第八話 特権階級
歓迎の儀式が終われば、面々は去っていく。
明るくなってみて全貌が初めて露わになって見渡してみれば一同が現れたそのトリックが解る。面々の背後にはさまざまなドア、それだけが自立していた。どれも異なるデザインをしており、中には襖や金庫やシェルターじみた扉すらある。
これは、マコトがここに誘導されたのと同じカラクリだろう。新入りの顔を一目見た彼らは、迷う事なく自分の扉を選んでその先に消えていく。異様な光景であった。
また、ここで彼らを観察してみるともう一つわかることだが、一際頑丈で大袈裟な見た目の扉があった。開きっぱなしの空間はゆうに大型トラックが通れそうな巨大さである。また、大部屋の端に位置し、奥の空間の存在を思わせるような、本来扉が立つ位置として自然な所にあった。
そして、何人もがその同じ扉を通って、その先に向かう訳だから、なるほどこの施設がこれだけでないのだということは誰にでもわかる話であった。
「牧野、案内を。それから三十分後、私の部屋まで連れて来なさい」
鷲律は簡潔にいうと、彼女もまた自身の扉に向かって歩き出した。
彼女がドアノブに手をかけたのは年季の入った木製の扉で、ガラスから暖色の光が微かに漏れている。そういう照明なのかこの時刻の夕方の陽光かはマコトにはっきり区別はつかなかった。
鷲律は扉を開けば開けっぱなしのまま入っていってしまった。と、俵先生が同じ扉を通ると、ばたん、と扉は閉められた。
それをぼんやりと眺めていたからか、井山先生と武東校長はいつの間にかマコトの視界から消えていた。シロとマコトだけが大部屋に二人取り残されてしまった。
「おめでとう。詠航くん」
シロは至って穏やかにいうと、静かに微笑んだ。社交辞令とでもいうべきか否か、そう感じさせない最もらしい口調はしかし彼女が如何に賢いかを考えればそう簡単に意図は解らない。
シロの様子は、少なくともマコトには全くいつも通りという様子に見えていたが、手を汚すことが前提の組織への加入に何を感じているかは不明だった。
「ありがとう。まさか、牧野もいたなんて……驚いたぜ」
マコトは素直に礼を言い、思ったままを話した。
「……色々と話すことはありそうね。じゃあ、案内します。着いてきて」
シロはそういうと歩き出し、マコトは彼女に従い着いていく。それはやはり、例の奥の扉の元だった。
扉の奥は広く長い通路になっていた。床は黒と白の幾何学模様で彩られ、壁面には規則的にランプが並べられていた。天井の照明とランプが光源としての役割を果たし、無色透明な光が二人を照らす。
二車線の道路以上に広い通路は横幅だけでなく、見上げてみれば高さも相当な規格で先ほどの大部屋程度はある。車両の通行可能な規模感からして特殊体質者とて不便はしないに違いなかった。
案内役のシロはマコトを先に通せば、自身も扉を通り、壁に備えられたスイッチを押すと扉が音を立てて作動した。機構の稼働音と金属音とが響き、扉の閉まる音が響いた。
「さあ、行きましょう」
「ああ」
かくもこうして、シロとマコトは進むこととなる。
進みながらも、早くもガイドは始まった。
シロ曰く、ここ特務機関V本部は東京都古斗野高校及びその周辺の敷地の地下300〜700メートルに位置する巨大な地下施設。施設全体がシェルターとして機能し、核攻撃の直撃にも耐えられるように設計されている。
四層構造になっている。層ごとに部署やその傾向が異なるそうだ。
第一層には情報部、調査部。第二層には技術部、訓練施設。第三層には司令部、処理部。そしてここ、最下層が転送室になるという。
シロ曰くそのうち覚えるだろうから、今は無理に覚えなくても良いという。
「他に出入り口はないのか?」
「ありますわよ。基本は古都野病院から直通のエレベーターで移動するの」
「建設の経緯は首都機能と切って切り離せないわ。嵐の怪異退治後、首都機能は被害が比較的少ない栃木県宇都宮市に仮置きされていたのは知ってるわね」
「ああ」
