第五話 熱
駆け抜け、すれ違う。
絶対零度と暴威の衝突は、効力を互いに相殺し合う。
後は、互いの出力と能力の相性。
二人の力の衝突の瞬間を更に細かに分割して切り抜き垣間見ると、回転し運動するエネルギーが冷気により停められ、しかし同時に新たに殺到する質量を得た思念力が凄まじい摩擦から熱を放出する。
静かな衝突は互いの力を部分的に弱め、或いは指向性を微かに変えた事で、不均衡な軌道は、急所から左右に逸らす結果となる。
マコトは鎖骨の辺りから右肩までを抉られながら、体内まで凍りついた。その凍結は、鎖骨から右胸の一部までに及ぶ。
「ゲホッ……が……あ…これ、は……」
マコトは反射的に深く息を吸い、そして激痛に呼吸を阻害されていた。
体験したことのない、肺を突き刺すような痛み。冷え過ぎた空気は、毒となる。
このままでは本当に死にかねない。しかし、地べたを這いずることすら遠く、動くことは到底できない。
誰か、人の声が響く。何を言っているかはわからなかった。
瞼がひどく重く、脱力感に抗えない、この寒さをいっそのこと受け入れて、そして忘れてしまいたい。
仰向けに倒れたマコトが覚えていたのは、青と燈の入り混じる空だけだった。
空を飛ぶのは気持ちが良いらしい。ならば、この空に溶けてしまえたら、きっと気持ちが良いだろう。
…
…
…
…
覚えのある声が、響いた。
「マコト」
「マコト……!」
黒翼を携えて親友は、屋上に舞い降りた。いつだって、その姿はこの青い空によく映える。
マコトは散ったレイの羽根が、風に流されて飛んでゆくのをぼんやりと眺めていた。
「ダメだよ、マコト!」
歩み寄るレイの声はいつにも増して大きかった。
あまり大きい声で騒ぐと見つかって屋上が使えなくなってしまうではないかと、マコトはそれが気に掛かった。そして、何を止められているのかもいまいちわからなかった。
「西田先輩と模擬戦なんて、何考えてんのさ!しかも、君から申し込んだなんて……!」
ああ、なんだそのことか、なんて妙な安息感がマコトの胸に去来する。未知の失敗や思わぬ所ではなく、既知かつ自身の中でもう迷いのないことであるならば何も恐れることなどない。
「あの日、あの蜥蜴とお前がぶつかったのは偶然じゃない」
穏やかに、マコトが口を開く。
「え……?」
レイは目を丸くした。
「……優秀な奴、気に食わない奴、そういうのをイジめてもらおうってヤクザな連中が金を渡してあの蜥蜴に頼んだんだ。悪党を利用しようなんてよくある話だろ。……お前のことは、耳聡い子に聞いたんだけどな。知ってる奴もそこそこいたし、他にもよくやってるらしい」
全く以って酷い話だと、マコトはため息を吐いた。
「そ、そんなことって……」
「お前初めて聞いたろ。連中のほとんどは知ってて、お前に教えることすらしなかった」
「力がなくて助けられなかったんじゃない。見殺しにしたんだ」
首を横に振りながら、マコトはいった。
「で、でも……なんだって、狙われたわけでもない君が模擬戦なんか……!」
「タダの訓練に理由なんか要らねえだろ」
「──そう、タダの訓練にな」
…
…
…
…
目が覚める。そこにはなんでもない自分がいる。
夢を見た、いつも通りのことだ。
ただ、いつもと違うことがひとつ。
それは、視界に映る覚えのない天井だ。
「……?」
最後の記憶を辿りながら、ベッドから体を起こす。状況が読めなかった。
「…あっ、治ってる……」
マコトは咄嗟に吹き飛ばしてしまった左腕が、治っていることに気がつく。恐る恐る手のひらを握ったり開いたり、指を動かしてみると、平常となんら変わらない。流石のマコトもこれには驚いた。ここまでの大怪我の経験はこれまでになかったが、今時はこんなものでも治るのだ。ならば、その気になれば毎度毎度無茶をやれると思うと少し恐ろしい。ちなみに、訓練などでの医療費は全て控除される為、怪我はすればするほどお得な制度になっている。マコトはある意味、正しいのだ。
