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BREAKER  作者:
序章
9/47

第九話 よくある話


 寂れた街を歩く、男が一人。薄汚れた外套が、この街にはよく似合う。その実、もっと上等な物を着れるのだがそんな格好をしていて悪目立ちするし、強盗に遭う可能性を思えば、やはり使い古したものが一番であった。

 被害妄想的だが、この街ではそれくらいが丁度良いと街をよく知るが故に男は思った。


 そんな男の足元に、風が一枚の紙屑を運ぶ。


『愛と仕事は、人生の転機になる』と、書かれた汚れ切ったチラシには、制服姿で皆一様に同じ笑顔を浮かべる人々の姿があった。

 一見は、何の変哲もない飲食店の求人である。


「相変わらず、流行ってんねえ」


 1990年の異変以来、宗教、哲学、思想もまた大きな衝撃を受けた。


 それは、人々の生き方についてであり、その風潮は昨今に至ってもさほど進歩は見られない。

 本質的に社会とは競争であるからして、昨今では凡人達は努力の無意味さと無力感から虚無主義的、無気力的な生き方に支配される一方、多くの公金は対災害の名目で怪異生物やテロリスト、凶悪犯罪者の対策に注ぎ込まれる。


 ヒーロー達をせめてもの慰めと癒しとしながら、同時に妬み憎む。その成功を望みながら、死と失敗、転落を切望し、死にかねない戦いを手に汗握って消費する矛盾に社会は満ちていた。


 個人主義が罷り通り、得体の知れない能力者に共通項を見出す為として、そして他に誇るもののない為に国を誇り、同じ国に生まれたということだけで肯定し、違う国や宗教を信仰するというだけで否定する。

 結果、蔓延するのは差別的、排他的な風潮である。鬱憤はより弱い立場のものに向けられ、紛争や内戦、怪異生物の影響から訪れた難民や亡命者をこの国の侵略者かのように攻撃する。

 これは、日本だけでなく世界中で蔓延する病であり、完全な客観的視点を持つことは如何なる存在にも不可能だとしても、しかし、この病を否定することは誰にもできない。


 そう、皆肯定されたいのだ。楽をしたいのだ。何も考えたくないのだ。恵まれていたいと思いたいのだ。恵まれない自分を労りたいのだ。他人に労らせることで救われたいのだ。恵まれる人間を攻撃したいのだ。

 つまるところ、何もないところから救いというただそれだけを求めていた。ともなれば、終末思想と陰謀論の流行は必然である。そして、この流行は2019年現在も終わっていない。


「宗教っちゅーのは」


 一見、何の変哲もないこの広告のチラシは、この先、重大な事件を引き起こす宗教法人『真理救済教』のものであるということだけ、明記しておこう。




 異変以降、世界の国は大まかに二つのパターンに分かれた。強力な能力者を囲い、中央集権を加速させ国家及び政府の支配力を増強し徹底した監視体制を構築するか。不安定な秩序の下、崩壊するか。日本は前者であるが、どの国とも同じくやはり地方は後回しだった。


 そこは、廃墟と瓦礫の街。都心部の復興は進むが、最も悲惨なのは地方であろう。

 人類の経験したことのない恐慌と混乱、一度破綻した経済から衣食住にすら困った人々の間で蔓延るのは犯罪行為と麻薬であるのは言うまでもない。


 それら諸問題が未解決故にこそ、病的な不信と特殊体質者への恐怖から如何に強力な監視体制を築き、寧ろ分断と対立を煽る結果となったのはいうまでもない。


 その駆逐と治安秩序の回復、地方創生は政府の目標であり、その意向に伴ってここ数年でヒーロー達の地方進出は活発化している。いわば、浄化途中とも言える。


 そんな有様でも、街ではクラブだけは必ず盛り上がっていた。

 薬物、酒、セックス、音楽、踊り、夜を明かしてのパーティーは若者達の流行りであり、週末には稼いだ金を全てここに注ぎ込んで騒ぎ幸せを演出するのは、ステータスであった。これは日本中のほとんどの都市で見られる光景である。