「組織も同様に当初は宇都宮市を拠点としていたらしいわ、今は支部になっているそうよ」
マコトは習ったことを思い出した。92年の首都圏復興計画、その手始めとしての首都東京復活案が採択された後は、新東京タワーを始めとした復興計画が進行。首都機能の再移転が2004年が目処とされ、さまざまなトラブルを乗り越えながら三年遅れての2006年に実現した。
これは行政機能の受け入れ準備なしに受け入れた宇都宮市の負担が非常に重く、その維持が現実的ではない点と当時はその他の地方都市にも余裕が全くなく代わるには荷が勝ちすぎる状況だったからだ。また、経済的な基盤や象徴としての東京復興という政策は国民にとっての希望だった。
「特務機関V新本部工事計画は復興計画と同時に決まったらしいの。ここは2004年に完成して、それから司令機能はここに移ったって」
と、歩きながらシロは言った。
92年時点で別に特殊体質者に関する保護機能を兼ねた研究所建設の計画が決定されており、97年には完成する予定だった。
この研究所が東京に建設されたのは、当時も今も同じく特殊体質者に関しての施設は人里から離れた場所でもなければ苦情が出るという所から特に人口の減った区域に打ち立てたそうだ。
高校や病院を併設することは当時決定済み、新本部が地下施設にする案があったことと、それら動向の完全な把握も可能かつ政府から程近い距離であるとして、その地下に本部を建てる事が決定されたという。
現在もままある訓練の騒音への苦情などは、予想以上に東京に人々が再集結したからでもある。
話しているうちに二人は行き止まりに到達する。そこは幅広で奥行きのある幹線道路のような構造の部屋であった。エレベーターが奥にまで数え切れないほど配置されており、向かい合う壁同士の双方に配置されていた。
高校も広大な訓練施設など充実した設備があるは言え、やはり桁違いの規模感にマコトは何か奇妙な夢でも見ているのかと錯覚しかけるが、夢にしては思考も話の筋も真っ当な訳だからそうでないとわかる。
しかし、一体全体エレベーターがそこまで必要になることがあるのやら、設計した人間はエレベーターの待ち時間が余程嫌いだったのだろうとマコトは思った。
シロが上向きの矢印のボタンを押すとエレベーターの扉は開き、二人は乗り込んだ。扉から高さから、例に漏れずやたらと巨大だった。
エレベーターの内装は通路に似た色合いと幾何学模様で統一されていた。しかし見た目では分厚く十分以上の強度を持つであろう扉とその広さ以外に特筆するようなことはない。中のボタンには普通のマンションや大型商業施設にあるものと同じように、数字の刻まれたボタンが四つと電話の記号の書かれたボタン、そして工事現場などで見られる危険記号の記されたものがあった。
「これは?」
マコトが危険記号のスイッチを指して聞いた。
「基本的に緊急時にこの施設から脱出する為のものですわ。私も使ったことはないですけれど……地下には色々な道があるから、そこを通って基地とはまた別の所に出られようになっているの」
シロは説明すると、2と数字の刻まれたスイッチを押した。するとエレベーターは発進し徐々に加速する。ほとんど揺れなどは感じられないが道路か何かを進むように曲線の軌道を描くなどして縦横に箱型昇降機は駆動する。なるほど、こうして横軸にも移動できるのならば可能だろう。
「……なあ、あのワープする扉ってなんなんだ」
「原理や誰がやっているのかは理解らない。ここは、理解らない事だらけなのよ。ただ、皆んなはドアマンって呼んでる」
「そのままだな」
「ええ、けど、誰か個人の異能にしては便利過ぎる。だから、そういう装置かもって」
「……まさか、映画じゃないんだ」
「……風の噂ですわ。けど、異変以降の技術革新は私たちの想像を遥かに上回るわ。貴方や私が大怪我をしても一日で退院できたのもそう、昔は厳しかった電力やエネルギーの問題だって核融合炉でかなり解決されたでしょう」
「それも、そうだな」