「……病院か……」
古斗野高校とは、元々特殊体質者の研究施設の隣に併設された特殊体質者の為の学校。開校後、緊急時の作戦及び避難拠点として運用される役割を担うこともあって、古斗野病院を併設し、研究施設は研究棟に名を改めた。
古斗野病院は特殊体質者の治療を主とする特殊な病院だ。そして大勢を引き受けて効率的にデータを収集する事で、研究施設としても機能しながら、緊急時の医療拠点にもなる。素晴らしい戦略拠点に見えるが、研究施設だった頃の名残から、特殊体質者から得られる有用なデータや研究についての政治的駆け引きの場であり、都市伝説では残酷な人体実験が行われているだとか、どんなものであれ、曰くの付くような噂は絶えない。
「あー、クソ……何時だ今…」
「昼の一時よ」
病室の扉が開く。現れたのはいかにも不機嫌そうな目つきの悪い白衣の女、古斗野高校の保健医のひとりだ。27歳独身、生徒の人気が高く特に男子生徒からの人気は凄まじい。チャームポイントは掠れ気味のハスキーな声だ。
「弦村先生、どーも」マコトは愛想よく笑って、挨拶した。
「ハァー」保健医は深いため息と共に、病室に足を踏み入れる。
「どうもじゃないのよ、問題児クン。……あのねえ、わかっててやってるでしょ。本当にやめてほしい」
そして、諦め混じりにいった。マコトはこの保健医に顔見知りとも言えるほど世話になっているが、これは互いに意図したことではなかった。
「いえ、ゼンゼン」マコトは目を伏せていった。
「すごく心配してたわよ、羽黒くん」弦村は腕を組んでマコトを見つめると、咎めるようにいった。
「それはそう、でしょうけど」マコトは目線を落としたまま答えた。
「……心配してくれなんて、頼んじゃいないだろうけどね。自分を一番大事にできるのは自分なのよ。今回は運良く死ななかった、言われなくたってわかってるはずよ」
弦村は諭すようにいった。マコトには彼女の意図は基本図りかねている、仕事だからであろうと切り捨てるには些か声に熱がこもっているからだ。そして、弦村は毎度、意図が伝わらないであろうと思いながら、この問題児に根気強く話をしている。
「……わかってます。あの先生、牧野は」
「はいはい、生きてるわ。二人とも後遺症も無し。
後から心配するならやり過ぎるんじゃないの!」
「なら、よかったです」
「……肺なんて、酷かったのよキミ〜。屋外で今年の残暑は厳しいからその程度で済んだけど……室内か寒い冬の日なら肺から出血して死んでたのよ。体内への防御は体に纏うよりも意識がし難いからね」眉を顰めて、弦村はマコトに強く警告する。
「牧野さんにも言っておくけど、もう、次はこんなのダメよ。先に言っておくと、これは相手さえ無事なら自分は無茶してもいいって意味じゃないから」
詠航マコトが両者共に無事と聞いて安心したのは自分と牧野シロのこと、どちらの方が大きいのかで言えば、後者の方である。故に、弦村の刺す釘の位置は実に的確であった。
「まア善処しますよ」
「ちゃんと言い切りなさい」
「えー、じゃ、もうやりません」
「よろしい」
マコトの調子だけは良い返事は今に始まったことではない。だが、それにしてもその信用はないようだった。
「牧野も病院に?」
「ええ、隣の病室よ。傷自体はキミよりマシだったわ、放っておけば死ぬって意味じゃ大差ないけど。二人とも今日中に元気に退院よ。にしても、キミは治りが早いわねえ」
「へえー……」
