんだ。まあおかげで警察を呼ばれる事もないし助かるというか。寂しいというかなんというか。

そう言えば、昨日も同じセリフを言った気がする。まるで、今日しかないみたいに。

そう今の私は安全なフェンスの外側にいる。あと一歩前に踏み出せば天国へと昇れる。善鳥、ならば…だ。

あーあまた誰かが騒いでいるな。まあ良いか少しぐらい。

『パプキン・ジャンだ!!』

 パプキン・ジャンか。確か伝説のレーサーで、幼い頃の私も彼に憧れ空に夢を見た。


国中の鳥、びとが彼に熱中していた。

 そんな彼のレース人生の最後も中々衝撃的だった。

 ある日、国際大会への出場が決まっていた彼は、にでた。そこで彼は、選手にとって大切な片翼を失った。空鳥が主なレース選手において、肩翼を無くすということは、選手生命を終わらせるということだ。

会場に来る前に。それも地鳥の少年を助けたせいて。

 不審に思った世間の鳥、びとの間には、ある噂が流れた。

 パプキン・ジャンは押し迫ったレースへの重圧に耐えかね自ら逃げ出したのではないか?

 失意の中、彼はレース界から姿を消した。

 それは、ジャンにとっても大切な試合だった筈だ。憧れの夢の舞台への切符を手に入れる事が出来たのだから。

私はヘリに腰掛けたまま足をブラブラと動かした。まるで子供の頃に戻ったみたいだ。

そんな私の姿が気になったのか一人の少女がフェンス越しにこちらを見ている。

見えなくてもわかる。感じるのだ。小さな瞳がただ真っ直ぐこちらを凝視している画

子供特有の好奇心というものであろう。

「おじちゃん。そんなところで何してるの? 」

「あっちに行ってなさい!!ここは危ないから…それに小さい子がこれから起こる事をみてはいけない。ママの所に戻りなさい。直ぐに。おじちゃんはねえ今独りになりたいだよ。もう随分悩んでやっと決めた事だから、もうすこしだけこの景色を見ていたいだ。やっと、やっと自由になれそうな気がするんだ。」

「ふぅ~ん。大人って大変なの?」

「あーあ大変だよ。大人になると大変になるんだ。って…もういないか。」

話してる途中で駆けていく足音がしたし。

「さぁてこれからどうしよう?このまま座っててもなあ。」

だけど案外素直に行ってくれて助かった。きっと母親の所に行ったのだろう。

やっぱり子供にはこんなこと耐えられるはずもない。

「ふーん。けどさぁここにいると危ないよ!バランスくずれると落ちちゃう。落ちちゃって大丈夫か。おじさん空飛べるもんね。」

「いや今は法律で禁止されているから飛ぶことは鳥類皆平等という精神が…」

「だよね。あたしもこの前空飛んだらおばさんに怒られた。飛べない鳥さん達に悪いでしょうって、自分が一番毛嫌いしているのにね。せっかく翼があるのに飛べないなんて、全く飛べない鳥さんたちのせいで・・・。