さまざまな異能を利用した科学実験への集中的な投資は、現在の社会を支えている。その中に非公開の技術が存在しても何らおかしくないというのは納得できた。
エレベーターが減速し停止すると、扉が開いた。技術部と訓練場の位置する第二層に到着したのだ。
外の光景、エレベーターホールや廊下の様子はあまり第四層と変わらない。地下にも関わらず、やたらと広いのも相変わらずだった。
「そういえば、牧野はいつここに?」
シロの隣を歩きながら、マコトは問いかけた。
「中学一年の頃ですわ」
と、シロは答えた。
「合格の演出はいつもあんななのか?やり過ぎだろ。アレ」
マコトはあのやり過ぎなくらいの照明の切り替えと、恐らく何らかの手段で面接風景を見ていたのであろう面々が現れたことを思い出しながらいった。
あの時はマコトもかなり圧倒されたが、よくよく冷静に考えればやけに芝居がかった演出だなあというようだった。
「いえ、私もあんなのは初めてですわ。試験でもスカウトでもあんなことは……」
マコトの言葉に、シロは首を横に振る。
「試験?」
「……ここに加入する手段は二つ、選抜試験かスカウトだけ。貴方は鷲律さんの推薦でスカウトされたから、あんなに人が来たのよ。やっぱり、どこでだって貴方は注目の的ね」
シロは小さく笑いかけた。本人の自覚の有無は全く不明だが、詠航マコトは良くも悪くも目立っていた。そして、それは能力だけの話ではない。
「そうか。……あのおっかなそうな女が……何者なんだ?あの人」
「ふふ、彼女は凄腕かつ敏腕の元隊長で、現場指揮では多くの作戦を成功に導いてきた。今や処理部の責任者で、組織への影響力も計り知れないわ」
シロは微笑みながら、かの上司について解説した。
「……いつの間に、とんでもない事になったな」
「まだまだ、これからよ」
二人は大方そんな風に話しながら進み、少しして訓練施設に到着した。
シロは戦闘可能な訓練場に行く前に、複合された他の施設を紹介した。ロッカールーム、シャワールーム、トレーニングルームだ。尚、前者二つは当然男女別である為、実際はシロの解説に留まった。
シロの案内でトレーニングルームに行くと特注のトレーニング器具が大量に設置されていた。これに近い施設は古斗野高校にもあるが、規模と器具の質や種類の豊富さではこちらの方が圧倒的に上であるとマコトは思った。また、平時からそうなのだろう、何人かがトレーニングを行っていた。
その後、二人は何重かの頑強なゲートの先に訓練場にたどり着く。そこはやけに広大にできてあった。
シロ曰く第二層は少し広く作られていて、それはこの訓練場を広く建設する為だそうだ。訓練場の直下や直上に他の施設が被らないように設計されており、新兵器の運用試験でも使われる。
幾つかのエリアで区切られているのは高校の訓練場と同じだが、ここはどこも平坦で何もない場所が多く、的や人を模した人形などはあるがあくまで能力そのものを高める為の用途としての意味が強く、作戦演習や部隊単位での動きなどの訓練は他の場所で行われるらしい。
訓練施設から二人は出て、来た道を歩いてエレベーターに乗り、処理部の位置する第三層を目指す。
「私もここに所属しています。処理部では試験合格後、およそ一年の訓練を経てから正式に実戦に出されるようになるの。かなり短いですけれど、ヒーロー候補生や元々この組織に保護され、訓練を受けている方が多いからですわ」
シロが処理部について説明する。
やけに直球な名称の部門であり、牧野シロの纏うお淑やかな印象には似合わない。しかし、昨日マコトと模擬戦闘訓練で演じた激闘ひとつで納得させられる、そんな凄みを持つのもまた事実だ。
「へえ、じゃあ牧野はもう?」
マコトは問いかけた。
「ええ、つい一週間前の話ですけれど。正式配属になりました」
シロが答える。
「そうか、なら牧野こそ、おめでとう」
マコトは祝いの言葉を送った。
「ありがとうございます」
「……なあ、その訓練ってのはキツイのか?」
マコトは問いかけた。
