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今巷でイケメン過ぎる殺人犯として、ニュースを賑わせている画面の男、阿炎灯純。他者を害する事を何とも思わず暴行、恐喝、詐欺、窃盗、殺人…様々な犯罪を犯している。
しかし、その顔のおかげか余りにも素敵過ぎる殺人鬼としてファンクラブができ、彼を釈放するよう署名活動や無実を訴える女性たちが現れた。
連日大量のラブレターが阿炎の元に送られているという。面会を求める女性の群れで拘置所の前は騒がしいと報道されたりもしていた。
彼女達は阿炎に魅せられた阿炎ガールと呼ばれ、阿炎の釈放を願い阿炎と結婚したい、彼に愛を教えてあげたい等…常軌を逸しているように思える程阿炎に魅せられていた。
そんな私は阿炎灯純に迷惑している。
理由は、拘置所の道を挟んで向かいに住んでいるからだ。家賃が安くて静かな場所だったのに…。
「灯純くーん!会いたいよ〜!」
「私の手紙読んでくれた〜?裁判見に行くね〜!」
「獄中結婚させてー!」
と、阿炎に塀の向こうから訴えかける阿炎ガールズ。
今日は10人くらいか…、いつもよりマシか。
酷いと50人くらい来るからなアイツ等。
阿炎ガールズの熱は本当に凄い、何度か阿炎の近くに少しでもいたいからこのアパートに住ませろと阿炎ガールズが攻めてきた事があった。
私は居留守を決め込み息を潜めていたが、お隣さんが襲撃されて大変そうだった。
壁の薄いボロアパートなのでガールズとお隣さんの会話がよーく聞こえた。
「灯純くんの側に少しでもいたいの!」
「は?」
「お願いします!出ていってください!」
「お前等、頭オカシイだろ。馬鹿か!散れ!」
「本気の恋なんです!灯純くんの為に、お願いします!」
「警察呼ぶぞゴルァァァ!!オジサン舐めんなよぉぉぉ!!」
とお隣さんがブチギレてくれたお陰でガールズを撃退してくれました。
ありがとうお隣さん。
私の日常に不便をもたらした凶悪犯、阿炎灯純。
彼の報道は連日過熱していく。
幼少期の話や家庭環境の劣悪さ、学生時代の事…。
(まぁ、確かに可哀想だけど…やってる事がなぁ)
と私は他人事なので、ニュースをボケッと眺めていた。
そんなある日、いつもの様に横になり布団に潜った。
私はまどろんで夢の中へいく…。
ふと目が覚めると、古い家の天井が見える。
家はボロいけどここまでボロかったか?と、不思議に思い体を起こす。
いやに視点が低い…。
「ん?」
私は自分の体を確認した、華奢で小さくて可愛い体だ。お腹ポッコリ…幼児?
ふと隣を見ると知らないお婆さん。
「あれ?」
可愛い声だなチクショウ。どうなってんだよ。
なんだよこの可愛いお手々は、なんだよこの可愛いアンヨは…アンヨなんて既にマスターしまくってたはずの逞しい足がない。
「…」
言葉にならず黙りこくっていると…
「おや、起きたのかい?」
「起きた」
「そうかい、そんなら婆さんも起きようね」
「え?いいよ、寝てても大丈夫…」
「本当に優しいね、菜子ちゃんは」
(菜子、誰だ?)
「菜子ちゃん、朝ごはんにしようねぇ」
「…」
と、婆さんはよっこらよっこら起きて歩き出した。
(私の事なのか…?)
どうやら、菜子という幼女に私はなってしまったようだ。私は取り敢えず顔を洗いに洗面台に向かうと…。
(えーっ?菜子ちゃん可愛すぎぃぃー!何このプニプニほっぺに、大きなクリクリお目々!そこらのキッズモデルより可愛いじゃん!)