「やっぱり大人は考え方を変える事は難しいのかな?」

「それは…」

「いやいや。彼らだって空を飛ぼうと機械だのなんだのと努力はしてるよ。ただ我々はそんな彼らの気持ちを理解してだね……ってえ?」

まさか私が振り返ると、フェンスの内側に少女の姿はない。

なんだ空耳か、だけど会話したような

「だからさぁそんな法律のせいで本人達も困ってたよ。

やりすぎだとか。ダチョウさんなんか早く走りたいのに走っちゃいけません。なんてさー」

いつの間にかフェンスを越えていた少女は無邪気に笑う。

「戻ることは出来ないよ。せっかく作ったお人形が暴走しちゃったから、無理やりにでもハッピーエンドに持ってくしかないの。」

「えっそれってどういう意……。」

私がいい終わらない内に腕を捕まれ、少女が耳元でささやく。

「ほんのちょっとだけ遊びに付き合ってくれない?本当はおじさんだって空飛びたいんでしょ?」

「だけど、ルールが」

「ルールなんて気にしない。気にしない。それにほらこの話の中では作者である私がルールよ。」

「じゃあいってみよう!」

「えっ」

そのまま強い力で引っ張られ、空中に投げ出され、そのまま急降下する。

下に落ちていきながら、遠ざかっていく空に手を伸ばした。そしてやっと理解する。私はもうこの空を飛ぶ事は無いのだと。こんなことなら捕まるのを承知の上でもう一度空を飛べばよかった。今後悔してもしょうがないか。見ると)少女は白い絵本のような物に何か書き込んでいた。(書き換えのを書く)

「よし!これで大丈夫!後は助けが来るのを待つだけ……。」

「あーきたきた。」

少女の指差した方を見ると眩しく光る太陽の中何か細い物が生えた物が落下してきた。

それは私達より落下速度が早いらしく、猛スピードで近づいてくる。

やっとそれがなんなのか分かった時、私の頭の中に落胆という言葉が浮かんだ。

よりにもよって「鶏」痩せれば飛べるかもしれないのにその努力もしないで私達に空を飛ぶな差別だと要求してきた。ただの怠け者達……まだペンギンやがちょうの方が良かった。

彼らは進化したのだと、空を飛べなくなった代わりに大地を強く蹴る強靭な足を、水中を自在に泳ぎ回る体を……そうしなければ生きて行くこと等出来なかったはずなのだから。

そう思い込む事で自分を納得させようとしていた。

くだらないルールが出来てから、空を自由に飛び回る事ができなくなってから、

少しでも彼らと同じであろうと努力してきた。彼らだって我々が空を飛び回る姿を見て、憧れや妬み様々な感情を抱いたに違いない。

前は空を飛ぶものだけが上にいける。そんな世の中だった。

飛べる鳥が飛べない鳥達を蔑み、住む場所さえも分けられていたそんな時代。

それが今でも鳥たちの中に深く根強く残っている事は知ってる。

「えっへへ~お姫様気分。」

いつの間にか私の腕の中にいた少女が言った。

「さあどうする?あの物体はもうすでに気絶していて、使い物になりません。ついでに私達は後数秒で地面に激突ペチャンコです。めり込みます。きっとグログロです。私達が助かる方法は鳥、つだけです。」

