第五十一話 ドンガラガッシャン
早朝直前、厳密にはAM05:38。
とあるビル影通りを作る廃墟じみたビル内。
その高層階を、十五人近い人数の男たちが突き進む。
スーツを着た男たちはマシンガンなんかを堂々と提げていた。それに、防弾ベストまで装着して、これから事を構えるなんて物々しい風体だ。無論、わが国では異変以後でも銃刀法は緩和されていないし、彼らはヒーローでもないので、立派に犯罪者だ。
その中でも、ひときわ目を引くのは専用の和装を身に纏う鬼蜻蜓の異形、梶島である。エメラルドグリーンの複眼に、地肌は黒と黄色の縞模様に、高身長で筋骨隆々な体格の、冷酷な男だ。
彼は武器を身に帯びていない。その必要がないからだ。
彼もまた例に漏れず凶悪犯だ、この中には司法が判断すれば間違いなく死刑台送りになる人間は数多い。彼もまたその一人だ。
「この階までの非常階段の確保と確認。エレベーター内の警戒。時間をかけたようだが、警戒し過ぎなんじゃないのか?慈は味方だぞ」
六島が梶島に言った。
「広さに対して警備はないも同然、慈も俺達も尾行された可能性はある」
梶島が腕を組んで言い始めた。その声はどこか不機嫌だ。
「場所も悪い。死角が多い。幾らでも罠を仕掛けられる、外界から遮断されてて助けも呼びにくい。しかも、エレベーターは一台しか動かない!俺なら、安心して派手に仕掛ける。寧ろかけなさすぎだ」
俺ならこんな場所は選ばないとでも言いたげに、梶島が続けた。
「わかってる」
六島は、降参した。
梶島はその図体に似ず、警戒心が高かった。そして、リーダーシップの取り方を知っている男だった。
この調子で梶島は六島の部下を借りていた。
まずは13人をA班、B班にメンバーを分けた。能力や適性は車内で事前に打ち合わせていたので、完全な梶島のチョイスである。
B班に非常階段やエレベーター内を確認させた後、監視と同時に退路を確保させ、A班は受け渡し現場役で、六島、梶島と同行するのだ。
細かいところでは梶島は指示を飛ばし、自身も建物のエレベーターの中、それも箱ではなく、箱の通る空洞の方を確認までしていた。
即興にしては、かなり手際が良い。手慣れていると言って過言ではない仕事ぶりである。
そして、現在。
エレベーターを出てから梶島と合流。
肝心の慈のいる部屋へと向かっていた。
「段取り通りやろう。受け渡しが済んだら、A班は、俺と梶島とブツを運ぶ。B班は引き続き、二重体質者の方に合流だ」
無線機を通じて、六島が指示した。
了解の旨が、退路を抑えたB班の部下たちから飛ぶ。
建物内のいくつかの通路を抜けて、大きな扉にたどり着く。
だが、六島らはそれより幾分か手前で立ち止まった。
それは扉よりずっと手前
一本道の前に、男が一人いたからだ。
そいつは、刀──いわゆるムラサメを片手に、仁王立ちしていた。
まるで門番である。
「お客さんか、代表者のお名前は?」
門番は、男たちに問いかけた。
門番は落ち着き払っていて、動揺や緊張感は微塵も感じさせない。
六島は、わずかに目を細めた。それは少し離れた男の顔をよく見ようとしたからだろう。
「六島だ。……見ない顔だな、例の助っ人か」
六島が答えた。彼は大組織の幹部なのだから当然であるが、異能組合や関連組織では顔が広い。慈のことも、慈の部下も知っているし、相手にも知られているはずである。
しかし、門番は六島の顔を見て、ピンと来た様子はなかった。そして、門番の顔を六島も知らなかった。つまり、彼は組織とはまた別の余所者なのだ。
