モブの野望6
王都第一学園の入学試験から、早三日。
私は屋敷の中庭で、優雅にコーヒーを飲んでいた。
厳密にいえば、これはコーヒーではなく、この世界でアルヴァと呼ばれる飲料だが、味はコーヒーだ。
私の両親は、ロクでもない性格をしているが、金儲けの嗅覚は人並み以上に鋭い。
遠い国の貿易商から、アルヴァが作れるという謎の生豆を大量に仕入れてきて、どうにか売れないか試行錯誤を繰り返していた。
私はその生豆をこっそり盗み出し、独自に編み出した焙煎魔法でローストし、細かく挽いて紙製のフィルターで抽出し、こうして優雅に楽しんでいるのである。
しかしこれは、よほど特別な日にしか行わない。
なぜなら、この体になってから、コーヒーがクソ不味く感じるからだ。
今の私にとって、コーヒーを飲むという行為は、ただ格好を付けて自己満足に浸るだけの、誰も得をしない奇行であった。
しかし今日は、その特別な日に値するだろう。
実は昨日、ミスティア魔術学院の入学試験を終えたのだが、そこで確かな手応えを感じたのだ。
ミスティア魔術学院では、筆記試験に加えて、魔術師としての腕前が問われる実技試験も課される。
その実技試験には、同世代のトップクラスの魔術師たちが集まってくるため、レベルは非常に高かった。
そんな中でも、私のヒール魔法は、群を抜いて高い評価を得たのだ。
試験を受けに来た子供たちの中に、右足を失い、杖をつきながら片足で歩く少女がいた。
私はその右足を、その場で再生して見せたのだ。
そのパフォーマンスは強烈で、もしかしたら、主席の座も狙えるかもしれない。
そうなれば、私の輝かしい学校生活は、確約されたも同然だ。
泣きながら私に感謝をしてきた、あの少女がもし合格していたら、私の舎弟第一号にしよう。
そんな妄想をしてグフグフと笑っていると、屋敷で働いている美人な侍女長『セリーヌ』が、私に声をかけてきた。
私はその瞬間に、体をビクッと震わせる。マグカップからコーヒーが少し零れ出た。
「お嬢様、王都第一学園から封書が届きましたよ」
「あっ、あ、ありがとうございます……」
セリーヌの目は、まったく笑っていなかった。
それどころか、とても12歳の少女に向けるものとは思えないほど、冷淡で蔑んだものでさえあった。
私はセリーヌにビクビクしながら、オドオドと封書を受け取る。
……ああ、王都第一学園ね。すっかり忘れていたよ。
一緒に手渡されたペーパーナイフで封を切り、中に入っていた一枚の紙を取り出す。
そこには「合格」の二文字が書かれていた。
「…………?」
私は、疲れているのかもしれない。
目を擦り、深呼吸をして、コーヒーに口をつけながら、再び紙に視線を落とす。
……「合格」の二文字が、確かに書かれていた。
「!? な、なんでぇー!?」
王都第一学園から届けられた合格通知を見て、私は椅子から転げ落ちた。
手に持っていたマグカップが芝生の上を転がり、飲みかけのコーヒーが地面にしみ込んでいく。
一体、何が起こっているのだ……?