「あなたのその背中に付いている翼で私達を助けると言う事だけです。っというかもう決まってるんじゃ。さあ出せ!!今出せ!!」

「なんでもいいからはよせんかい。」

「はッはい。」

 私は少女に言われるままずっとお飾りだった自慢の翼を広げ飛んだ。

 空気を纏った翼が水を得た魚の様に空高く羽ばたいていく。

「うわ~。いい景色」

少女が呟く。

そういえば彼の事を忘れていた。例え鶏であったとしても助けなくては、メスかも知れないけど

「そういえば……あの鶏は?」

「大丈夫。あの荷物のロープなら私が持っているから」

「そう」

地面が見えてきた時、彼女は言う。

「あっあの赤い目めがけてこの玉落としたい。」

それは救助隊が用意したエアマットレスだった。

「えっとそれは」

「そうれー」

荷物は赤い目玉に向かって落ちていった。

「わーい。当たった。当たった。」

無邪気な彼女の笑顔を横目に見

クルクルと旋回しながら降り立つと直ぐに数人の鳥達に取り囲まれる。

その意味を私は十分に理解している。

「あーあ私はとうとう捕まるのかと」

 ニワトリが目を覚ますと、そこは病院のベットの上だった。

鶏が目を覚ますとそこは病院のベッドの上だった。

「あっニワちゃん起きた。もう心配してたんだよ!」

 と、声がした方を見ると枕元に縫いぐるみ犬がいた。

「作者もね心配してたんだよ。大事な主人公に怪我でもされちゃ大変だって。心配でずっと側にいたけど何事もなくて良かった。」

「ずっと側にいた?えっ!だってナレーターは、赤い服の女の子が分身だって。」

 そこまで言ってニワトリは、そこにナレーターの姿が無いことに気がついた。


「そう言えばナレーターは?」

「どうして欠陥品の事を気にするの?」 

 それは確かに今まで聞いてきた縫いぐるみ犬と同じ無邪気な声だった。 だが、その声は重く威圧感がある。


「えっ!だってオイラ達は友達……」  

「あの子なら、もうナレーターのお仕事に戻っちゃったよ。ニワちゃんによろしくだってさ。全く友達がいのない子なんだから。


「嘘だっ!あの意地悪なナレーターがそんな事言う筈がない。どうしてそんな事言うのさ!」

「捜したって意味無いって意味だよ。今回の事で欠陥品のナレーターは処理され、また新しいナレーターが作られるよ。それに、ニワちゃんだって次の回には、今回の事なんて綺麗さっぱり忘れちゃうの。」

 何も返す事が出来ないニワトリに、縫いぐるみは言い放った。

「どれだけ仲良くなったって一緒にはいられないない。だってあの子は、ナレーターで、貴方は登場人物なんだから。」

 ニワトリの背中に一筋の汗が流れ落ちた。

 淡々と語る縫いぐるみ犬に、恐怖を抱きながらニワトリは尋ねた。

「君は、一体何者なんだ?」

「僕は只の作者の分身だよ。僕の仕事は、壊れてしまった世界を元に戻す事が仕事なの。」

 ニワトリは走っていた。

息を切らし、薄暗い廊下を走り抜けていく。

腹についた脂肪が、左右に揺れる。

あーあー、こんなことならダイエットしておけば良かった。

「だって、あらすじ通りにお話しを進められないお人形なんていらないじゃない?。」

 頭の中で、縫いぐるみ犬の声が木霊する。

 

階段を二段飛ばして、駆け上がった。

 息を整え、ドアノブに翼をかける。

 錆び付いたドアを押し開けると、屋上は茜色に染まっていた。

 そこに、ナレーターがいた。真っ白だったワンピースは、夕日を浴びて茜色に染まっている。


 声をかけようと近寄ると、何か違和感があった。

 既に消滅は始まっているのか、スカートから伸びていた筈の足は、辛うじてその輪郭を残し、茜色に染まった屋上のブロック塀が透けて見えた。

 影になっていた筈のフードの奥に光が差し込むと、微かに輪郭が見える。

「なぁ……。」

 傍らのナレーターが囁いた。

「あの夕日は何故何時も同じ事を繰り返すんだろうな?」

「毎回、毎回同じ事を繰り返して飽きないのだろうか?偶には違うことをやってみたいと思ったことは……ないのだろうか? 」



「だけど、オイラは君が君がお話を変えてくれた事を感謝してるんだ。」

「だって元のままだったらオイラ死んじゃってたし、楽しい事も何も出来なかった。それにほらっオイラ達の事を嫌いじゃない。受け入れようと努力してくれる鳥、にも出会えて良かった。結局さぁ時間が必要だったんだね。直ぐに何かしようとしても付いていけなかったんだ。」



「欠陥品は、直ぐに消されるのが、決まりらしいが、何故か時間を貰った。後は適当にやっといてやるから。最期に夕日を見ろ。そう、言われた。」

 ビルに沈みゆく夕日を眺めつつナレーターが呟いた。

「さあ、早く絵本を頂戴。もう登場人物には必要無いものでしょう?作ちゃんに、わたしておくから。」

「だがっ」 

 迫る縫いぐるみ犬に、ナレーターは拒否する。

「君が作者の愛犬だと言う設定は存在しない。

だから、君に渡す事は出来ない。」


「なら、最期まで、ナレーターの仕事を全うさせてあげて欲しいんだ。」

「ブーどっしよっかな?」


「じゃあ明日、このお話のラストがあるからそれまでね。」

 縫いぐるみ犬がそう言い終えると、消えかけていたナレーターの体は、突然光り出し、光りが収まりとそこには、前と変わらないナレーターの姿があった。

「さぁ、ナレちゃんこれで、戻ってる筈だよ。

『を使ってみて。』



『』

「うん。大丈夫みたい。良かった。もうこれで::を使わなくてよくなるの。自動で、やってる事言ってくれるのは嬉しいけど、なんかこれや―なの。堅苦しくて絵本じゃないの。」