と、私は自分の姿をマジマジと確認した。
(色素も薄いなぁ、茶色の目と髪に白い肌…ハーフ?何か日本人ぽくない顔立ちだなぁ)
と自分の頬を伸ばしたり揉んだりしていた。
「菜子ちゃーん、お顔洗ったかい?お着替えは?」
「今からお着替えするよ」
「それじゃ、お着替えしたら髪の毛結ってあげようねぇ」
とニコニコしている婆さん、菜子ちゃんは大事にされてるんだなぁ。
丁寧に髪を結われて、食事や歯磨きをしてもらい幼稚園に行く用意をした。
「お迎えのバスを待とうねぇ」
と、ニコニコと婆さんとバスを待っていると…
「…」
無言で一人で歩いている男の子がいた。親が普通は一緒なのに何で1人なんだろうと、その子を見ていると
「あら、灯純くん。おはよう」
婆さんはその子に挨拶した。灯純と呼ばれたその子はペコリと頭を下げた。そして私を見て
「菜子ちゃん、おはよ」
「おはよ」
と私の手をナチュラルに握ってきた。灯純って…阿炎灯純?報道で出ていた子供の頃の写真に似てるけど…
何で私見ず知らずの幼児の中に入って、極悪人の阿炎灯純と手を繋いでいるのだろうか。
色んなことに混乱したまま、バスは来た。
「お早う御座います。菜子ちゃん、灯純くん。…灯純くんお母さんはお家なのかな?」
先生がバスを降りて灯純くんに声をかけた。
阿炎灯純はコクリと頷いた。複雑な顔をした先生、婆さんは
「行ってらっしゃい、菜子ちゃん、灯純くん」
とにこやかに送り出してくれた。
先生に促されて、私と阿炎灯純はバスに乗る。
2人でチョコンとシートに腰掛けた。シートベルトをしてもらってバスは進む。
「…」
灯純は無言だ。気まずい…
「…眠たいね」
と、どーでもいい事を口走る。いかん、コミュ障だから上手く切り出せない。
「うん、お腹も空いた」
グーッと灯純くんのお腹がなる。
「朝、食べてないの?」
コクリと灯純くんは頷いた。可哀相に、育ち盛りなのに腹も減るだろう。
よく見たらガリガリだ、顔色も悪い。
「明日、私のお家でご飯食べる?」
「…いい。怒られるから」
「うーん…」
怒られずに食べる方法…、考えなくちゃ。
報道の情報だとネグレクトで放置され、親の気まぐれで殴られたりしていたとか虐待されていたらしい…。
もし、それが本当ならこんな小さいのに辛すぎる。
私は次の日から婆さんに頼んでオニギリを作ってもらう事にした。
そのオニギリを鞄に忍ばせて、灯純にあげる事にした。
登園して朝の会が終わると灯純を呼び出してコソコソとオニギリをあげる毎日になった。
「灯純、これ」
「ありがとう…」
「食べたら戻るんだよ?私は先に行ってるから」
私の通う園は朝の会が終わるとトイレタイムが15分ほどある。
それから朝の活動が始まるのでその僅かな時間が灯純の朝食タイムになっていた。
灯純が食べ終わると証拠が残らないよう包んでいたラップは私の鞄に隠すようにしていた。
そうして灯純の親にバレないようにしていた。
そうして幼稚園の間は灯純に朝ご飯をあげるのが日課になった頃、園でお弁当会が開かれる事になった。
けど私の心配していた通り、灯純はお弁当を持ってこなかった。
(うわぁ、これ灯純くんのために皆でオカズを分けてあげましょうね!ってやつだよね…大丈夫かな?)
灯純は、下を向いて膝を抱えていた。
(そうだよね…お弁当持ってないの言いにくいよね)
私は意を決してお弁当を灯純に差し出した。
「え?」
「灯純くん、私お腹痛いの…これ食べてくれる?」
「…けど」
「気分も悪いの、ごめんね。押し付けて」
「いいけど…菜子ちゃんは本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ!先生に気分悪いって話してくる、食べたら私の鞄にお弁当箱入れてね」
「うん…」
私は先生に気分が悪いと話をした。
横になるように言われて婆さんに先生が電話をして結局お迎えされる事になった。
婆さんが迎えに来ると、鞄の中に空の弁当箱が入っていて私は少し安堵した。
(良かった、食べてもらえて…)
私はその日からお弁当会の日は灯純くんに弁当を押し付けたり、たくさん作ってもらってこっそり2つ弁当箱を用意して持っていったりした。
「いつもありがとう…菜子ちゃん」
「私も押し付けたりしてごめんね、助かってるよ」
「菜子ちゃんのお弁当いつも美味しいよ」
「良かった」
少しでも栄養取れてるなら良かったよ。
本当は夜もあげたいけど…。
「灯純くん、夜は食べてる?」
「たまに…」
「そうなんだ」
「うん、家にねラーメンとかあったらそれをかじる」
「そうなんだ…」
「あと、パン。お母さんいない時もあるから、それ食べてる」
「そっか…夜に1人なの?」
「うん、お母さん夜お仕事だから」
「寂しい?」
「…わかんない」
幼い阿炎灯純は、曖昧に笑う。
寂しいのか何なのかも分からないのか、寂しがっても仕方ないと思ってるのか彼の心は分からないけど、私は心臓が締め付けられるような気持になった。
私にできることはあるだろうか?