何を隠そう、私は、テストを白紙で提出しているのだ。
試験に受かる道理が、全く無いのである。
困惑する私をよそに、セリーヌが少し驚いた表情を見せ、嫌味と一緒に、お祝いの言葉をくれた。
「おめでとうございます、お嬢様。その一面ピンクな脳みそで、よく合格できましたね」
「な、な、なんでぇ……? 私、0点のハズなんだけど……」
芝生の上に座ったまま、混乱した表情で呟く私に、セリーヌは冷たい視線で言い放つ。
「そうなのですか? 不思議ですね。試験官に色目でも使ったのでしょうか。そういうの、得意ですものね」
「……」
私をチクチクと攻撃してくるセリーヌのことは無視して、改めて、合格通知に目を通してみる。
すると、その下方に小さく「告知事項アリ」という文言が記されているのに気づいた。
まるで事故物件のような言い方だが、どうやら追加で説明したいことがあるようだ。
指定の期日に学園に来てほしい、という旨が書かれている。
想定外の出来事に、どうしたものかと頭を抱えていると、ちょうど両親が仕事から帰ってきたようだ。
そして屋敷の中に入ることもなく、両親は一目散に中庭にいる私のもとへと駆け寄ってきた。
「カ、カナイちゃんッ!? 受かったって、本当かいッ!?」
使用人から私の合格を聞いたらしい父が、息を切らせながら、目を輝かせて私に問いかける。
「……うーん、それが、よくわからないんだよねー」
困惑しながら父に合格通知を手渡すと、「合格」の二文字を目にした途端、父はワナワナと震えだし、大声で叫んだ。
「ふぉ〜〜〜〜ッ!!! わしの愛娘は、天才じゃ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
両手を挙げて喜び踊る父。
母も負けじと、興奮気味に喋り始めた。
「す、すごいわっ! カナイちゃん! ぐふ! ぐふふふっ!!! 王都ッ! 第一学園ッ!!! ぐふふっ!!! あっ! ご近所さんにっ! 自慢しなきゃッ!!! ぐふふふふっ!!!」
母は合格通知を一瞥すると、どこかに走り出してしまった。
まさに、狂喜乱舞である。
というか、「告知事項アリ」の部分は、彼らの目には全く入っていないようだった。
そんな両親とは対照的に、私は……激萎えであった。
チヤホヤされる楽しい学園生活から一転、この私ですら雑魚扱いされるような、理不尽にレベルの高い学園生活を想像して、吐き気が止まらなかった。
……いや、マジで、どういうことー!?
何はともあれ、事情を聞かなければ何も判断できそうにない。
セリーヌに新しいマグカップを持ってきてもらい、私は改めてコーヒーを注ぐ。
……うん、苦い。
でもなんか、今の私には、身に染みる…………。
§ § §
後日、私は侍女長であるセリーヌが運転する「魔動バイク」の後ろに座り、王都第一学園に向かうことになった。
「魔動バイク」とは、魔力で駆動する二輪バイクのことだ。
これは前世で存在していたバイクとは違い、燃料にガソリンではなく、精製された魔石を使う乗り物である。
両親は仕事の都合で同伴が出来ないため、侍女長の身分でありながら、セリーヌが自ら運転してくれる事になったのだ。
……というよりも、魔動バイクの免許を持っている使用人が、セリーヌしかいないのである。
魔動バイクは最先端の技術であり、非常に高価だ。
そのうえ、前世の原付のように誰でも乗れるといった類のものでもなく、運転するには、魔石から流れる魔力を繊細にコントロールする技術が求められる。
つまり、魔動バイクの免許が取れるのは魔術師として優秀な者だけであり、そんな人材はどこにだって引く手数多なのである。
私が暮らす屋敷には多くの使用人がいるが、その誰もが美男美女だ。
これは我が家の方針として、使用人を雇う際には、能力よりも容姿を優先して採用しているためである。
その結果、仕事はできないけど顔だけは良いポンコツが、この屋敷には溢れることとなった。
当然、魔動バイクの免許など、取れるわけがないのである。
原付ほどのスピードしか出ないノロノロとした乗り物だが、それでも歩くよりは画期的に早く、楽だった。
セリーヌの背中に抱き着き、まったりと風を感じていると、彼女から声を掛けられる。
「しっかり捕まっていてくださいね。落ちて怪我でもしたら、私が怒られてしまいますので」
冷たい口調で、前を向いたまま話すセリーヌに、私はおずおずと返事をする。
「う、うん。わかったよー」
抱き着いている腕に力を入れ、さらにしっかりと抱きついた。
「それにしても、王都第一学園……ですか」
セリーヌは、一瞬、何かを考えている様子を見せる。
そして、ため息交じりに呟いた。
「性犯罪者のくせに、エリートになるなんて……世界は不平等ですね」
「うっ……。す、すみません………………」
ストレートな物言いに、私は謝罪をすることしかできなかった。
性犯罪者……とは、私のことである。
私は過去の過ちを、こうして事あるごとに掘り返され、何も言えなくなるのだった。
§
この世界における「生理」の認識は、迷信や宗教的な信念によって「呪われた現象」であり、穢れた血が流れる不浄の期間とされていた。
特に使用人や下層階級の女性は、生理の期間中は働くべきでないとされ、屋敷から遠ざけられるのだ。
上流階級の女性にはそのような扱いはなく、私の母などは手厚く扱われていたが、使用人に対してはまったく異なる態度が取られていた。
生理が始まった使用人の女性は、屋敷の隅にある小屋に隔離されて、数日間を過ごすことになるのだ。
もちろん調理や食事も別にするなど、大小様々な制限をかけられていた。
2年ほど前だろうか?