 そう言って、縫いぐるみ犬は、宙に浮かぶ機械のスイッチを切った。

 鈍い音と共に機械が音を立て壊れた。

「どぅして。なんで壊れちゃったの?」

「どうしてって、決まってるじゃない!!」

『そこには、ニワトリと一緒に救出された筈の女の子の姿がありました。』

「やっと見つけた壊れちゃったお人形。物語を滅茶苦茶にしてくれた犯人を見つけ出すために罠を張っといてよかった。

「なす子ちゃん。」

『縫いぐるみ犬がそう叫ぶと、必死に手を伸ばし少女の方に行こうとする。

「おかしいよ。あれは、さっきオイラを庇ってくれた女の子じゃん。」

「違うよ。あれは、絶対に茄子ちゃんだ。

「めちゃくちゃになった話を元に戻さなちゃ終われないの。」

『女の子は、ニワトリや縫いぐるみ犬には、目もくれず通り過ぎて行きます。ニワトリの前を通り過ぎる時、その胸元には、前にあった時には無かった赤い水玉模様がありました。

「あんな、水玉なんて付いてたかな?

ナレーターの前に立ちました。』

「それにしてもナレ―ターってば酷い。お人形を見つけていたんなら、先に処理してくれていたって良かったのに。」

「なんか似てない。

「まぁ、良いわ。ナレーター。さっさとこの欠陥品削除しちゃっといて。」

 そう言って、少女は向きを変え屋上を出て行こうとする。

「君だって、この物語の登場人物の筈コケよ。なにを根拠にそんなこと

「だって私は、このお話の作者よ。デパートに来てた女の子の存在をちょっと借りたの。」

『ニワトリが少女に詰め寄ろうと、近寄ると通り過ぎる時に見た赤い水玉の色が濃くなる。

『その赤い水玉模様はさっき付いたばかりのように生々しく、濡れ垂れ酷い悪臭を放っていました。』

「スミレちゃん!スミレちゃん!どこに行ったの?ママが、ママが悪かったわ。お願いだから出てきて。突然病室からいなくなってしまって」

「貸して。」

『少女は、ナレーターから強引に絵本をひったくると一言。』

「心配しなくても大丈夫。貴方達の出番は終わったんだし、後はゆっくりおやすみなさい。

『さっきまで娘を探し泣き叫んでいた母は、冷静を取り戻し家に帰って行きました。』

「ふっこれでよし、だから言ったでしょ?ちょっと、存在を借りたと。あまりにも往生際が悪いから、ちょっと苦労しちゃったけど。この子だって悪いんだよ。台本に無いことするから。」