 男はもうそんな歳でもなければ、どちらかといえば踊らせる側の悪党とばかり付き合いがあったし、金と出世の為に割く時間はあっても、それ以外に何か望んだ試しはただ一つとしてなかった。

 男は夜に踊り狂う若者達を横目に、待っていた。


「お待ちしていました、戸破様」


 男を直接対応するのは黒服ではない。黒服を背後に、高級なスーツを身に纏うフィリピン人が堪能な日本語で出迎える。


「久方ぶりだな、ジェローム」


 二人は、固い握手をした。そして、二、三の言葉を交わすと、ジェロームと呼ばれた男は戸破をVIPルームへと案内する。


「奴はもう?」


「はい、梶島様なら10分ほど前に案内しました」


「奴の機嫌はどうだ」


「それは、答えにくい質問ですがおそらくは……」


 梶島なる男の様子について、ジェロームは言い淀んだ。

 すると、戸破が手を振って制した。


「いや、答えなくていい。奴は仕事の次に待たされるのとクラブが嫌えだ。おっと、この店が悪いってんじゃない。奴はこの世のありとあらゆる……()()()と、そして踊る店全部が嫌えなのさ。理由は知らねえが……しかし、どこに耳がついてるかわかんねえ世の中だ。ファミリーレストランで仕事の話をする訳にもいかねえし、俺の知る限り一番安全で信用できて融通が効くのはここ以外ない。わかるだろ?それに個室じゃなきゃ奴は目立つ。これは言ったらキレるだろうがな。しかし、そういう時は奴もわかっててキレてる。だからこそ多少自制は効くが、だから尚更始末が悪いとも言える」


「なるほど、わかります」


 ジェロームは一言、感嘆符がつくか否かという具合、かつ絶妙なタイミングで答えた。無口だが利口で勤勉なのは変わらない、そして役者だなと戸破は思った。実際問題、戸破と梶島は厄介な客以外の何者でもないが、義理がある。