「……そうね、かなり苦しいこともあるわ。けど、貴方の耐久テストの成績なら、きっと越えられるんじゃないかしら。それに訓練を受けた私より強いんだもの……スカウトされた方の中には即実戦投入される例も少なくないんです、貴方ならありえますわ」
学校の耐久訓練、その言葉に良い記憶を持つ生徒はいない。特殊部隊や軍隊などで行われる拷問に耐える為の訓練に近いものだ。ヒーロー候補生は皆一様に受講しなければならない。
それは長期休みにコース別で受ける合宿で、楽なコースならば精々が講習で終わる。しかし、大手に行こうと言うのならば相応の苦痛は経験しておかねばならない。
マコトはレイやシロと同じ、最も辛いコースを受講して地獄を見た。耐久訓練とは──具体的には頭に妙な装置をつけて脳波だか何だかの原理で精神的なストレスを受け続けるというのを基本として、同時に過酷な運動や高温、或いは低温環境や空腹状態に追い詰められたりと──最もらしい苦痛に耐える訓練である。なんの役に立つかと言えば、能力による精神的な攻撃への耐性や拷問に耐える為の心構えを学べるというわけだ。
「アレは二度と御免だな……ああ、褒め過ぎだ。そこまでだよ、俺は」
耐久訓練と同じかそれ以上に辛い訓練を受けねばならない可能性をマコトは今は忘れながら、自分は大したものじゃないと首を横に振った。
「……謙遜ね。仕方ないから、今はそういうことにしておきましょう」
二人の乗ったエレベーターは、司令部のある第三層に到着する。例に漏れず、似た景色の廊下を進んだ先に扉があった。扉の上の室名札には処理部の三文字が刻まれている。
その中に入り、少し進みある部屋の前でシロが立ち止まった。
「牧野です」
シロが扉をノックした。
「入れ」
扉の奥からあの無愛想な声が響いた。
許可を確認した二人は、部屋の中に入る。
デスクや本棚以外、何か特徴的な家具はなかった。そんな殺風景な部屋に鷲律ユラナはいた。
相変わらずの鋭い目つきは、その長く伸びる金髪ゆえにやはり猛獣を想起させる。
そんな椅子に腰掛ける鷲律の前に二人は歩み出る。
「案内ご苦労、戻っていい」
鷲律がシロに向けて淡々と言った。
「わかりました。失礼します」
シロは軽く会釈して、そのまま部屋から出ていった。
「……さて、詠航マコト。君はこの処理部に正式配属となる。この書類にサインと印鑑をして、また後日提出するように」
鷲律はそういいながら書類を差し出した。さしづめ、雇用契約書というものだ。
「……わかりました」
マコトは書類を受け取った。
学校での提出物みたく猶予やお情けはあまりなさそうだと何となく感じたマコトは、帰宅後に速やかにサインと印鑑をすることを心に誓った。
「それから伝えねばならないことがある。君の初任務についてだ」
「……!」
女が言い渡したのは早速の任務だった。まさか訓練も無しにいきなり任務を負うことになるとは、マコトにも予想外のことである。
「任務内容は未覚醒の二重体質者、羽黒レイの護衛だ」
「……二重体質者」
「ああ、聞いたことはあるだろう。彼らは異形型、思念型、双方の性質を持つ特殊体質者。……去年、イギリスで発表された人格と特殊体質についての研究論文の話を聞いたことは?」
「いえ……」
専門的な話などにあまり興味はないようでマコトは首を横に振る。
「心理テストの結果と特殊体質の傾向について、思念型の特殊体質者には一部相関が見られた。物を壊すことに秀でた攻撃的な特殊体質者は、その多くが本質的に攻撃的だった」
鷲律が淡々と続ける。
「この結果から、人格と思念型の能力には何らかの関係があるのではないかと予想されている。勿論、思念型の体質がその人間の人格を明確に示すと決まった訳ではないがな……」
「それと、何か関係が……?」
無二の親友の身に何かありうるとすれば、胸を過ぎる不安を噛み殺しひた隠しにしながら、マコトは女の語る言葉の意図を知り得んと問いかけた。
「最も著名な二重体質者ホワイトワンは言った」
