20:文章
いくら事実であっても信憑性が無ければ嘘と相違無いです。
神楽ちゃんは黒く深い双眸で俺をじっと見ている。
黒い瞳に吸い込まれる……いや、飲み込まれ沈んでしまいそうな黒い瞳だ。
「……」
「……」
すると神楽ちゃんは、昨日からテーブルに置いたままの自らの名前が書かれているルーズリーフとペンを取り、何か書き始めた。
随分長く書いている。
暇を持て余した俺はテレビを観る。
……。
つまらん。
テレビをしばらく見ていると、文章を書き上げたらしく、ルーズリーフを俺に差し出してきた。
読む。
『先ずは昨夜の騒動について謝罪させていただきます。京さん、申し訳ありませんでした。
狼男さんの言っていた事から想像がつくとは思いますが、私は此方の世界の人間ではありません。
突然、この様な事を伝えても信じられないと思います。でも、本当の事です。
彼方、簡単に表すと異世界・平行世界と捉えていただいても結構です。彼方は可能性の一つを体現した世界です。勿論、此方の世界もです。
分かれ道を右に進むか、左に進むかの僅かな違いの世界です。
此方の世界は科学が進歩し、私の居た彼方の世界は術式、所謂魔法や魔術が進歩した世界です。
狼男さんは自らの腕を代償として男性を召喚しました。私も同じ様に此方の世界に来ました。
先程、平行世界と表しましたが、あくまでも可能性の分岐の一つです。しかし些細な違いから全てが変わっています。
ただ、人については一概には言えません。
話は変わりますが、人には魂と魄があります。
平行世界に於いては、魄という器が違えど、魂は変わりません。
私は魂を頼りに、お父さんに辿り着きました。あとは、京さんの御存知の通りです。
勿論、肉親ではありませんが、魂の繋がりとしては歴とした親子です。
狼男さんについては、詳細を伝えるには長くなるのですが、簡潔に表すと私たち人間の敵です。
此方の世界では科学が謎を解明するように、彼方の世界では魔法が謎を解明していきました。
魔法が解明したもの、それは人ならざるもの、即ち魔です。
それは程度は違えど些細な害という程度でした。
しかし、解明される度に人々に認識され、明確なものとなり、力を得て、世界に顕現し始めたのです。
魔は人々を脅かし、侵攻を始めました。
私はその侵攻から一時的に此方に匿われるために来ました。期限は48時間。
明日の明け方には此方の世界からは消えてしまいます。
昨夜の様な事はもう無いと思います。よってこれ以上巻き込むことはありません。
巻き込んでしまい大変申し訳ありませんでした』
字が超達筆!
独り言の名を借りた質問に答えた上に随分な大作だな!!
内容は……幻想的で科学的で……、何とまぁ。
読み終えた俺が何も言い返せずに暫く神楽ちゃんの顔を黙って見ていると、静寂を破るように樒が帰ってきた。
樒、ナイスタイミング!
……さて、飯のために準備を手伝うかな。
飯の準備の間、神楽ちゃんは少し余所余所しかったが、俺から話し掛けると余所余所しさは次第に無くなっていった。
飯を食べた後少しだけ寛ぎ、樒に帰ることを告げる。
帰り際に、また神楽ちゃんが外まで見送りに来てくれた。
樒は洗い物をしている。
昨日の別れ際同様に、また神楽ちゃんの頭を撫でる。
髪すんげぇ柔らかい。
「じゃあな。暫くは親子水入らずの時間を楽しんでくれ」
軽く茶化してその場を離れる。
数歩進んだ時、不意に
「ありがとうございます」
声が聞こえた。
振り返って見ると、神楽ちゃんは優しく笑っていた。
……初めて聞いたな、神楽ちゃんの声。
「ありがとうございました、京さん」
「……気にするな。俺は何もしてないさ」
「でも……ありがとうございました」
言葉遣い丁寧だな。
「どーいたしまして」
気恥ずかしくなりながらも返す。
「感謝の気持ちだけは伝えたかったんです……引き留めてしまって申し訳ありません。では……さようなら、京さん」
「……ああ、 ま た な」
『またな』を強調して答える。
神楽ちゃんは数瞬止まると、すぐに俺の意図を理解したらしく破顔一笑。
「はいっ!」
「あ……、あと俺の事はミーちゃんって呼んでくれよ?」
俺は笑いながらその場を後にした。
話半分で後悔するリスクを軽減します。