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ショックな展開があるのでホラー嫌な人はオススメできません。
私は灯純とは少しずつ距離を取ろうと、翌日起きてから作戦を決行することにした。
いきなりだと何で?とまた来られるだろうし…徐々にさり気なく距離を置くしかないと思った。
仲良かったけど段々と疎遠になるなんて学生の間ではよくある事だしね。
そんなノリを目指して頑張っていこう。
そしてさり気なく、灯純の人間関係が健康的であるようヤバい物を送ってくるようなメンヘラから遠ざけなきゃ。
私一人で出来る事はしれてるから自信はないけど、それでもやらないよりはマシだと悩みすぎるのは止めることにした。
そして灯純の部活助っ人も終わり、放課後は葉里と私と灯純とで過ごすことがまた増えた。
3人で下らない話をしたり、普通の学生のように過ごしていた。
そんな日常の中に新しい出会いがあった。
「あの、すいません!」
と可愛らしい声で話しかけてきた女の子がいた。
目は灯純を捕らえている。私は彼女の制服を見て驚いた。
(うへぇー、私立のお金持ち校の生徒じゃん。育ち良さそうだなぁ)
彼女は、真っ赤な顔で灯純を見ていると
「わ、私…八条薗紫吹と申します。突然お声をかけてすいません」
と、ワタワタしている。私はその様子が可愛くて
(慌てて可愛いなぁ)
と見ていた。葉里は灯純の様子をチラリと見た。私もそれに倣い灯純を見るとただその子を見ているだけだ。
「あの、本当に不躾では御座いますが…私…いつも帰り道で貴方をお見かけしていて…是非お友達になりたいと思いますの!本当に突然ですが、お友達になって下さいませんか?!」
と、丁寧に灯純にお願いをしている彼女に私は
(これまでのメンヘラガールズ達よりよっぽど良い子に見えるなぁ…)
私は何も言わない灯純を見て
「灯純?ほら、お返事しなきゃ」
と促した。灯純はふぅと溜め息を吐いて
「…あのさ、そんな急に言われても怖いから。何かごめんね」
と、サラッと返事をするとさっさと歩き出そうと私の手を引いて
「行くよ」
と歩き出そうとする。私は
「え?ちょっ…、いいの?」
「菜子、灯純がいいなら無理強いしない方が良い」
と葉里にも言われた。
私はチラリと、その子を振り返ったがポロポロと涙を流している。私の心はズキズキと傷んだ。
(あーっ!そのつもり無いにしても言い方ってものがあるんじゃないのかなぁ?!)
私は何だか罪悪感の様なものを感じてしまい、その日は何となくモヤモヤしていた。
その日、灯純は私の家にまだ避難してるので一緒に帰っていた。
「灯純、何か…今日の事なんだけどさぁ、もう少し言い方を柔らかくしたら?きっと勇気を振り絞って声をかけたわけなんだし…」
「…そうしたら菜子は満足する?」
「私が満足っていうか、何と言うか…私のことじゃないけど、一生懸命に思いを伝えてくれたんだからソフトにお返事するくらい良いんじゃないかなって思ったんだけど…あの言い方じゃあの子傷ついちゃうよ」
「俺が皆に優しくて、平和的な奴だったら良いってこと?」
「灯純は元から友達とか周りの人には優しいじゃん、無闇に喧嘩もしないし。ただ、その優しさをもう少〜し他人にも見せてあげたらいいかなって、思っただけで…ごめんね!灯純が酷いとかそうじゃなくて、他人に対して灯純は警戒しただけかも知れないけど…他人が皆悪い人って事は無いと思うから、悪意のない人にはそこまで警戒しなくてもって事で〜!」
「フフフ…」
「あ、ごめんね。本当に私余計なお世話だよね…」
灯純を責めるような言い方になったのは良くなかったよね、何だか言い訳みたいなのをベラベラと一人で話して馬鹿みたいだな。
突然、灯純はニコリと笑って