何も無いかも…夜の寂しさが紛れたらと私は絵本を渡すことにした。
「灯純くん!これプレゼント」
「なにこれ」
「絵本だよ」
「ありがとう…でも、読めないよ」
「私が読むよ!」
絵本の内容は夜にゆっくり寝られるよう、魔法のオルゴールを探す冒険に出るお話だ。
「菜子ちゃん読めるの?すごいね」
「灯純くんも読めるようになるよ、小学校に行ったらお勉強するから」
「…行けるかな?」
「行けるよ、大丈夫だよ」
「僕…馬鹿で汚くて臭くて…可愛くないけど…行けるかな?」
私は喉に何かが詰まったような気持になった。
そんな言葉、言われたらこんな小さな子は受け止められないよ。
卑屈にもなるよ、そんな言葉この子に向けないでよ。
「行けるよ、灯純くんは馬鹿じゃないよ。汚くないし臭くもない。それに灯純くんは…んーっと可愛いっていうかカッコイイよ!」
「…ほんと?」
「ほんと。だから大丈夫だよ」
灯純くんは微笑んで
「菜子ちゃん、ありがとう」
と私の手を握った。私も握り返して
「友達だもん。灯純くんは」
と私も笑った。
灯純くんとも仲良くなった頃、ある日別の子に遊びに誘われた。
「菜子ちゃんも遊ぼうよ!」
「いいよー」
私は皆と鬼ごっこを始めた。私が鬼で皆を追いかけていると灯純くんが私の元へ駆けてきて腕を掴んだ。
「ねぇ!菜子ちゃん!」
「ん?」
「誰と遊んでるの…?」
「皆とだよ、灯純くんも遊ぼうよ。私鬼だからさ、ホラ!逃げてよ!」
と促した、それから大声で
「おーい、灯純くんも入ったよ〜」
と言うと皆はOKの合図を出す。私は灯純くんに
「灯純くん逃げないと捕まえちゃうよ!」
と、捕まえる真似をすると灯純くんは反射的に逃げる。私は他の子をタッチして今度は逃げた。
(灯純くんにも他に友達ができてほしいなぁ)
この機会に友達を増やせば楽しく過ごせるのではと私は考えていた。
しかし…
「菜子ちゃん、行こう!」
と、私の手を取り逃げ回り始めた。
私はその手に引かれてついていくだけで、結局ずっと灯純くんと一緒だった。
遊ぶ時、他の子と遊んでもベッタリで他の子と遊ばないし関わろうとしない。
(これじゃ良くないよなぁ…)
私に依存させてるみたいになるのは今後の人間関係を作る上では良くないのではと感じているが…。
しかし彼の境遇を大人に訴えたところで彼は本当に救われるのか、周りに頼っていいと思える人がいない今私は悩んでいた。
そのまま小学校入学まで来てしまった。
相変わらず私にべったりだったが、係の活動や掃除の時間は別のグループになるため幼稚園ほどべったりではなくなっていた。
灯純に話しかけてくる男の子もいるし、私が心配しすぎていただけかも知れないと私も別の子たちと過ごすようになっていった。
夏休みが間近の頃、私は灯純に呼ばれた。
「…菜子ちゃんは、僕のこといらないの?」
「え?」
「僕のこと、いらないの?」
灯純の縋るような目線に私はタジタジになる。
「…そんな風に思わないよ?」
「じゃあ、もっと一緒にいてよ」
急に泣き出してしまった灯純に私は慌ててしまい
「えっと、朝オニギリ食べる時も一緒だし、帰りも同じだから私は一緒にいるつもりだったんだよ?」
と言ってしまった。
「もっとだよ!もっと一緒にいてよ!!」
と、灯純は大泣きして私を抱きしめた。
「菜子ちゃんは、ぼくと一緒にいないと駄目なのに!何で他の子と遊ぶの?!何でぼくを呼んでくれないの?!菜子ちゃんは…菜子ちゃんと一緒にいたいよ!」
と縋られて私は迷った。
ここで突き放すとトラウマになるだろうか、そうなったら後に犯罪者として灯純が報道されたら私とのエピソードも出るのだろうか。
というか、犯罪者になり殺人鬼となったら殺されてしまう方に申し訳ない。
灯純は本当に精神が不安定だ…賢いし意外と要領も良く周りと馴染んでるから安心していたが、内面はそうでもなかったのかと。
「灯純の事、いらないなんて思わないよ…大事な友達だよ?ただ私は他の友達も一緒に遊べたら良いなと思っていただけだから…」
「本当に?」
「うん」
「なら、ぼくだけを見て?ぼくといて?」
「灯純?私はね、人間は沢山の人と関わりながら生きていくと思うんだよ?沢山友達を作って、出会ったりするのが大事なんだって!だから、灯純にも沢山の人と出会ってほしいんだよ」
「…そうしたら、どうなるの?」
「仲間が増えるんだよ!楽しいことを一緒にできる人が沢山できるんだよ!だから、灯純にも沢山の楽しいことをしてほしいから…私とだけじゃなくて他の子とも遊んでほしいな」
「その時、一緒にいてくれる?」
「うん、いるよ?灯純が誘ってくれたら行くよ」
「…わかった」
灯純をなんとか説得したが、それ以来灯純が友達と遊ぶとなると呼ばれるようになり私は男子と遊ぶことが多くなってしまった。