「あら、興味ない?これだって体質なのよ……まあ、キミのは寿命の前借りみたいなものなんだけど」
マコトは牧野シロことの方を考えていたお陰で、話をちゃんとは聞いていなかった。弦村にとり、この興味薄げな反応は意外だったようだ。
「あー、まあ、今は、その……お腹空いちゃって」
誤解を招く恐れがあることを素直に言ってその後に理由を説明するのも億劫な為、適当をいってマコトは誤魔化す。
「食欲あるんだ、あはは、流石というか、なんというか……あ、そうそう、放課後に校長先生がお呼びよ」
「えー、はい、わかりました……」
ため息混じりにマコトは答える。弦村はそれだけ言ってしまうと、出ていってしまった。
保険医が立ち去ったあと、マコトは顔を洗ったりシャワーを浴びて着替えたりと身支度を済ませていた。大方の手続きや書類の云々はほとんど名前を書くだけでよく、何か難しいことはなかった。
リュックサックや制服、そして血がこびりつき、左腕の袖が引きちぎれたジャージは病室に置いてあった。恐らく先生だろう。ふと、マコトはベッドの下に黒い羽根が一枚落ちているのを発見した。なるほど、レイが昨晩か少なくとも起きるまでに訪れていたのだろうなと思った。
病衣を脱いで制服に着替える途中、腕を吹き飛ばした辺りにはハッキリと傷跡が残っていた。ハイになっていて感覚が麻痺していたが、よくよく考えれば凄まじい怪我をしていたことを今更ながらに自覚する。
少しして、マコトは牧野の名前が確認される隣の病室の扉を叩こうとした。しかし、中から何やら話し声が聞こえ、先客を予感したマコトの手が直前で止まった。出直そうかどうしようかと迷っているうち、少々勢い良く扉が開いた。
扉の向こう、ベッドに座るシロと一瞬、目が合った。目に涙が溜まっているようで、マコトは一瞬呆気にとられてしまった。ただ、そちらに目を取られて突っ立っていると肝心の出てきた人間の邪魔になってしまう、マコトは慌てて道を譲る。
出てきたのは、四十代後半から五十代前半の男女二人だった。顔立ちからして牧野シロの両親だろう。その表情と部屋から聞こえた声のトーンからして、楽しい様子ではなさそうだ。マコトはどうもと軽い会釈を交えて挨拶すると、向こうも軽い会釈で返す。シロの父親の一瞬見えた手元には高そうな腕時計、そして足元の革靴もいかにも高級といった様子なのは確認できた。母親は穏やかで優しそうな印象で、一言の挨拶だけで育ちの良さが窺えた。
その二人が行ってしまうと、マコトは罪悪感に晒される。見てはいけないものを見た時、人の心に土足で踏み込んでしまったようなあの感覚だ。別に悪いことはしていない、だがそれでも罪悪の念を感じるようにヒトはできている。一般的なヒトの価値観を持ちうるとは、マコトは自分は案外律儀な人間だったらしいと自嘲した。
そして律儀なら律儀らしく今はそっとしておくべきか、マコトがそう思って立ち去ろうと背を向けたその時、背後で扉が開いた。
「……詠航くん」
「牧野……ごめん。その……」
「いえ、いいんです。私が悪いんですから……貴方こそ、何かご用があるんでしょう」
マコトは少し振り返って、軽く謝ると去ってしまおうと思っていた。だが、シロが平気そうな素振りを見せる。シロは母親似だったが、目元だけは父親によく似ていた。
「特にはな。用ってもつまらない、いつでもいいこと」と、マコトはぶっきらぼうに答えた。
「お気遣いありがとう。けど私、今はそんな話が聞きたいの」
あれから話したかったこともあるが、気晴らしにちょうどよいとシロは思った。
「別に面白かないぜ」と、マコトは念押しした。
「それでもいいわ」シロは強情に首を横に振らない。
「なら、駄弁ってく」
変に気を遣う必要もないかと、マコトは考え直した。