「菜子は、可愛いね」
「は?」
「分かった。菜子がそうしろって言うならそうするよ」
「いや、私がっていうより…灯純の考えもあるのに私が勝手に口出ししたから…」
灯純は私の前に急に来ると、向かい合う形で左手を取りキュッと大事そうに両手で握る。
「俺ね、菜子がそうしてって言うなら全然それで構わないんだよ?俺と居てくれるなら何だって耐えられる、まぁ菜子は優しいから俺が嫌がる事は無理強いしないからそこは安心なんだけど…」
灯純は私の左手を自分の左手に乗せ、私の左手の薬指をそっと右手でなぞると意味ありげな笑みを見せた。
「菜子、俺になにかして欲しい事とか、して欲しくない事があれば言ってね?菜子が嫌なことはしたくないし、嫌われたくないんだ。でないと…」
「な…に?」
灯純が怖くて声が上ずる、うっとりとした美しい笑みなのに目は鈍い光を放っている。
私を見てる灯純が怖い、その真っ黒な瞳に捕らわれると足がすくむ、逃げたいのに逃げてはいけないような不思議な感覚に陥っていた。
きっと、私を簡単に殺せてしまうだろうと本能的に思った。
瞬間、私を抱き締めて後頭部を逃げられないように押さえられた。
「俺、ぶっ壊れちゃうかもしれないなぁ」
と楽しそうに釘を刺すように私の耳元で呟いた。
「ヒッ…」
と声を何とか押さえた私に灯純は力を弱めることなく
「だからぁ…菜子?」
「はい?」
「俺と付き合ってくれるよね?」
「え?」
「付き合ってくれるよね?」
「そ、そんな急に言われても…」
すると灯純は途端に
「駄目なの…?」
と、あまりにも弱々しく私に縋る。今にも溢れそうな涙を瞳に蓄えて私を見つめてくる。
「な、泣かないでよ…」
何だか罪悪感が込み上げてくる。とうとう涙が私の頬を伝った。
「ごめん、汚いよね…。ごめんね、嫌だよね俺みたいなの…菜子が優しいから俺、甘えちゃって…ごめんね、ごめんね」
と、私の頬を制服の袖で拭いている。その間もポロポロと涙が止まらないのか、段々としゃくり上げるような泣き方になり小さい頃の灯純を思い出した。
「汚くないよ!泣かないで!」
「もう、おっ、俺嫌われちゃったよね!ごめんなさい、ごめんなさい!!」
大きな体で私に縋る灯純は、きっと愛が何なのかとか甘え方が未だにわからないんだ。
だから迫るような表現しか出来なかったのかも…。
本当は親から与えられるものを与えられなかった結果なのだとしたら彼を強くは責められない。
「灯純の事汚いなんて思わないよ、それに…確かにビックリしたけど嫌いにならないよ。灯純が甘えるの苦手なの分かってるよ?だから…甘え方とか、相手への伝え方とか今から練習したらいいんだよ!ね?」
「で…でも、どうやって?」
「私とでも良いし、まずは練習しよう?ね?ほら、大丈夫だから泣かないでよ。私まで悲しくなるよ」
と、灯純を慰めていると灯純は少しずつ泣き止んで
「じゃあ、練習していい?」
「うん」
「俺を抱きしめて?それから、大好きって言って欲しい」
とまだグズグズの顔で幼子のようなお願いをする。
「(大きくなったと思ってもまだ甘えたいのかなぁ?)…わかった。おいで灯純」
ここは母親の気持ちのようになって灯純を受け入れよう。
私が練習とか言い出しちゃったんだし。
灯純がおずおずと私の所へ来ると、大きくなった灯純を抱きしめた。
「灯純、大好きだよ?だから、心配しないで?」
と微笑んだ。灯純もようやく微笑んで
「ありがとう、菜子。ごめんね」
と照れたようにはにかんで笑う。チクショウ顔が良すぎて眩しい。
「ううん、帰ろう?」
二人で私の家に帰る、灯純のメンタルはまだまだ不安定だ。
これから先、練習を通して少しでも普通の人生を送れるように私にできる事をしていくしかないようだ。