例の慈の商売の客。何やら弱った慈に助太刀するという、信用できるらしい男である。
「そういうことだ」
どうぞとでも言うように、男は道を開けた。
彼等は、その剣士とすれ違うようにして扉へと進む。
「ひとつだけ、質問をさせてもらう。敵は来そうか?」
有無を言わさず、助っ人はすれ違った六島らに問うた。
「まさか、来てもここまでたどり着きやしない」
六島が肩を竦めた。
外には部下がいて、中では退路を抑えている。来ても追い払うには十分な過剰なまでの戦力を用意している。
「……そうか」
六島の答えを聞いた助っ人はそう言えば、何か合点がいった風な様子で去っていった。
「なんだ、あいつ」
その後ろ姿を見て、六島が呟いた。すると、隣かつ上の方で梶島が呟く
「腕はいいな」
異形は、じっとその複眼で剣士の後ろ姿を睨んでいた。
「まさか。隙だらけに見えた」
六島が問う。
「見てわかれ」
端的に、異形が答えた。
と、剣士が振り返って、六島と目が合った。先程どこか吞気に、にこやかに問答をしていたのと同じ人間とは思えないほど、緊張感に満ちている。
冷たい虚無、殺気の籠った双眸。そして、隙は全くなかった。
六島は苦虫を嚙み潰したように表情を歪ませた。
「……そうだな」
六島は、死線でボーダー柄のシャツを作れるくらいは場慣れしている。生死の狭間など日常茶飯事だ。人を見る目もある方である。そしてこれは、正当な評価だ。
でなければ、大勢の部下を引き連れられはしない。
それを化かし切った剣士やそれを見抜いた鬼蜻蜓は、戦闘経験値や技術の領域の次元がまるで異なるようだった。
時々、振り返りながら彼らは進んだ。
例の剣士はエレベーターのボタンを押してエレベーターが来るのを待っていた。
と、彼は何度かボタンを押したかと思えば、突然に、剣を抜いて、扉の間に差し込んだ。
「あいつ何やってる?何かあったのか」
誰かが言った。
「待つのが嫌いなんだろ、何かあれば誰か呼ぶ」
男はそのままエレベーターをこじ開けて、中に飛び降りてしまった。
自殺志願者ではないだろうから、待つのが嫌いなのだろう。
その間に六島は苦虫を嚙み潰し終えれば、扉に向かった。
指示して、部下に扉を開けさせる。
扉の先は、やけに広かった。
この建物内の部屋は大抵、通常のオフィスのようになっていて、各階にはその名残か椅子やテーブルが残されていたものだが、ここは少し毛色が違った。
天井が高く、奥行きは段違い。いくつもの座席までる。
ホールとして運用する予定だったのだろう。
その奥、舞台上。
男が二人いた。一人は、片方は椅子に座り、もう一人は立っている。
座っている方が、慈だ。
部下二人を新たな門番にして、複数人で突き進む
六島らが、中に進んだ。
二名ほどを出入り口側の扉近くに待機させ、ホール内に更に監視を置いた。
そして、六島と梶島が舞台上に上がった。
そして、椅子に座して待つ男が立ち上がった。
慈コウゾウ。五十代半ばといった風貌の男である。
一見してそこら辺にいるサラリーマンといった風体で、居酒屋で石を投げれば、ぶつけられるほどにはそこら辺にいそうなものだ。
そして、今日の慈は、六島が知るよりもくたびれていた。
表情が暗く、顔色も悪い。
彼を見て犯罪組織の武器を管理している男だと思うような人間はいないだろう。
慈の部下も、六島の知る顔だが、ひどい顔色をしていた。
「遅かったな。六島さん。外の様子は?」
憔悴した様子で、慈が言った
その足元には、アタッシュケースが置かれていた。
その持ち手には、手錠がかけられており、慈の手と繋がっている。