当時10歳だった私は、その隔離用の小屋に忍び込み、使用人の「経血」が付着したリネンの布を漁り、自室にコレクションしていたのだ。
他にも、使用人が着替えている場面をマジックカメラで撮影したり、下着を盗んだり、食事にオシッコを混ぜたりしていた。
その一連の行動がバレたとき、女性の使用人からの視線が変わり、私のことを「異常な性的嗜好を持つ同性愛者のマセガキ」として扱うようになったのである。
……一つだけ言い訳をさせて欲しい。
あの時の私は、理不尽すぎるストレスで、頭がおかしくなっていたのだ。
両親が奴隷として売りさばいた少年の父親からメッタ刺しにされたり、
兄がフラれた腹いせでボコボコにして下半身不随になった少女の母親から顔に毒物をかけられたり、
近所の公園で日向ぼっこしてたら、急にボコボコにされて服をひん剥かれて、裸で砂山に埋められたりしていたのだ。……ちなみに最後のは、兄からやられたことである。
それでも、私は必死に命乞いをして、被害者を治療してまわり、どうにか許して貰ってきたのだ。
私はその悔しさを、全て飲み込もうと、我慢した。
少しでも被害者のストレスが発散できるなら、それで良いと思っていた。
……それでも、私の器では、全てを受け入れることは出来なかった。
私はその溢れ出た部分を、その理不尽を、より立場の低い使用人に、最低な形でぶつけていたのだ。
§
私が過去に行ってきた、最低な行為の数々を思い出して、気分が沈んでいく。
セリーヌを背中越しに抱きしめる腕も、どこか弱々しくなっていき、手から力が抜けていく。
そんな私に気付いたのか、セリーヌは少しだけ優しい声色で、軽く肩をすくめながら私に言う。
「そもそも、お嬢様だって可愛い女の子ですよ。それでも女性の裸が見たいなんて、不思議な方ですね」
「……自分の裸には、飽きちゃったんだよー」
私の発言に、セリーヌは少し引いた様子を見せる。
「お嬢様の将来が心配です……。避妊とかは、まぁ、大丈夫でしょうが……」
「お、男を相手にするのはキツイなー……」
私は美少女だけど、心は男なのだ。
美少女でありながら美少女が大好きな、健全な男子なのだ。
男とそういった関係になることは、とてもじゃないが考えられなかった。
この世界に溢れる理不尽に、私が耐えることが出来る理由は、私が「美少女」だからだ。
「美少女」というアイデンティティが、私を奮い立たせ、勇気を与えるのである。
§ § §
道中、ずっとセリーヌにチクチク責められるので、仕返しに背中の匂いをクンクン嗅いでいたら、あっという間に王都第一学園に着いた。
(ちなみにセリーヌからは、石鹸の香りと、バニラのような甘い匂いがした。ここだけの秘密だぞ?)