徐々に離れられるのはまだ先になりそうだなと、こっそり溜め息を吐いた。
家に帰ると婆さんが布団で横になっていた。
「大丈夫?調子悪いの?」
「菜子ちゃん、大丈夫よ。少し…疲れただけだからね」
婆さんは、だんだんと体力がなくなって寝てることが多かった。
年齢も年齢だから仕方ないのだけど…心配だ。
灯純も心配そうに見ていた。
「調子悪そうだね…」
「うん、入院は絶対にしないって。死ぬなら家で死にたいからって聞いてくれないの」
「そうなんだ…」
「一応お医者さんが来てくれてるけど…あまり長くないって」
婆さんには本当に世話になった。
懐の深い優しい人で、灯純受け入れてくれたし、亡くなった私の両親に代わり育てて大事にしてくれた。
「…」
私を心配して私の肩を抱き寄せた灯純
「俺も居るから、頼ってよ。いつも俺が助けてもらってるんだから」
「うん…」
婆さんが心配だ…暫くは早く帰るようにしよう。
私はそれから学校が終わると早く帰ったり、心配な時は学校を休んで婆さんを見ていた。
「こんな婆さんの事は気にしなくて大丈夫よ?」
と言ってるが
「気にするよ、婆さんこそ気にしないで休んでてよ」
「はいはい」
婆さんは亡くなる事が何となく分かっていたのか身の回りのことを私に話し始めた。
通帳の場所や自分の遺産の事、両親の残してくれた財産の事。家の事や死んだらこうして欲しいという希望を言うようになった。
私はだんだんと学校を休みがちになった。
その頃には灯純は母親と彼氏が分かれたので家に戻れるようになった。
灯純や葉里が気にして訪ねてきてくれた。
プリントを届けてくれたり、婆さんの顔を見に来てくれていた。
その度に婆さんは
「ありがとう、菜子ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」
とニコニコしてくれていた。
近所の人や先生が訪ねてきた時もニコニコしていて
「菜子に何かあったらよろしくお願いします」
と頼む姿に私は泣きそうになった。婆さんはずーっと優しかった。
中学の後半はあまり学校には行かなくなった。
勉強はしていたけど、婆さんが一人で逝ってしまわないよう見守ることしかできなかった。
そして、中学の卒業式も終わり春休みを迎えた。
私は一応公立の高校を受験して無事に合格することができた。葉里は家業を継ぐため工業高校に行くと言っていた。
「男ばっかだから彼女できないかもなぁ」
とぼやいていた、灯純は特待生で私立に受かったと聞いた。やっぱり賢いんだな灯純は。
婆さんに高校受かったよと言うと
「よかったね…」
と微笑んでいた。婆さんはそうして春休み中に静かに息を引き取った。
婆さんの葬式は静かでこじんまりとしていた。
子供は私の父だけだったので、身内はあまり親しくない親戚が数名来ていた。
灯純と葉里も駆けつけてくれて、葉里の親御さんや近所の人や先生等の周りの大人は私を心配して葬式の用意をしてくれていた。
バタバタと葬儀を何とか終えたので遺品の整理をしていると、婆さんの日記が出てきた。
「古い日記…」
そこには父の事が書かれていた、婆さんにとって父は自慢だったんだなと分かった。
父は亡き祖父に似てとても良くできた人だったらしい。
婆さんは旦那と息子が大好きだったんだな。
そうして読み進めていくと、私の母が出てきた。
母は父の会社で働いていた通訳の人だったらしい。
アジア系と北欧系のハーフだった母の話は婆さんからあまり聞いたことがなかったな。
父の話はたまに出てきたけど…。
私が寂しがらないようにと気を使っていたのかもしれないなと考え再び読み始めた。
【あんな派手な見た目の娘を連れてくるとはおもわなかった。あの子に相応しい人はいくらでもいたのに…】
日記のその一文に固まる…。母を嫌っていたのか…?