「欠伸が出るぞ」
そう言えば、六島は足元のアタッシュケースを顎で示した。
「例のブツだな」
「そうだ、保護はしてもらえるんだろうな?」
慈が頷けば、手錠を外そうと、ポケットから鍵を取り出した。
「ああ、逃亡先は抑えた。何週間か沖縄でボッーとしてくればいいと、ボスが言っていたよ」
六島が答えた。
と、何かをノックするような音が響いた。
ノック・ノック・ノック・ノックというような調子の、どこか子気味良い規則的な音だ。
何か起こっているのかと、六島が扉の方に振り向いたが何もありはしない。
同じように、隣の梶島や慈、慈の部下といった他のホール内の者らも、出入り口の扉を見ていた。
そうだ。何も起こってはいない。
「なんだ……?」
六島が呟いた
奇妙なノック音に、一同が首を傾げた。
「おい、聞こえたな。お前も」
隣の梶島が六島に言えば、寝転んだり、壁に近づいたりする。
音の出先を捉えようとしているのだ。
「B班無事か、わかった。外の連中と連絡が取れない?……クソッ。どうなってる。慈、何か知っているか」
六島は当惑しながら、B班との連絡を通じて外部との連絡が取れないことを確認すれば、何者かに襲撃を受け、逃げてきたという慈に問うた。
この間も音は止まらない。
「こんな音、初見だ」
慈の言に、音なのだから当然だろうという軽口を叩くものはいなかった。
音は段々と強くなっていく。
「……足元や壁から伝ってきている、音。いや振動か?」
梶島はしゃがみ込み、状況を推察していた。
直感と体感と、しかし体感のままにあてはめない言葉を定義して、理性で以って冷静に要素を頭の中で並べているのだ。
「──まさか」
鬼蜻蜓がとっさに跳びあがりながら六島の足を掴んで持ち上げた。
素早く翅を振るい、風を切る。飛翔するといってもロケットのように突き抜けていくような推進力だ。
「ウワッ、何して──」
片足を掴まれた六島が空中で逆さづりになりながら、振り回されて、悲鳴を上げる。
悲鳴と同時に、ぱんっと弾けたような音や、どんっというような鈍い音が、六島の眼上の、つまりホール下で響いた。
気がつけば、六島の部下たちが倒れていた。赤々とした血を吐いている。
「何が起きてる!」
六島が声を張り上げた。
と、出入り口の扉が開く。
人影は、ただひとつ。
遠くて人相はわからない。ただ、わかるのは。
「まずいことになったな」
鬼蜻蜓は片手で六島の足を掴んだまま、不規則に、上下左右三六〇度、あちこちをホバリング飛行しながら招かれざる客を睨む。
状況は悪かった。
味方はことごとくやられている、ピクリとも動かない、死んでいるようだ。
敵は現在確認したところ一名。実力は高い以外には、未知数。
目的も背後関係も不明。
一方、逆さづりの六島は鬼蜻蜓の飛行に振り回されて、晩飯を眼上へとぶちまけそうになりながら、舞台上へと目を向けた。
そこには無事の慈がいた。だが、慈の部下は六島の部下と同様に血を吐きながら倒れていた。
哀れな慈は悪態をつきながら、後退りながら拳銃を振り回していた。その寿命も長くなさそうだ。
「ブツを回収する!」
逆さづりの六島が眼下の鬼蜻蜓に叫ぶ。
その瞬間、ドカンという強烈な衝撃が起こった。
さっきのリズミカルな静粛の攻撃とは全く性質が異なる。
轟音と破壊だ。
飛行する鬼蜻蜓の背後の壁が爆ぜたのだ。
六島の顔に砂ぼこりがかかる。
「次は何だ!」
振り回されながらも、六島が目を向ける。
ホールの壁に、穴が空いていた。
壁の穴は丁度、大の大人の握りこぶしほどのサイズの穴で、ずっと向こうまで破壊跡は続いている。