「だが、さしものあいつもお前のことは嫌いじゃない。だから、幾分かマシだろう。多分な。……しかし、ジェローム、良いスーツだ。黒服よりよっぽど似合ってる」


「ありがとうございます。けど、戸破さんの仕事姿にはまだまだ敵わないですよ」


「上手い奴め、仕事に励めよ。勤勉と人脈、そして……」


「時の運ですね」


「ああ、その通りだ」


 VIPルームに到着する。ジェロームは扉を開け礼をした。


「では、ごゆっくりどうぞ」


 視界に映るジェロームの姿を、静かに閉じる扉が遮った。



 部屋は広く、中にはただ一人の異形を除き、誰もいなかった。

 人脈と言えば、そう、目の前にいるソレこそが戸破の知る中で最も頼れる人脈と言える。


 バリ、と何かを咀嚼するような音が響く。

 そのソファに鎮座する巨大な人型の昆虫が小皿に詰められたナッツを、その黒い甲殻に覆われる尖った指で摘み異形の口元に運んだのだ。


 衣服は背が空いた特注品であり、ほとんど前から腕を通すだけのもの。それは彼が背に薄い光のベールじみた翅を携えるが故か。

 異様に発達した筋肉、肉体の輪郭を隠すようにゆるい衣服を身に纏うが、それで尚輪郭の隆々たるを隠しきれぬ発達した巨躯の持ち主であった。


 立てば、2メートルはあるであろう筋骨隆々の異形の巨漢。


 黒に黄が入る縞模様の特徴的な顔面には瞳の代わりに宝石が如く輝く緑の巨大な複眼が、額を半分占拠していた。


 男の名は梶島。世にいる異形型の中でも稀な程に肉体の変化率の高い特殊体質者である。


 90年の異変の発生により、目覚めた瞬間、突如異形だった者がいた。

 特に異形型、特に初期において社会を生きた者たちはカフカ世代とも呼ばれる。この男にこそ相応しい名称だ。


「……戸破か」


 低い声が唸るように響いた。ここまでの異形であると、表情から感情を読み取るのは旧知の仲でも難しい。

 恐らくは、いつも通りであった。


「悪いな、兄弟。化け物が出て渋滞と来た。ヒーロー共も処理が遅えのなんのって話だ」


 戸破は遅刻を詫びながら、向かい合うようにソファに座った。


「……また、二日酔いだろ」


 返ってきた返事は冷淡であった。


「おいおい、そんなわけあるか。そうだ、何が出たか聞きたいか?」


「興味がない。それより今日は何の用だ。態々、昔話に呼んだわけじゃあるまい」


「そう焦るなよ、全く……まあ、いいさ。仕事の話だ。面白い話があった」


「……成る程、どんな仕事だ。()()か?」


「ああ、だが、今回は()()だ」


「獲物は」


「未覚醒の二重体質。ほら、コイツだ。古斗野高校生徒、高三のガキだ」


 戸破が懐から写真を一枚出すと、梶島に渡した。


「……古斗野か。だとすると、面倒になる……報酬は?」


 渡された写真を手に取ると、梶島はほんの目の前にまで写真を近づけてじっくりと獲物を見ながら変わらず平坦な声でいった。


「3だ」


「30Mか?」


「いや、それじゃゼロが一つ足んねえ」


 異形が、その言葉を聞いてゆっくりと息を吐いた。

 興奮を抑え、冷静に思考する為だ。


「……依頼主は?」


 しかし、梶島の雰囲気は明確に変わっていた。それを察した戸破の口角は僅かに上がった。


 地位、権力、金。

 これはプライバシーも無く、愚鈍な人々に奉仕し続けるヒーローでは持ちえないものだ。

 何より公僕は、気に食わない人間を殺すこともできない。

 気に食わない奴を殴る快感なき人生など、二人はまっぴらごめんだった。


 そう、人は、不自由を嫌い、大抵の自由は金で買える。


 3億円。


 それだけあれば、なにが買えるか。


「真理救済教、金払いだけはイイ。新興宗教(カルト)は稼ぎいいからなあ、お前も好きだったろ?」


 心象はともかく、金にはなる相手であった。


「依頼主に好き嫌いはない。皆、同じだ」


 梶島は淡々と答える。


「そうかよ、で、どうする。一先ず、持ち帰るか」


 梶島は他人より考えが分かりづらい。それは表情だけの問題ではない、だが、それでも感触は悪くないと戸破は考えていた。


「……十年前頃から奴ら、裏での悪事(ワル)は自前の実働部隊でやるようになったはず。それはどうした?」


「聞いてないか。奴ら長くつるんできた国民共存党と、いやに揉めてたんだ。まあ、元々別の団体だったからな、一枚岩にはなれねえよ。そんでここで問題なんだが、最近は双方ともに失踪者が続出、抗争ってザマなんだが……」


()()か」


 梶島はいった。組織というだけでは、一体それがなんなのか、どこなのかなど普通わからない。

 それでも、二人の頭には同じものが思い浮かんでいた。


「……ああ、バカやってる間にやられたのさ。党も教団も解体は時間の問題ときた。近々ニュースにでもなるんじゃあねえか」


「で、なんで俺を誘うんだ」


「おいおい、わかるだろ?焦った教団は金に糸目をつけず、俺に頼ってきた。そこで、自由に仲間を呼べる条件なら考えてやってもいいと言ってやった。あとは簡単だ。お前が一番信用できる」


「3、3か……しかし、二人でやるのか?」


「いいや、車田って男を呼ぶ。三回組んでるが、使える男だ。能力がまあ便利なんだ、色々隠すのにな」


「解った。任せよう。報酬はどう分ける?」


「勿論、山分け。デカい仕事だ。気張ってこ──」

 