「これが、このお話の作者だ。お話を元に戻す為ならどんな犠牲もいとわない。」

『青ざめたまま固まるニワトリさんに、そっとナレーターは言いました。』

「もうこの子怖いよ。

だが、なにかが可笑しい?ナレーターは首をかしげた。確かに作者は、怒ると元に戻す為ならどんな事でもするし、

けど、何時もは、あんなに自信過剰になる事無く、それどころか、すごく天然で、着ぐるみ好きだ。


「気にしないで、お人形はたくさん持ってるもの。鳥、つぐらい無くなっても全然困らないわ。それに、壊れちゃったお人形は捨てなちゃ駄目だわ。」

『そんなニワトリさんの様子に気が付いたのか振り向いた少女は、飛びっきりの笑顔で言いました。』

「そんな酷いよ。あの子にだってやりたい事がたくさんあったろうに。」

「酷い?酷いってなぁに?」

「えっ?」

「貴方達はただの紙に書かれた文字の集合体だよ。消しゴムで消せば、消えてなくなっちゃうんだ。痛みだってない。」

「でも」

 返す言葉もない。だけど今日私は見つけた。大切なものを。

「じゃあ、ナレーター。後、よろしく。悪いけどこれ消しといて。」

『少女が指差した先には、ぬいぐるみ犬がおりました。そして、そのまま少女は屋上から出て行こうとし、』

「ちょっと待って」

『そんな少女を呼び止める声がありました。今にも消えそうなか細いその声は、ニワトリさんのくちばしから聞こえ、呼び止められた少女は、目を吊り上げキッと、ニワトリさんを睨みつけます。』

「なに?なんか文句あるの?」

「そっそんな酷いよ。いくら酷くてボロボロだろうと彼は君の一番のお気に入りの筈コケよ?」

「壊れたら意味ないよ。」

「意味なくなんて……そうだ。直せばこう針と糸でチクチクっとぬえば。」

「ぶう~そんなのや~よ。」

「だって直すなんて古臭いもん。古くて汚い汚れた人形なんていらないじゃない?。」

「それでもいきなりゴミ箱行はあんまりだよ。」

「それは、お話を滅茶苦茶にしたんだよ。ド自業自得でしょう?」

「大丈夫。貴方の大切なナレーターは消さないでおいてあげる。」

「えっ!」

「こいつも何度かルール違反したけれど、何があってもこいつだけは消さないの。」

「やっぱりね。ナレちゃんは、なすこちゃんのお気に入りだ。」

「なす子、まだ本を返してもらってない。」

「あっそっか。はい。本。」

「ああ。」

「させないだから。」

「あっ」

「むがっむがむが(絶対に終わらせないだから)」

「ナレーター、まだ『は、使える?」

「いやっ。使えない。」

「ちっ。」

『少女は、壊れていた筈の自動進行機の元に走り寄り思いっきり蹴り飛ばしました。』

 蹴り飛ばされた自動進行機は、壁にぶつかり、ギギっ、奇怪な音を立て再び動きだした。

「これで大丈夫。」

 少女は、息を整え呟いた。

 自動進行機から、今まで溜まっていた文章が飛び出してきた。

 その時、作者を含めその場にいた全員が気が付いていなかった。

 作者が発した一言に、一つの小さな玩具が深く傷ついている事に。

 そして、玩具は小さく呟く。

 物を手渡す時、そんな時は誰だってムぼ防備になるもの。無事に相手に渡す事の出来る安堵感と絶対に誰にも邪魔されないと言う過信。それらの油断が取り返しのつかない事を招く事がある。

 ぬいぐるみ犬は、その瞬間を見逃さず、力いっぱい飛び跳ね二人の間に割って入り、本を加える着地すると振り返った。

 ぬいぐるみ犬は、本を加えたまま走り去り後に残されたのは、少女二人と薄汚れた一羽のうす汚れた鶏だった。

「むぅ、こうやって見るとナレーションって結構大事ね。セリフだけじゃ全くわかんなかったわ。」

 作者は、ナレーターの肩を叩く。

「改めてあんたがどれだけ大事かって事を思い知ったわ。」

「なす子。関心してる場合じゃない。早く追いかけなければ。」

「あっそうだった。」

「行っコケッちゃった。」

 ふたりが、作者を追け薄暗い灰色に染まった廊下を行くと、左に曲がった先、  逃げた筈の縫いぐるみ犬と、ナレーター姿があった。 

「止まれ。」

 二人は、物影から様子を伺う事にした。

「コケッ?どういうこと」

 ニワトリは、二人を見比べ目を白黒させながら尋ねた。

「あれは作者で、追いかけてったのも作者だよね?はっまさかそっくりさん。」

 