「それじゃあ、いってくるよー」
私はバイクから降り、軽く手を振りながらセリーヌに別れを告げ、門の横に立っていた門番に声をかける。
すると、門番は「まっすぐ進んで、大きな噴水を右に見たら、左に曲がってください」と教えてくれた。
どうやら、その先に来客用の窓口があるようだ。
入学試験で訪れたときとは異なり、王都第一学園の中は様々な人で賑わっていた。
入学試験の日には休業していた商業施設も今日は営業しており、生徒と思われる子供たちが買い物をしている様子が見受けられる。
指定の時間にはまだ早かったため、少し学園内を探索することにした。
学園内には、飲食店をはじめとして、鍛冶屋、病院、魔道具店、教会、おもちゃ屋など、多種多様な施設が並んでいる。
そして驚くことに、冒険者ギルド、商業ギルド、錬金ギルドなどの各ギルドの支部も存在していた。
各ギルドがわざわざ学園内に支部を設けていることから、王都第一学園の影響力の大きさを、改めて実感させられる。
ブラブラと歩いているうちに、ちょうど良い時間になったので、来客用の窓口へと向かうことにした。
受付のお姉さんに、試験のことで追加説明を受ける旨を伝えると、応接室へと案内される。
応接室に入ると、黒いローブをまとった妙齢の女性と、質素な麻の服を着たケモ耳の少女が向かい合って座っていた。
……私は二人とも、見覚えがあった。
優雅な銀髪が特徴的な、黒いローブをまとった彼女は、この王都第一学園の学園長である『セリナ』であった。
彼女は元々冒険者で、最年少でSランクに到達し、そのまま最年少で学園長に就任した傑物だ。
冒険者でありながら、学園長でもあり、同時にグリム王国の暗部にも所属している。
アッシュが魔王を討伐する際には、色々便宜を図ってくれる、お助けキャラであった。
そして柔らかな栗色の髪をした、ケモ耳の少女は、ホリギフ原作に登場するメインキャラクター『メルミー』だ。
メルミーは村人という身分でありながら、唯一、王都第一学園に合格したすごい獣人である。
しかし学園では勉強についていけず、落ちこぼれとして苦労をしていた。
そこを主人公アッシュに助けられ、ハーレムメンバーとして加わり、タンク職としての才能が開花する、という流れだ。
な、なぜ、メルミーがここに……?
私は困惑した表情で、メルミーを見つめていると、私の視線に気付いた彼女が、声を震わせながら挨拶をした。
「こ、こ、こ、こんにちはっ! なのらっ!」
「あ、こんにちは……です……」
呆然と立ち尽くしている私に、学園長が軽く目をやり、声を掛ける。
「ちょうど、お二人とも揃いましたね……。それでは、説明を始めます。どうぞ、お座りください」
学園長に促され、私も席に着く。
隣に座るケモ耳の少女、メルミーに横目をやると、彼女は随分と緊張している様子だった。
「ご足労いただき……感謝申し上げます。学園長のセリナです。わざわざお手数をお掛けし、申し訳ございません」
「い、いえ……」
妙にへりくだった学園長の態度に、私は少し戸惑ったが、メルミーは相変わらずカチコチで……というか、頭が真っ白になっていて、何も聞こえていなさそうだった。
そんな私たちに向けて、学園長はどこか申し訳なさそうに話を続ける。
「こほん……それでは、試験の結果についてお話しします。実はですね、お二人とも……0点でした。カナイさんは、ご自覚があるかと思いますが……」
「はい、白紙で提出しましたので……」
隣に座るメルミーは、口をぽかんと開けてショックを受けていた。
おそらく、頑張って解答を埋めたのだろう。
そして、学園長は、意を決したように口を開いた。
「申し上げた通り、お二人とも0点でした。……しかし、今回の入学試験は、0点があまりにも多すぎて、定員が、埋まりませんでしたッ!」
「…………え?」
「そこで、調査書の内容をもとに、0点の中からお二人を、合格とさせて頂きましたッ!!!」
「…………は???」
調査書……? 調査書って、何……?
