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モブの野望2

 王都第一学園のエントランスホールは、一言で表すなら、まさに「権威」そのものだった。


 床には高級感漂う大理石が敷かれ、天井には豪華なシャンデリアが吊るされている。

 光を反射して煌びやかな雰囲気を放ち、その荘厳な空間には多くの子供たちがひしめき合っていた。

 もしもこのホールが子供たちで溢れかえっていなければ、まるで学園ではなく、豪華な王宮の一角に迷い込んだのかと錯覚してしまいそうだ。

 彼らは、装飾がふんだんに施された高貴な服装から、リネンのシャツに革靴といった一般市民の服装まで、多種多様なスタイルで身を包んいた。

 しかし皆一様に、それぞれの表情には期待と不安が入り混じっている。


 人混みをどうにか掻い潜りながら、私は中央に置かれた立て看板の前にたどり着いた。

 目の前に掲げられた看板には、受験会場までの道筋が細かく図示されている。

 その下には大きな文字で「学園内で魔法を使用した者はカンニングとみなす」と書かれていた。

 試験中にお腹が痛くなっても、ヒール魔法すら使えないことに、私は少しだけ不安を覚える。


「えっと、こっちに行けばいいのかな……? み、見えない……」


 行き先の方向を目視するために、私はその場で必死につま先立ちをする。

 しかしそれでも、自分の身長が低いため、視界は人々の背中や肩で塞がれてしまっていた。

 こういう時に、視界が狭く、周りの子供たちに簡単に押し流されてしまう自分の小さな体が、どれほど頼りない存在であるかを痛感させられる。


 自分の無力感を紛らわせるように、今ここでチェーンソーを持って暴れたら、私が取り押さえられるまでに何キルできるかな~と猟奇的な妄想をしながら、どうにか目的地までの道順を確認する。

 私は試験会場に指定されている大広間を目指して、人込みの間隙を縫って歩き出した。


 エントランスホールを抜け、石畳の長廊下に出ると、人の数は大分マシになっていた。

 それでも結構な人数はいるが、先ほどまでと比べれば格段に歩きやすくなるなり、自由を噛みしめるようにフルスロットルで大広間に向かって歩き出す。

 ――すると突然、私は後ろからドロップキックを食らい、前方に大きく蹴り飛ばされる。


「ぐぇっ!?」


 体重の軽い私は大きく吹っ飛び、その勢いで鞄の中身が地面に散らばる。

 そして私のことを蹴とばした少年は、歪んだ笑顔をこちらに向けながら言葉を発した。


「ギャハハハハ! くたばれッ! イカれたチビ女めッ! 死ねッ!!!」


 そういうと、少年は人混みに紛れ、どこかに去っていった。

 私はその少年に見覚えがあった。先ほど、私の父に怒鳴られてビンタされていた子だ。


「……」


 涙がこみ上げてくるのを必死にこらえながら、私は無言で散らばった筆記用具やノートを拾い集め、鞄に戻していく。

 ただ、痛みとやるせなさで、我慢できずにその場でポロポロと泣いてしまった。



 カナイの人生において、突然暴力を振るわれることは、日常茶飯事のことだった。

 両親が至るところで恨みを買っているせいで、その憎しみがより弱い私に向けられるのだ。

 しかも、ほとんどの場合、全く見知らぬ人から、いきなり暴力を受けるのである。

 それに比べれば、今回はまだマシな方だろう。


 私の両親は、こう見えても魔道具を取り扱う商人をしていた。

 しかし、それは表の顔に過ぎず、裏ではあらゆる犯罪行為に手を染めているのだ。

 奴隷の売買、詐欺、禁制品の製造、人攫いなど、弁解の余地がないほどの犯罪者である。

(これらは原作の知識ではなく、私が家宅捜索をして、個人的に発覚したことだ)


 私が享受しているこの生活は、無数の血と怨嗟によって塗り固められている。

 そのことを知りながらも、どうにか現実から目を逸らし、日々を生きているのだ。

 私が暴行を甘んじて受け入れているのは、その贖罪でもあった。


 ……私は思うのだ。

 原作でカナイちゃんが、存在感のないモブだったのは、あれは自らの意思でそうしていたのではないか、と。

 こんな理不尽な扱いを日常的に受けていたら、存在感をとにかく薄くする生き方を選ぶのも、理解ができるのだ。もしくは、死ぬほどグレるとか……。


 でも私は、そんな生き方では納得できない。

 カナイちゃんなら、もっと、キラキラした人生を歩めたはずだ。


 私が、カナイちゃんの無念を晴らす。

 スクールカーストの頂点に君臨して、一等星として、ナンバーワンの輝きを放つのだ。


 そして、私が学園を卒業したら、両親の悪行を全て公表して、一緒に地獄に堕ちる。

 これが、本当の家族愛ってものじゃないかな?



