第五十話 下馬評
異能組合幹部六島率いる二重体質者誘拐グループの到着より二十五分。
行動開始予定時刻から二分と二十秒が経過した、十月某日AM05:40頃。
とあるビル影通りを眼下に見下ろす、屋上にて。
夜明け直前、廃墟じみた高層ビルの屋上には十月の冷たい風が吹きつけていた。
眼下には、このビルよりも小さなビル群と眠らぬ街の明かりがが見える。見上げれば、そこには首都の中心を蔓延る遥か巨大なビルが、空高く天を貫く。それらはすべからく屋上テラス付きのホテル、大企業の巨大ビルといったこの国が異変以後に稼いだ巨額の富を象徴する。そんな乱立する巨大構造物を、使い切れるほど人間がいるのかはわからない。
そんな屋上に人影が二つ。
そのうちの一人が、ウーンと伸びをした。今日はフルフェイスのヘルメットにその他諸々のパワードスーツ、大口径の火器とフル装備なので、顔は見えない。
もう一人は顔が見えずとも簡単にそれとわかる。巨躯の異形。
プレデターのコールサインを持つ女は、溜息を吐いた。その手にある身の丈がごとき鉄塊じみた巨大な剣も、身につけた漆黒のパワードスーツも、使わねば意味はない。
「中止ですかね。帰れたら今日飲みません?」
もう片方がプレデターに話しかけた。
男の声で、どこか軽薄な調子だ。緊張感はない
「予定がある。店だけ教えな」
プレデターがあしらうように言った。
「振られちゃった」
男が肩を竦めた。彼はヘルメットの下は甘い顔の、優男である。
「む……」
プレデターが、額に手を当てる。
彼女は眉をひそめ、何か考え事でもしているみたいに、押し黙った。
その様子の傍らで、優男は辺りを警戒するように見回す。
数瞬ばかり、そうしてみれば、彼女は腕時計を慣れた手つきで操作して、素早くタイマーをセットした。ピッという電子音が小さく響いては、風の中に消えて言った。
「隊長?」
彼がプレデターに問いかければ、彼女は頷いた。
「……ああ、共有が来た。用意しろ」
彼女はそう言えば、屋上の縁へと歩き始めた。
駒谷隊長の能力によるものだ。彼の能力は事前に思念力を与えた相手や物に、視界や聴覚、駒谷の体験した視覚情報などを共有することだ。その逆もまた可能。
「件のイレギュラー、相当腕が立つ。仕事が減るのはいいが、本命は我々が仕留める。作戦続行」
屋上の縁に向かいながら彼女が説明し、優男もそれに追随しながら頷いた。
「了解」
屋上の縁にたどり着けば、二人は会話ながらに屋上の縁の手摺に、身につけた装備からリング状のものを取り付けた。
それを引っ張れば、ワイヤがするすると出てくる。降下用であり、玄関からではなく直接お邪魔するのである。
「原理は不明だが、イレギュラーの攻撃は体内にも来るらしい。スーツがあっても死ぬかもしれない。直接触れられたりはするな」
優男がそれをひとつ取り付ける間、異形の女は他の手摺にも歩いていき、合計三つも取り付けた。体重と、武器の重さの為であろう。
「おお、そりゃ怖い」
説明を聞く間、ワイヤの取り付けが行えていることを確かに確認するように、優男は二人分のリングを掴んで引っ張る。カキという冷たい金属音が響いて風にかき消されたが、彼はそれを確かに認めれば、指差しして良しとした。そして、同様に、これを彼女の取り付けた別のものにも行った。
特に力に優れた異形型は、こういう無意識のながら作業で、ついうっかり物を壊すことが時折ある。それで作戦が失敗するなんて笑い話にもならない。現場仕事や、ヒーローでも行われる、一般的な対策だ。
「ウィップが浮いた分、三人でまとめてカチ込む。遅れるようなら先に行く。場所は二十五階、例の大部屋だ。待機時間は一分二秒、一秒…質問は?ヴォイド」
そんな確認作業を、彼女は優男に任せて、説明ながら、腕時計を見つめる。
もうそのうちに時間だ。
「どう見る?」
ヴォイドが手摺に座れば問うた。
フルフェイスのヘルメットはツヤを消していて、僅かな光しかないのでは夜の闇に溶け込みそうだった。
「相手の役者は鬼蜻蜓に、イレギュラー。相当厄介だが、他は普通だ。こっちはステアがいて、ウィップは今回フル装備だ。あれはただ強いだけじゃどうしようもない」
「普通にやれば、勝てる」