「当校を受験する際、願書と一緒に調査書を提出していただいております。もしかしたら、調査書については、ご存じないかもしれません。基本的には、ご両親が記入されますので……」
「…………はぁ」
「当校の入試では、得点が同じの場合は、調査書の内容で優劣をつけているのです。もちろん、調査書自体の裏付けを含めた精査は、厳正に行っております」
「…………ふーむ?」
「その結果、多くの0点の中から、調査書を踏まえて上位2名として選ばれたのが、カナイさんとメルミーさん、お二人なのですッ!!!」
「…………な、なるほど」
何ということだ……。
1点も取れなかった人が多すぎて、0点なのに合格しちまった……。
なんだか腑に落ちないが、不正が行われた訳ではない……のかな?
てっきり、なにか大きな力が働いて、合格になったのかと思っていた……。
すると当然、学園長が真顔になる。
「………………………………というのは、半分ウソです」
……ん?
えっ? 半分ウソなの!? どういうことーッ!?
「今回のテストは、少々事情がありまして……例年に比べて、異常に難しかったかと思いませんか?」
「た、確かに……。何だったんだ、あれ…………」
クソ難しい問題が、100問ほど出題されていたのを思い出す。
試験中に、周囲からすすりなく声が聞こえてきたほどだ。
「その理由はですね……ズバリ! あなたを合格させるためだったのです、メルミーさん!」
「ほぇッ!?」
メルミーが驚きの声をあげる。
「占術院がね……予言してしまったのですよ。いずれ来る災厄……魔王を討伐するためには、最強の勇者と、最強のタンクが王都第一学園に必要だ、と。その予言に名前が挙がったのが……メルミーさん、あなたなのですッ!」
…………いや、大きな力、働いてるじゃねーかッ!!!
おい占術院ッ! 何してくれてんだッ!!!
心の中で雄たけびを上げている私をよそに、学園長は少し申し訳なさそうに言葉を続けた。
「しかし、メルミーさん。あなたは普通に試験を受けたら……合格するのは、まず難しい。村人から合格するのは、なかなか現実的ではありません」
うーむ……。
おそらく村人の子どもたちは、足し算や引き算すら出来ない者が、大半だろう。
だからこそ、村人でありながら合格したメルミーの偉業が際立つのだが…………メルミー、0点だった……。
「それで、私たちが考えたのはこうです! まず、テストを極端に難しくして、多くの受験者が0点を取るようにします。そして、定員に達しなかった場合、0点を取った受験者の中から調査書を基に合格を決めることになります。そこで、メルミーさんを選び出すのです! これが、ギリギリ実行可能な、抜け道なのですッ!!!」
学園長が、どこか誇らしげに説明をする。
私はそれ聞いて、唖然としていた。
「わざわざ100問も用意したのは、たくさん問題があれば、1点も取れないのは『勉強不足なのでは?』という言い訳ができるからです。しかし、本当にギリギリでした。嬉しいことに、優秀な人がとても多くて、0点の枠がたったの2枠しか確保できなかったんです。本当に、ギリギリの結果でした!」
……とりあえず私は、今一番、気になっていることを質問する。
「あの………………それは、不正では…………?」
「!! いえ、違いますッ! 決して、不正などは行っていませんッ! 決してですッ! 私たちは公平に採点しておりますッ! 点数の操作も行っておりませんッ! 言い掛かりは辞めてくださいッ!!!」
私の疑問に対して、学園長は大慌てで否定した。
そして私の顔を見て、何かに気付いたように、追加で説明をする。
「あ、ちなみにカナイさんは、メルミーさんを拾い上げた後に、余っていた一枠で合格としました。実績、見ましたよ。ヒーラーだなんて、すごいですね。おめでとうございます」
「…………」
私は言葉を失い、ワナワナと震えながら顔が真っ赤に染まっていく。