 私は顔を上げ、再び歩き出す。




 § § §




 王都第一学園は、まるで壮麗な宮殿のように広大だった。

 生徒数を考慮すると、その広さは明らかに過剰に感じられるが、大勢の受験者で賑わう今となっては、この広さがちょうど良いように思える。

 しかし、この広大な敷地には明確な理由があった。

 実はこの学園には、私がこれから受験する中等部だけでなく、高等部やさらに上の研究機関も存在するのだ。

 その上、食堂や商業施設も併設されており、ここを職場とする民間人も多く、これが、王都第一学園が一つの街のようだと言われる所以だろう。



 ジンジンと痛む腕を哀しげにさすりながら、石畳の長廊下を歩き続けていると、今の私の気持ちとは対照的に、この学園がいかに華やかで格式高い場所であるかが、ひしひしと伝わってきた。

 天井には豪華なシャンデリアが煌めき、壁には歴代の学園長や王族たちの肖像が飾られ、地面には「案内の石」という魔道具が埋め込まれている。

 これは、通行者が近づくとその周囲に光の矢印が浮かび上がり、目的地までの道筋を示してくれるというものである。……これ、エントランスホールに設置してよ。


 受験会場である大広間はやたらと遠く、ともに歩いていた受験者の数も、奥に進むにつれてどんどんと減っていく。

 それでも歩き続けること20分、私はようやく、試験会場である大広間の入り口に辿り着いた。

 すると近くに立っていた、全身を黒いマントで覆った男が、私に声を掛けてきた。


「受験票を出しなさい」


「あ、はい」


 受験票を手渡すと、男は手に持っていたマジックタブレット――電気の代わりに魔力を動力とするタブレット端末だ――に、情報を打ち込む。


「カナイさん……ですね。はい、問題ありません。受験票に記載されている番号で着席し、試験開始までお待ち下さい」


 照合が済んだようで、大広間に入るように促される。


「はい、ありがとうございます」


 全身黒ずくめで非常に怪しい見た目だが、こう見えても彼らは、本日の試験官であった。

 ……これは原作知識になるのだが、実は王都第一学園の試験官の中には、グリム王国の暗部に所属する者たちが混ざっているのだ。

 というのも、この王都第一学園には、王族を筆頭にありとあらゆるVIPが試験を受けに来るため、学園内で何か問題が発生しようものなら、非常にまずいことになる。

 そこで学園は、王国に協力を要請し、諜報や暗殺のプロ集団である暗部が、護衛と、ついでに不正の見張りを行うことになった、という経緯があった。


 扉を開けて大広間の中に入ると、たくさんの机がずらりと並んでいる。

 そしてすでに、そこにはもう大勢の子供たちが着席していた。

 異質なのは、みんな年端もいかない少年少女なのにも関わらず、そこに喧噪さが一切ないことだろう。

 むしろ呼吸をすることさえ気を使ってしまうような、異様なほどの静まりであった。

 それも仕方がないことなのかもしれない。


 ここに集まっている子供たちは、みんな、真剣なのだ。

 子供ながらに、この学園に入れるかどうかで、人生が大きく変わってしまうと理解しているのだ。

 もちろん、箸にも棒にもかからない、逆立ちしても受かるわけがない人も中にはいる。

 それとは反対に、この超難関試験ですらも余裕で合格できてしまうような、ホリギフの主人公を筆頭としたトップオブトップ層もいるだろう。

 しかし大半は、本気で受かるために努力研鑽を積み上げて、どうにかボーダー争いができるぐらいまでに仕上げてきた、当落線上の付近で戦っている者たちなのだ。

 まるで戦場にいるような、本気で人生をかけて戦っている者達がみせる、鬼気迫る表情。

 私はそれを見て、思わず息をのむ――ということはなく、嘲笑を浮かべていた。


 なぜなら、コイツらの顔に、私は全く見覚えがないからだ。

 それは即ち、コイツらは全員、もれなく不合格になる、ということを意味していた。


 プークスクスw


 モブ扱いを受けていた私にも劣るような、ゴミカス雑魚ピーマン共に、私はビビったりしないのである。

(私はこの体に転生してからピーマンが大の苦手になったので、ピーマンというのは最大限の侮辱である)


 さっき少年に泣かされたことはすっかり忘れ、肩で風を切りながら通路を歩き、最高の気分で自分の席に着席する。


 すると、私の右隣に座っていた金髪ツインテールの少女が、柔らかな笑顔で声をかけてきた。


「こんにちは! お互い合格できるように、頑張りましょうね!」


 私はその少女をじっと見つめる。うん、知らない顔だ。

 私は下卑た笑みを浮かべながら、彼女に返事をする。


「いや、私は受かるけど、そっちは落ちるよー? 間違いなくね! アハハハハwww」


 少女は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 その数秒後にワナワナと震えだし、「なによ!」と言いながら、そっぽを向いてしまう。


 前世17歳+現世12歳で、実質29歳の大人が、12歳の子供を相手に、本気で刺しに行く。

 どうだ? 私が怖いだろう?