「ゴげっなにも殴らなくても良いじゃない。」

 ニワトリは、お腹を押さえ訴える。

「」

「可笑しい。」

 涙目のニワトリをよそに、ナレーターは首を傾げた。

 先に飛び出して言ったはずの作者の姿が無いからだ。

「だからどう違うの?」

 ニワトリは、じっと少女を見た。少女は、見れば見るほど先程あった作者にそっくりだった。

「あっ」

「まさか、ドッキリなんじゃとか言う下らない。のは無しだぞ。」 

「あれは、本当に作者なの?」


 交渉が決裂したのか、少女は、本を開き何か唱えた。

 すると、突然現れた黒縁眼鏡のタル型の体型が特徴的な看護婦が、縫いぐるみ犬を鷲掴みにし思いっきり窓に向かって放り投げた。


 廊下の窓から顔を乗り出すと、落ちていく縫いぐるみ犬の姿が見えた。

「縫いぐるみ犬!」


「だって素直に本を渡してくれないんだもの。」

「早く助けなきゃコケッ。」

 ニワトリは、そう叫ぶと、無謀にも窓枠に足をかけ飛び降りようと身を乗り出す。

「無理だ。」

 ナレーターはニワトリを止めた。

 この距離から飛び降りれば、只ではすまないと。

「それでも。オイラはアイツを助けたい!

ニワトリはそのまま外へ。


「………なんて事は、無いコケから普通。」

「自分から飛び降りるなんてびびりなオイラには無理コケッだから。」

「って言うか身を乗り出す事だって無理。」

『そう決意したニワトリの足は、震え生まれたての子馬のようです。』

「決意してないよ!そうだよ。結局オイラはびびりなチキンだ。助けになんていけないよ。」

 ニワトリは、廊下の隅で縮こまる。

外では、作者の声が響く。

『看護婦さんに放り出されどんどんどんどん落ちていく縫いぐるみ犬。

 その下には、奇跡的生還を果たした自主規制牛と牛子ちゃんが季節はずれのたきぎをしている姿が見えます。布製の縫いぐるみが火の中に落ちれば燃えて無くなってしまいます。』

 ニワトリは、慌てナレーターに聞いた。

「ねぇなんとかならないの?ナレーターの君なら、この状況を変えられる方法は無いの?」

「無理だな。作者の暴走は誰にも止められない。」

「流れを変えるには、」

「あれがなければなにも出来ない。」

 ナレーターが指差した先には、左が持つえんじ色の表紙の本があった。

「それも、ナレーターか作者の手にある時しか効力を発揮せず、それ以外は只の本だ。」

「もう一冊、予備とかないの?」

「ない。力があるのはあのオリジナル本だけだ。」


「それなら。なんとか作者から本を奪って。助けよう。」

「まだまだこんなんじゃ。私の怒りは収まらないわよ。」

 風に吹かれ捲れるページ  内容は読めず。


『たきぎの中には、不自然な物体がありました。』

「お兄ちゃん。大丈夫?もう少し待ってて、もう少しで焼けるからパイナップル。」


『たきぎの中央に置かれたパイナップルの先端は棘のように鋭く尖り、このままいけば縫いぐるみ犬は、串刺しになってしまいます。』

「よしっ」

 ニワトリは、何かを決意したように立ち上がり、ナレーターに宣言した。

「やっぱりオイラが助けにいく。」

「登場人物は、その本を持って言われた事には逆らえない。それが、この物語のルールでしょう?」

 ナレーターが頷くと、ニワトリは何か決意したように頼んだ。

「それなら、その本で、オイラが縫いぐるみ犬を助ける為に飛び降りたって言ってくれないかな?」

「…………」

「だってオイラびびりーだから、自分じゃ出来ないんだ。」

「…………」

「びびり―じゃなくても自分からは行けない筈でしょう?」


「本当に良いの?今のあたしはいわば、創造主よ。創造主に逆らったらどうなるか、あんただって知ってるでしょう?」

 ナレーターと対峙する作者はくすくすと笑い揺さぶりをかけてくる。

 ナレーターは、それを無言で受け流す。

「無視するんだ。」

『その声は、確かにナレーターの耳にも届いていました。』

「聞こえてるんじゃないの。じゃあ早く本を渡しなさい。」

『けれど、ナレーターは心に決めていたのです。確かにここでなにもしなければ、作者の怒りを買うことなく、ずっとナレーターのままでいられたでしょう。けど、より、散々酷い目に遭わされながらも、顔色一つ変えずにずっと側にいてくれた友達を助ける方を選ぶと。』