そんな私を無視するように、学園長は勢いよく言葉を続けた。
「しかーし! メルミーさん! あなたの実績は……少し物足りませんッ! そこで、一つお願いがあります! 実績を増やすために、依頼を引き受けてもらえませんか? その依頼を成功させれば、合格としますッ!!!」
な、なんということだ……。
言っていることが、めちゃくちゃすぎる……。
私はどこか、呆れながら呟いた。
「後から実績を作るのなら、それはもう、不正だろー……」
「!! いえ、違いますッ! 不正ではありません! 見方によっては、ちょっと実績が弱いようにも思えるかもしれませんが、全然問題ありません! 現時点でも、全然合格です! これは、個人的に依頼しているだけです! 不正ではありませんッ!!! 公平ですッ!!!」
「…………」
この学校、大丈夫だろうか……。
というか、学園長こと、セリナさん……こういう感じのキャラだったんですね……。
これでポンコツではない有能枠なのだから、世の中は不思議である。
「と、とにかくッ! 依頼を受けてくださいッ! メルミーさんッ! ……う、受けろッ! 実績がゴブリン討伐だけでは、弱いのですよッ!!!」
身を乗り出して説得する学園長に、メルミーが恐る恐る尋ねた。
「い、依頼って言われても……どんな事をするのらっ!?」
学園長が軽い調子で答える。
「いえ、なに、簡単なことですよ。ちょっと山の方にあるダンジョンに行って、モンスターを狩ってくるだけです。簡単です、ええ、簡単です」
「ダンジョン……? わ、私にできるのらっ!?」
「ええ! できます! メルミーさんなら、必ず攻略可能だと思います!」
「うーっ! 自信ないのら……」
メルミーは不安そうにしていた。
しかし安心したまえ。どんなダンジョンかは知らないが、メルミーなら余裕でクリア可能だろう。
なぜなら、メルミーの能力は、普通にぶっ壊れているからだ。
私は合格した裏の事情も知れたし、机に置かれているお茶を飲みながら、帰り支度を始めていた。
「大丈夫ですよ! 占術院がメルミーさんの名前を出したということは、才能があるということです! 自信を持ってください! ………………そうだ! カナイさん! あなたもサポートで、付いて行ってあげてくださいッ!!!」
ブーーーーーーーッ!?
私は、お茶を吹き出してしまった。
「は、はぁっ!? 嫌ですよー! 私は関係ないでしょーッ!?」
慌てて拒否する私の腕に、メルミーは縋りついてきた。
「お、お願いなのらっ! カナイちゃんっ! 私と一緒に、協力してほしいのらっ! 他に、頼れる人がいないのら……!」
「そ、そんなこと言われてもー! 私、ダンジョン潜ったことないんだよーッ!?」
必死に断ろうとする私に、学園長が目を大きく見開き、熱弁を振るう。
「カナイさん! どうか人助け……いや、世界を救うと思って、協力してくださいッ! ……カナイさん、あなたは良いですよ? 素晴らしい実績がありますものねッ! でも、メルミーさんは違いますッ! このまま合格となれば、間違いなく不正を疑われますッ! 実績が、必要なのですッ!!!」
学園長は立ち上がると、面食らっている私の肩に両手を置き、がくがくと揺らしながら、叫んだ。
「文句は占術院に言ってくださいッ! 私だって、被害者ですッ!!!」
……私は、原作知識があるからこそ、学園長や占術院のいう、「メルミーがいるかいないかで世界の命運が変わる」というのが、嘘ではないと理解できてしまう。
だが、私は……怖いのだ。
世界のために必要というのは、十分に理解が出来る。
それでも何か、私を突き動かす、最後の何かが必要だった。
そんな私に何かを感じたのか、メルミーが覚悟を決めた表情で、告げる。
「………………もし合格出来たら、私を、好きにしていいのらっ!!!」
「まかせろよー!」
この世界に転生してから、早12年。
私は初めて、ダンジョンに潜ることが決定した。