 戸破が手を叩き、意気揚々と決め台詞を吐こうという次の瞬間、バーンと嘶くような銃声が言葉を遮った。


 バーン、バーン、バーン。更に三度、執拗に銃声が響けば、部屋の扉が勢いよく開き、何かが侵入する。

 その物体は勢いよく部屋に侵入してテーブルの上を滑り、梶島の座るソファの隣に飛び込んだ。


「なんだ!何があった!」


 その頃にはもう、一発目の銃声を聞いた時点で戸破はすぐさまソファの陰に隠れていた。


「ジェロームが撃たれた。スーツが台無しだな」


 そして、それより先に天井に張り付いていた虫の異形、梶島が声を張り上げる。

 その下にいるのは、ソファに力なく座るのは血塗れのジェロームであり、あの上等なスーツは言葉通り台無しになっていた。


「救急車呼んでやれ、んで野郎を殺す」


 呆れたように戸破がため息を吐きながら、扉の側を向いた。


「いや、呼ぶのは霊柩車を二台だ」


 天井から、ため息混じりの声が届く。

 よくよく見ればそれは目ん玉をひん剥きながら、よく詰まった頭の中身をぶち撒けるジェローム……だったものだ。つまり、見るからに死にたてホヤホヤという有様である。


「誰の敵だよ」


 戸破が舌打ち混じりに下手人に立ち向かわんと扉の向こうに意識を向ける。


「お前こそ、心当たりは」


 梶島の問いかけは冷静だった。


「しこたま」


 戸破が言った。


「同感だ」


 梶島は、扉の向こうから近づいてくる人影の方を向いて答えた。

 敵が多いこともまた、二人の共通点だった。


「戸破さん?戸破さんー?」


 声の主の声が響く。二人よりも一回りは若い男の声だ。


「はっ、待て。殺すな。味方だ」


 梶島が動き出す数瞬前、戸破が制止する。


「車田ァ!テメー、何で……」


 物陰から戸破は出て、相手の男の名を呼ぶ。


「あっ、いたー!探したんですよ!連絡見てないんですか?……そういえば、話ってなんですか。そんな大事な話ですか」


 車田と呼ばれた男は、銃口から煙の立つ拳銃を片手にいう。短髪の黒髪に戸破より一回り背が低い、まだ20代といった風貌の男であり、趣味の尖った白スーツを身に纏っていた。


「あ?あー……それは後で話す。おい、何で殺した」


 戸破という男は、よりによって連絡していた事をついうっかり忘れていたのだ。


「強情な男でね、先輩の居場所を言わなかったから……ああ、チクショー!マジかよ?!」


 拳銃を懐にしまいながら犯行理由を語る車田は、しかしその中途で、突然に叫び声を上げた。


「なんだ、どうした」


 戸破は、車田の騒がしい声に眉を顰める。


「血で、服が汚れちまった!クソッ、何で人の血は!落ちねえんだ汚れが!しかも、赤いなんて!嫌がらせかァー!?」


 地団駄を踏みながら、自身のスーツを見て車田は絶叫した。スーツは、哀れなジェロームの血を吸っていた。


「おい、それが仕事の?」


 天井から、梶島が降りてくる。


「……ああ、そうなるな」


 変わり映えしないはずのその表情すら見たくもない戸破は、梶島の方から目を逸らしながら渋々答えた。


「こんなイカれ野郎と?」


「言わなきゃ殺すって()()()()言った!それから撃った!」


 梶島の言葉に、車田は相変わらずブチギレながら反論にもならない暴論を浴びせかける。


「おい、敬語で話せよ」


 梶島は本来特別に気が短い。そして、その声音が低くなり、甲殻に覆われた掌が鋭い指先に力が入るというのは、殺す前のルーティンのようなものだった。


「とりあえず、落ち着け!」


 そして、そんな様子を横目に捉えた旧知の仲である戸破は、血相を変えて二人の間に立つ。


「はー……っていうか、戸破さんこの人誰です?!仲間なんて言うんじゃあねえでしょうね!」


 次は車田が戸破に問う。


「ああ、クソったれ、この三人で稼ぐんだよ、三億!まあいい、とりあえず──……」


「ズラかるぞ」


 このように男が一人突然射殺される殺人事件は、しかし昨今にはよくある話ゆえか、あるいは裏の力が働いてか、地方紙に載ることもなかった。

 そして、犯人が逮捕されることもなかった。

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