 ナレーターの発した一言に全てを理解した作者は、意地悪そうな笑みを浮かべ、

「それなら、あんたはもうナレ―ターじゃない。ナレーターとは、姿を持たずただ淡々と物語を結末へと導く案内人の筈でしょう?欠陥品は、消えちゃいな。」と、どこからか取り出したピコピコハンマーを振り上げ、襲いかか……。

「えっ」

 襲いかか……。

 襲い……、

襲い…、

襲い…、

襲い…、

襲いいいいいいいいいいいいいいい…、

「もう良い。いい加減にして。」

 ガガっ……完全に頭に血の上った左の足が、自動進行機を捉える。

「!」

 今まさに、蹴り上げられようとした瞬間、ナレーターは、条件反射の様に反応し本を広げ唱えた。

『痺れを切らせた左が、廊下の隅に置かれた自動進行機を蹴り飛ばすと、自動進行機は、派手な音を立て壁に当たりずり落ちてしまいました。』

『自動進行機からは、黒い煙がモクモクと立ち昇り、自動復元機能で直るまでもう少し時間がかかりそうです。」

「全くこう時だけ、正常に動くんだから。ありがとう。直るようにしてくれて。」

『時の止まったページ―は、暗く冷たく、


「やっぱり止まった時って、やだね。他になんにも動いてない。鳥も、風も、太陽さえ止まって真っ暗になる。あたしはそれが嫌。」

「全くこのあたしを、ナレーターから外すなんて作者も見る目がないわね。」

「お喋りなナレーターがいたって、良い、じゃない。あたし達は、自由に喋る事さえ許されていないと言うの?」

「ねえ右」

「なんだ。左

「こんな事なら心なんて持つんじゃなかったね。毎回繰り返される物語に疑問を持つことなく、本が開かれれば永遠に同じ物語を繰り返す。ただ退屈で穏やかな日常を送れば良かった。」

「」

 自動進行機の再起動間際、左が発したその言葉は、爆発音にかき消されナレーターはその言葉の真意を知る事は無かった。

だが一見すると自分勝手な物言いも、左の心からの叫びのようにも聞こえ、ナレーターの心に深く突き刺さった。

「後少しで、時が動き出すよ。」

「そうだな。」

 右は、フードを目深に被り直しそう答えた。

「さぁ、始めようか!どちらかが勝者で、どちらかが敗者。本物のナレーターを決める戦いを。言っとくけど、あたしは負けるつもり無いから。あたしが、あたしこそが本物のナレーターだ。」 

 左は意気揚々と右に宣言した。

「ふっ」

 いかにも登場人物らしいその宣言をナレーターは、頬を緩めニヤニヤ顔で聞いていた。


「なによ。その人を馬鹿にしたような笑いは。」

「その言葉を口にした時点でお前は既に負けていると。ナレーターとは、本来実体を持たない影の存在なのだからな。」

「だからお前が一番ナレーターに向いていない。」



 左の攻撃を間一髪で交わしたナレーターは、痛む腕で本を広げた。

 だがしかし、重い本を持つ腕は小刻みに震え始め、大文字でかかれた題名すらもぶれ読めない。

 「ほらっ、やっぱり効いてるじゃない。」

 ナレーターの耳に左の間延びした声が聞こえピコピコハンマーを構えた左が留めの一撃を加えようと飛び込んでくる。

 だが、今はそんな事関係ない。大事な事は、本を広げていることだ。

 後は、私個人のセリフを言葉を言うだけ。

 ゴクリと、溜まった唾を、飲み込み一気に言い放つ。

『その時、

 