互いに話す理由も、話さない理由もなかった。
マコトは既に制服のシャツ姿だったが、シロは病衣のままであった。と言っても、露出が激しいわけではないからマコトは気にならなかった。
シロはベッドに座り、マコトは置いてある椅子に座って、向かい合う形で話を始めた。
「あー……怒られた?」
「どちらかというと、呆れられたわ」
「そうか、そういうもんか」
「貴方は」
「俺は、まあ平気。そっちこそ本当に平気か」
「ええ、大丈夫よ」
マコトがまず真っ先に触れたのは普通触れない話題だった。そして、それにシロは淡々と答える。
その後、その場を支配したのは、本題にも移りがたい気まずい沈黙だった。
「……あの、昨日は熱くなってごめんなさい」
「それを言うなら俺こそだ。まア、お互い様さ……普通、模擬戦で死人が出るのは仲悪りぃ組み合わせじゃない、ああいう時なんだ。だから、お互い生きててよかった、あんな全力は初めてだろ」
マコトはそうに違いないという風に半ば確信じみた様子だった。
「えぇ、人に向けてするのは……」
「ヒーローになるなら、いつかやらなきゃならない日が来る。いい収穫だな」
「ええ、そうね」
マコトの言葉にシロは同意して首を縦に振った。
下手をすれば死んでいた、そんなことでも生き残ってしまえば良い経験だと言ってしまえるのは生者の特権である。そう語るマコトも同意するシロも、向こう見ずには違いなかった。
「貴方も、ヒーロー志望でしたわね」当然そうなのだろうというように、シロはいった。
「いや、俺は……まだ決めてない」
決めていないというが、マコトほどに戦えることを十分に活かせる道はヒーローが精々だ。少なくとも、ならないというのに求道的に強さを求めるのは奇妙であるから適当に誤魔化しただけだなとシロは思った。
「そういえば、お話って?」と、シロは本題を切り出した。
「ああ、そうだ。そうだったな。賭けをどうしようか気になってさ、引き分けだろ?多分。……だから、無効にするのか互いに一つずつか、気になってさ」
「律儀ですわね」
シロはすっかり忘れていたようで、わざわざその話をしにきたマコトを感心したように見る。
「よく言われるよ。どっちでもいいぜ、俺は」
調子良く答えるあたり、マコトは相変わらずのようだった。
「なら、お互いに一つずつ言いましょう」
「じゃあ、俺から」
「ええ、どうぞ」
「その頬の傷、一年の時の模擬戦のやつだろ」
「ええ、そうよ。よく覚えてたわね」
実の所、頬の傷については何やら多少噂にもなっていた。だが、肝心の牧野シロはそういう噂話に興味がなければ、知るところにもない。
そして、詠航マコトは噂話をほとんど話半分で捉え、何か必要があればその目と耳で確認してしまう主義。ゆえに、この機会に聞くのだった。
「俺が殴ってできた傷だ、なんで消さなかったんだ。簡単に消せたはずだろ、教えてくれ」
特殊体質者の登場以降医療技術の発展は目覚ましく、瀕死や再起不能の怪我からの復帰に不治や原因不明の病気の解明や治療が可能な時代。
能力があれば無くなった腕を生やせるのは勿論、治療の効果を持った能力がなくとも最先端の医療ならば腕を生やす再生治療が可能である。ならば、頬の傷跡の一つ、面倒くさがらなければ簡単に消せる筈だった。
「あら、気にしてたの。いいわよ、言うわね」シロは、少し意外そうにいった。
「気にするさ、流石に」
女の顔に傷がつくことの意味くらい、あくまで自己責任と言えマコトは一応理解しているようだった。
「……お父様が、理事長の友人なの知ってる?」
「ああ」言われて小耳に挟んだことをマコトは思い出した。