読み進めていくと母の文句ばかりだ。
【日本の文化を分かっていない。
理由のわからない料理ばかり作って息子の健康を害している。
息子を派手な見た目でそそのかしたに違いない。
礼儀のなっていない嫁で、息子が可哀相だ。
離婚したらいいのに。】
私は婆さんの日記が信じられなかった。
あんなに温厚で優しかったのに…、息子を取られたヤキモチみたいなものがあったのだろうか?
信じられない気持ちで読んでいく。
【とうとう子ができたらしい…なんということだ。
あの嫁との子なんて…流れてしまえばいいのに】
その文章に背筋が冷たくなる、あの優しかった婆さんはドコだ?あれは全部嘘だったのか?
【産まれた、あれは菜子と名付けたそうだ。菜の花のように美しく穏やかであれと願ったそうだ。あの女と似た派手な見た目…けど、どことなく息子の面影もある。愛しいような憎たらしいような…】
私のことだ…震えながらページをめくる。
【息子と嫁が死んだ、嫁だけ死ねばよかったのに…。私の大事な息子…】
【菜子を引き取った、憎たらしいのに…眼差しが息子と似ている】
【引き取ったが毎日泣いている、鬱陶しい】
鬱陶しいという言葉に胸がズキズキと痛む。
確かに高齢の婆さんには負担だったろう…。
【菜子を見ると愛らしくて憎たらしくて、どうすれば良いのか分からなくなる時がある。
だから…思わずやってしまった。バタバタと暴れて動かなくなった、明日は警察に行こう。もう私の大事な人はどこにもいないのだから…】
私はヒュッと息を呑んだ…、まさか、まさか。
婆さんは…私を殺した?
【今日…菜子は目を覚ました。確かに息の根を止めたはず…なのに騒ぐことなく私を見つめて「おはよう」と言った。更に「寝ててもいいよ」と泣きわめいていた子とは思えない言葉を発していた】
あの日、私がここで目を覚ました日だ。
本当の菜子ちゃんは婆さんが殺していたのか?
何て事だ…そんな素振り一度だって…。
婆さんの遺影が途端に怖くなった。
【菜子、あれは本当に菜子なのか?まるで別人のようで怖い…大人びた目に言葉。
菜子であって菜子ではないのかも…あの時、何かが起きたのか?】
婆さんは私に違和感を持っていたのか…。
【あの子は何者だ?私に復讐でもするのだろうか?あの子が怖い…何を考えているのか?
けれど、私に笑顔を見せる。あの女とそっくりだけど眼差しは息子のような見た目で私に微笑む。これは天罰なのだろうか】
段々と文章は弱々しいものになっていく。
【これはきっと、私への罰だ。身勝手に幼子を殺したから…だから蘇ったあの子に監視されてるのかも知れない。けれど、あの子はとても優しい…こんな鬼ババァに優しくしてくれる】
【とうとう…あの世から迎えが来る頃かもしれない。菜子には悪いことをした…嫁にも…本当に私は鬼だ。息子可愛さに何というおぞましい考えをしていたのか…】
【この日記は残しておく、私の本性をあの子が知ってどう思うかは分からないが…本当は泣いてもらえるほどの人間ではないのだ…だから、鬼ババァとして私を嫌ってほしい。私の死なんか捨て置いてほしい…】
日記の最後を読んで私は日記を閉じた…。
「ハードすぎでしょ…」
あの日、本物の菜子は死んでいて私が乗り移った?事を内心気づいていて懺悔したり怖がったりしていたって事だよね…。
何なのいったい。
死んだ体に何で私の魂が入ったのかは知らないけれど婆さんの闇が深すぎてしばらく立ち直れそうにない。
私はその日食欲もなく、眠りにつくことにした。
あの日記は婆さんが使っていた部屋の押し入れの奥底に押し込んだ。