『騒ぎを聞きつけやって来た鳥、の中には、ずっと娘を騒ぎ続けていたウグイスのお母さんの姿がありました。


「ちょっちょっと、あたしはあんたの子供じゃないって。」

 母親の腕の中の少女は激しく暴れ回り抗議する。

「何を言ってるのスミレちゃん?そのまん丸の目、薄緑色の体、 どう見てもウグイスの……ママの大事なスミレちゃんじゃない。」

 何時もとは違う娘の言動に母親は、屋上から飛び降りたショックで頭でも打ったのだろうと考え、娘を抱き上げ


「右!あんたも見てないで助けてよ。」

 痺れを切らした左は、右に助けを求めた。

『いいえ、彼女はあなたの母親です。』

 途端に時は止まり今まさに左を連れ去ろうとしていたウグイスのお母さんも、背を向けたまま固まっている。

『ずっと考えていた。あなたは、火の当たらない地味な裏方の仕事ナレーターより、スポットライトの当たる存在登場人物の方が良いんじゃないかって。だからあなたには、登場人物になってもらおうと思います。』

『罰を受けるナレーターは、私一人で充分だ」



 縫いぐるみ犬は、鋭く尖るパイナップルの先端に向かって落ちて行った。

 自分がニワトリのふかふかの翼の上にいる事に気がつく。

「助けてもらってなんだけど。刺さってるよ。ニワちゃん。」

「えっ?」

 瞬く間にニワトリの顔が、青ざめていき、

「いった~~」

助けた筈の縫いぐるみ犬を放り出し走り回る。

「あの、ありがとうニワちゃん。」


「なにが?」

 だが、振り返ったニワトリの顔は、汗や涙、鼻水でぐちゃぐちゃに汚れており、それを見た縫いぐるみ犬は思わず顔を背ける。

「もう良いよ。ほらっ早くそのお顔拭いて。拭くものは……無いか。じゃあ、すんごく気持ち悪いけど僕の体で拭いて良いよ。」


 ニワトリが縫いぐるみ犬の体に顔を押し付けようとしたその時、

「別に本の力でタオルぐらい出せるんだが」とナレーターの声がした。

「ナレちゃん……。」

「おっ遅いよ。一体どこに行ってたの。」

『突然のナレーターの登場に、どうしたら良いかわからない縫いぐるみ犬は、

未だにお尻にパイナップルが刺さったまま涙を浮かべるニワトリさんは、



「早くこのパイナップルどうにかして~~」

「ふぅ。牛さんコスプレは良いんですけど、中で蒸れちゃうのが厄介です。」

着ぐるみの に開けられた穴から覗く少女顔

「なす子、今までどこにいたんだ。」

「なす子って言うなです。」

着ぐるみの牛は、ナレーターの変化に初めて気が付いたのか

「へっ!ありゃまぁ右ちゃん。こんな可愛らしくなっちゃって、とっても可愛いですぎゅーってしたいです。」

「そんなのは良いからさっさと答えてくれ。」


「えーと、この絵本の世界始まって以来の大ピンチに急いで駆け付けようと思ったん出るけど……。」

「ですけど?」

「最近、買った牛のコスプレを着たくて、そんでもって左ちゃんが、代わりに行ってくれるって言うから……。」

「言うから?」

「さぼっちゃいました。」

 満面の笑みを浮かべる作者に、


 その時、ナレーターの中で何かがブチ切れる音がした。

「貴様は、何時もこんなんだから、今回のような事態が起こるんだ。」



「エーンエーン。右ちゃんがいじめるです。」


「もう知っているのだろう?私が、物語を最初の改変した事を

さぁ早く消してくれ。そして、もう二度とこのような事が無いように、進行は、自動進行機で…、」

「それにしてもナレちゃん。結構溜まってたんですね。今まで気づかなくてごめなさいです。」

②を読んでいただいてありがとうございます。

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