「私は女で、父親が理事長の友人……ちゃんと戦ってくれる人なんて、いえ、そもそも誰も戦ってもくれないわ。けど、二年前も詠航くんはそうじゃなかった。ちゃんと向かい合って、戦ってくれた。それが嬉しかった」
「この傷はその証拠だから……私、変でしょう」
誇り高さすら垣間見える堂々とした態度でシロは話した。そして、最後の言葉は照れ隠しでも何でもなく、ただそう思うだろうとマコトに問いかけるだけだった。
「ああ、変だ。でも嫌いじゃねえよ、そういうの」マコトは思うまま答えて、微笑した。
「ふふ、お気遣いどうも」意外な答えに、シロの頬が緩む。
「どういたしまして」つられるようにマコトの表情もさらに柔らかくなる。
「……変なのはお互いさまみたいね」シロは、ふっと肩が軽くなるような感覚を覚えた。
「そうだな」
奇妙な男女が二人、交わす言葉はどれも静かだったが、昨日戦ったとは思えないほど和やかだった。
「次、私ね」
「可能な限り何でも、ドンと来な」
「じゃあ……そうね。詠航くんはなぜそこまでして強くなろうとしているのか、知りたいわ」
「戦う理由って奴?」
「ええ」
マコトの意訳にシロは頷く。詠航マコトのあり方に疑問を感じる人間は多い。だが、賭けを持ちかけた張本人の聞く内容にしては、やけに当たり障りのない内容だった。
「そういうヒーローっぽい話題、みんな好きだな。てっきり、さっきの本気で戦った理由聞かれると思ってた」
この学年になるとヒーローを目指す上で、各々なりに哲学や信条が固まっている。実際にどんなヒーローになるかという、より現実味ある命題に対する指針を持たないで続けるのは難しい。
「それは昨日なんとなく理解ったの」と、シロは首を横に張る。
「不粋って奴か。じゃ、今のは忘れろ」
同じ刹那、純粋な熱に全てを委ねた仲。ゆえにそれ以上言うことはなかった。だからこそ、そこまでして強くなろうとする理由を聞くのだとも言える。
「……理由……か……」マコトが小さくいった。
暫しの沈黙の後、何とも付かない悩んでいるであろう声が静かな病室に響く。
マコトはゆっくりと息を吸って吐くと、目にかかるほどの桃色がかった白い前髪をかく。そして、答えが出たのだろう。その視線をまっすぐシロに戻した。
「正直、俺にもよくわからない」
「意識してないワケじゃない、ただ多分ヒーローになるのが夢って連中とは違う。俺は、一番向いてたのが……コレだった」
穏やかに、自分で自分を言葉にするほど目線は床に落ちていく。
「じゃあ……楽しいから……?」恐る恐るといった口調で、シロが聞いた。
「それは、違う。みんなが噂するみたいに戦うのが飯より好きでも、人傷つけるのが趣味なワケでもねえ」
即座にマコトがわかりやすく声を荒げる、シロを覗く極彩色の瞳は動揺の色を纏っていた。
「!……ごめんなさい。私そんなつもりじゃ」
「いや……別にいい、それも多分ってだけ……ただ、何か前進していないといけなかった……思い当たるのは、これしかなかった……」
シロが驚いてすぐに謝ると、マコトの口調は一点して急にしおらしくなってしまった。
「……まア結構避けられるようになっちまった、変わり者ばっかのここですら変わり者扱いだ、だから俺は相当変らしい。自分じゃ結構、普通に暮らしてたんだけど……仕方ないかな」
特殊体質者は真っ当な人間関係を築ける環境にないことが、昔ほどでなくても多い。そして、特殊体質者の為の学校にも上手く馴染めない人間もいる。彼の場合、不登校や素行不良などとは毛色が違うが。
「それは……」シロが何か言いかけて、しかし掛ける言葉は見つからなかった。
「ああ、平気だぜ。自分が好き勝手やった結果だろ。それにこうやってつるんでくれる物好きもはいるし……友達だって、いるんだ。あんま嘆いてたらバチ当たる」そういうと、マコトは小さく笑った。