 大人を舐めるなよ、クソガキ共が。


 テストの準備を済ませると、テストの開始までにはまだ時間があった。

 私はおもむろに席を立ちあがり、改めて周囲をキョロキョロと見渡してみる。


 すると、少し離れた席に、頬杖をついている赤い髪色の爽やかなイケメンを見つけた。



 心臓が止まるかと思った。

 あれは、間違いなく、ホリギフの主人公『アッシュ』であった。


 私は感動で打ち震えた。

 初めて、ホリギフに登場する原作キャラクターを、この目で拝むことができたのだ。

 もちろん見慣れた私のモブ顔なんてノーカンだ。

 そんなのではなく、画面越しに見ることしかなかった、世界の主人公。

 それが生きて、そこに存在しているのだ。


 私は生まれて初めて、主人公やヒロインたちが生きる姿を拝めるのならば、この王都第一学園に受かるのも悪くないかもしれない、そう思えたのだ。


 キラキラな人生を歩んで原作カナイちゃんの無念を晴らすとか、普通にどうでもよくなった。

 カナイ、お前はモブでいい。


 それほどまでに、私は感動したのだった。



 ホリギフの主人公であるアッシュは、困っている人がいたら放っておけないような、まさに主人公といった男だ。

 彼は数々の困難をヒロインたちと共に乗り越え、最終的には勇者として認められ、魔王を討伐して世界を救うという偉業を成し遂げる。

 しかも、ただ強いだけの脳筋ではなく、王都第一学園には首席で合格するという非の打ち所のない人物だ。

 年下の子供たちをどうにか集めて威張り散らすことを考えている私とは、そもそも生物としての格が違いすぎた。もはや、比べることすら烏滸がましい。


 なめるようにジロジロと見ていたら、アッシュが視線に気付き、私と目が合った。

 一瞬、キョトンとした表情を浮かべていたが、すぐにニコッとイケメンスマイルを見せる。

 白い歯が、キラリと光っていた。

 これから試験を受けるというこの状況で、この余裕である。流石は将来、ハーレムを作り上げる男であった。



 ……なんだか気まずくなったので視線を外し、再び周囲をキョロキョロと見渡してみる。

 すると、青い髪色の少女が、訝しむ目でこちらをみていた。


 私はその姿を見て、思わず息をのむ。

 間違いない! 彼女は、ホリギフのメインヒロイン『エレノア』だ!

 そしてこのエレノアこそが、私の最推しキャラクターなのだ!


 青髪のロングヘア―を一つ結びでまとめた彼女は、由緒ある武士の一族であった。

 主人公のアッシュと共に、数多の難関ダンジョンを踏破していき、最終的にはアッシュの相棒として魔王を討伐するなど、家柄、実力、容姿、どれをとっても最強である。

 まさにスクールカースト最上位の、1軍キラキラ女子の筆頭だ。

 エレノアからすれば、私など塵芥も同然であった。彼女が一瞥するだけで、私の机は校庭に投げ捨てられるだろう。

 そしてアッシュに惚れ込むのが一番早い、ハーレムメンバーの1号でもある。


 私はこの、アッシュとエレノアのコンビが好きだった。

 二人は学園で初めて出会うため、現時点では2人に接点はないはずだが、いずれ最強タッグになるであろうこの二人が、私と同じ空間にいるというのは、とても感慨深いものがあった。



 ――そして、改めて、痛感させられた。

 

 私は、巨大な歯車の中の小さな歯に過ぎないのだ、と。


 アッシュとメインヒロインたちの、大きな歯車が回り始めるとき、私はただそれを眺めるしかないのだ、と。


 この世界は、主人公とそのヒロインたちを中心に回っているのだ、と。


 ……私では、決して敵わないのだ、と。



 私は無言で着席し、気がつけば、机の上に置いてある消しゴムに、無心で鉛筆を刺していた。

 プスプスと、執拗に。

 私の中に湧きあがる羨望、嫉妬、諦観の、捌け口にするように――



 自分の嫌な部分から目を逸らしていると、全身を黒いマントで覆った試験官が、10人ほどだろうか? ゾロゾロと教室の中に入ってきた。


 私は気持ちを切り替える。

 原作と違って、私はもう、主人公やヒロインたちには関わらないのだ。


 それに……一度だって忘れたことは無い。原作カナイちゃんの無念は、私が晴らすのだ!


 試験官の一人が注意事項の説明を始め、テスト用紙が配られる。

 あとはテストの開始を待つだけになったので、私は改めて、試験の方針を思い出していた。


 王都第一学園ではモブになるため、わざと不合格になる。そして第二志望の学校で天下を取る。しかし不合格になるにしても、あまりにも不甲斐ない点数だと親に修道院送りにされてしまう。そのため、ギリギリ落ちるぐらいの点数を狙う。


 この世界に転生してから、なんだかんだみっちりと勉強はしてきたのだ。

 私なら上手くやれると、気合を入れる。すると、ちょうどテストの開始時刻となった。



 試験官から、テスト開始の号令がかかり、一斉に紙がめくられる。

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