何重もの壁面をぶち抜いたのは、相当な貫徹力を持った、特殊な兵器や能力であろう。そして、壁越しにこの精度でどう狙いをつけていたかはわからないが尋常ではない。
「無限には避けられんな」
鬼蜻蜓が呟いた。鬼蜻蜓の眼下、六島の眼上では、侵入者の人影が一気に舞台上へと疾走する。
狙いは、ブツらしい。
「俺が侵入者を相手する、掴めよ六島!」
まだ間に合うと、梶島は吼えながら急降下した。
梶島が腕を振ったので六島の体が振り回されて、一気に視点が床に平行になる。
ブランコで背後に思い切り引いた時のようだ。
「なに言っ、ウワッー!」
そして、地面に衝突するギリギリで、六島は自らにかかっていたGをふっと失う。
梶島が手を離し、宙に投げ出されたのだ。
そして、そのまま今度はブランコから飛び降りる時みたいに、勢い良く吹っ飛ぶ。
晴れて自由の身である。翼も翅もない身では、不自由極まりないが。
慣性のまま、舞台の幕にまで突っ込んで、六島はそれを掴みながらズルズルと不時着した。
「……始末する」
鬼蜻蜓は背後の悲鳴を意に介さず、一直線に侵入者に襲来した。
やることは単純だった。馬鹿げた速度突っ込んで、すれ違いざまに足を振り回す。いわば、ひどく洗練された技術で成り立たせる力技。だが、それで命に届かぬ生き物などおらず。
刹那、梶島が足を一気に凪ぐように振るいながら、急上昇した。
爆発じみたソニックブームが鳴り響く。
あの時の電車の車両内とは異なる速度帯。拓けたホール内での、十分に加速しての突風と爆風が、ホールを吹き荒ぶ。
しかし、空を舞う鬼蜻蜓は舌打ちする。
「……手強そうだな」
鬼蜻蜓の見下ろす眼下、フードを被り、人相のわからない敵は立ち止まり、鬼蜻蜓に向かった。
すれ違いざまの一撃を確かに躱して見せたのだ。
「六島、ブツを俺に寄越せ!」
梶島はそう言いながら、あちこち牽制と回避をかねてホバリング飛行する。
次の瞬間、衝撃がホールに響く。壁越しの狙撃である。
「今度はどこ……ッ、クソッ」
砲撃じみた銃撃に、かがんで様子を伺う六島が悪態をついた。
「うわああああっ……!」
舞台上で、悲鳴が上がる。そこには、慈が血まみれで倒れていた。
べちゃっと飛び散った肉片が、埃っぽい舞台上で塵と和えられたみたいになっている。ひどい有様だ。
慈は片腕をかばうようにしながら、叫び声をあげていた。問題は、かばうべき片腕の肘から先が、肉片になって飛び散ったことである。更に大きな問題は、その腕はブツと繋がる手錠を嵌めていた方の腕だったのだ。
舞台上にアタッシュケースが見当たらない。
「ええい、慈ィ!ブツは?!」
六島が舞台袖、裏の側からわずかに顔を覗かせて、声を張り上げた。
すると、慈は悲鳴とも何ともつかない呻き声をあげながら、舞台下の方を指さした。
ホールの席側では、梶島が侵入者と戦っているようだった。
滅茶苦茶な軌道で遥か図上から襲来し、凄まじい攻撃を浴びせる梶島が、侵入者を足止めしていた。
だが、棚の裏のものを拾う暇はなさそうだ。
「クソッ、ブツは俺が取りに行き──」
次の瞬間、ホールの壁に穴が空き、崩れる。
狙撃ではない、もっと荒々しく豪快だ。
「戦闘開始」
壁の向こう側から来たのは、身長二メートルを超えて見える筋骨隆々の異形だ。
身に纏うのは、黒い合成繊維製のスーツ、防弾、防刃といった特殊部隊御用達の防具。
そして、巨大な鉄の塊がごとき、剣。
もうひとり、武装した人物がいる。装備は異形の相方同様に、潤沢。
「何がどうなってやがる──!」