「やるべき事をやっただけだ、と」
「彼からはさまざまなデータを取っている。当然、極秘だが……結果、ホワイトワンには功名心などはなく……驚くべきことだが、真に他者を労り守ることを心の底から望んでいるようだった……」
「そんな彼は強靭な肉体に上乗せして、能力の影響をカットし危険から他者を守るバリアーを展開する能力に目醒め、この国を代表するヒーローとなった……」
「彼が覚醒したのはあまりにもお誂え向きの能力……まるで都合が良すぎる」
「そこで国の科学者はある仮説を立てた。二重体質は単に複数の能力に開花するだけではなく、身を置く環境に適応した力を得たり、その願望を叶えられるのではないか。
二重体質とは成りたいものに成れる、欲しいものを手に入れられる、特権階級ではないか……と」
「さて、何か質問は?」
ひとまずの解説を終えて、鷲律は質疑応答とした。
「……あいつ、は……」
マコトは平静を意識した、普段通りとして事実の確認だけを考えることでこれは全く叶ったように見える。しかし、そんな動揺を悟られまいという努力はまず震える第一声が水泡に帰させた。
「羽黒レイは、本当にそうなんですか」
一体全体どうやって判別できるというのか、本当にそうなのか、マコトは問いかけた。
「限られた特殊体質者や怪異生物には本能的に判るんだが、これは絶対に間違いない」
鷲律の語気はこれまでになく強く、つまり疑いようは無かった。
「……あいつを、どうするつもりですか」
マコトは問いかける。稀な体質を持つとなれば、こうして嫌な想像をするのは当然だった。
「逆だ、何か妙な事をしにくる連中があれば徹頭徹尾叩き潰す……それが防諜機関の役割を担う我々の担う仕事。心配しなくても、彼の人権は守られるよ」
想定内というように、鷲律の返答はスムーズだった。
「……わかりました、具体的に何をすれば」
これ以上、疑っても仕方ない。そもそもが新入りの身、全て伝えられているという保証もない。
故に、マコトは問いの趣旨を変えた。彼は護衛などしたことがないからだ。
「彼の行動範囲は単純だ。基本は学校と寮の往復、この通学路は我々の庭。あとは精々、君や恋人との外出程度か……君には彼にバレないように張り付き、動向を監視してもらう。だが、君は彼と普段多くの時間を共に過ごしている、だから君はこの任務に適任だ」
鷲律はいった。
「本人にこの事を伝えることは禁止する。これは、研究に影響が出る為だ。勿論、全て極秘情報……この事を知るのは牧野や教師陣、私を含めても組織でもごく一部の人間だけ」
「君はこれまで通りの友人でいなさい。だが、万が一にでも何かあった時、どんな事態が起ころうとも全てにおいて彼の身の安全を最優先とする」
「何かって……誰かに狙われているんですか」
何か起こる前提かのような言い草に、マコトは自覚の有無はともかく眉を顰めた。おそらく、本人は気がついていないだろう。
「いいや、だが……まだ運良く発覚していないだけ。未覚醒の二重体質者は、露見すればそれだけで狙われる恐れが高い」
「彼はキーマンだ。このまま平穏にいけば次代を担うヒーローになりうる……が、過激思想に引き込まれれば最悪のテロリストになりうる。また、未覚醒の二重体質者を取り込み凶暴化した怪異生物の例も少数ながらある」
「……任務の為に死ねるか否か、君を疑うことはない。君は、任務などでなくとも彼の為に躊躇なく死ねる」
「俺の、何を知ってるって言うんですか」
マコトにとって目の前の女はこれからの上司であり、まだ全く知らない人間だ。
仮にその言葉に否定する言葉がなく、この任務を受けられた事によかったとすら感じていたとしても己の人間関係、特に親友との仲について知った風な口を聞かれるのが癪だと感じるのは人の情か、そして情をむき出しにしてまっすぐ反射的に噛みついてしまうのは幼さゆえか。
「さあ」
「けど、私は君の事を君よりも知っている。これは絶対に間違いない」
微笑してはぐらかす、女のその目は変わらず冷ややかだった。