「強いのね」と、シロはいった。
「けど、それだけだ」マコトは首を横に振る。
「ううん、そういう意味じゃない。強いわ」頑なに、シロはその強さが物理的なモノだけでないと目の前の彼を肯定した。
「さあ、どうだか」マコトは否定も肯定もせず、はぐらかす。しかし、満更でもなさそうだった。
「私も、もっと強くならなきゃ、私なんてまだまだ世間知らずですから」
彼の事を肯定したのは、強さ故、求める高み故、存り方が故の孤独とその強さを、シロ自身否定したくなかっただけなのかもしれない。
「世間知らずね。いいじゃん、これから色々やって知ってく。みんなそうだろ。実際、命懸けで自分のワガママやったんだ、誇れることだろ。それに……」
「……相当な技術だった。流石にわかるよ、一朝一夕で身につくワケない。ああ、謙遜は禁止な。てっきり昔と同じ氷使いだと思ってたから、能力でも驚かされたが……」
シロの能力、それは思念力を擬似的に氷のようにするのだとマコトは考えていた。しかし、それは寧ろ副次的な機能で、その本質は熱を奪う冷気にあったことにシロ本人が気がつき、研鑽を積んだのだろう。
「まあ、なんだ……お前は取れる選択肢の中でよくやった方だろ。俺も死にかけて病院送りなんて初なんだぜ」
空気を凍結させそのまま出力で押し込め構築した壁への応用、見えない凍りつく刃、居合術、戦いの運びと読み、咄嗟の体術。配られたカードで最善を尽くすという点で、マコトは敗北していた。その割に、物言いは随分と上からだが。
「褒めても何も出ないわよ、ポニーちゃん」
「俺は世辞を言えないのさ」
冗談混じりの言葉に、冗談で返す。しかし極彩色の瞳だけは真剣だった。
「……詠航くん」
「なんだ」
「ありがとう」
「どう、いたしまして……?」
本人にとり感謝される謂れがなかったのだろう、マコトは首を傾げた。シロはそんなマコトを見て、つい、小さく笑ってしまう。ポニーよりも、もう少し小動物的であるなと思った。
「あら、もうこんな時間。私もそろそろ着替えなくちゃ」病室の時計を見て、シロはいった。
「そうか、じゃあ」
マコトは椅子から立ち上がり、別れを告げる。時計の針は、昼下がりの頃合いを示していた。六限の授業には、二人とも間に合うだろう。
「……ねえ、連絡先なんだけど、クラスのグループから追加しても?」
「あー、それはいいけど……」
連絡先と聞いて、マコトは一瞬硬直した。それは、意図を図りかねていたのだ。
「やっぱり嫌かしら」踏み込みすぎたかとシロは気まずそうに苦笑する。
「いや、別に嫌なわけじゃない、追加してくれ」
そんなシロを見て、慌ててマコトは付け加えた。頓着こそしないが、相手に無駄な気を遣わせるのは主義でなかった。
「そう。なら、追加しておきます」
お人好しだなと、シロは思った。
「また返しとく、じゃあな」
「ええ、また学校で」
互いに挨拶を交わすと、小さく手を振りながらマコトは背を向けて、扉を開こうとした。
「あ──詠航くん、待って!」
何かを思い出したように、シロは慌ててマコトを引き止めた。
「……どうした?」
扉を開けようと伸ばした手の動きが止まる。マコトが振り返ると、立ち上がったシロがマコトの目の前に立っていた。
見ていると吸い込まれるような極彩色の瞳が、黒い双眸を覗き込む。あるいは、覗き込まれる。こうして立ってみると、ほんの数センチメートルほど、しかし確実にシロの方が背が高かった。
「また今度、訓練や演習に付き合ってほしいの。別に教えてもらわなくたっていいわ、欲しいものがあるなら貴方から盗みますから」
「……いいぜ、訓練でも模擬戦でも何でも付き合うさ」
交差する目線は、きっと同じ熱を帯びていた。