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BREAKER  作者:
第1.5章 「受難」
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第四十五話 依頼の経緯


 鬱蒼と茂る木々、頼るものの無い山中では何が起きても誰も知る者はいない。

 そこに響くのは足音だ。山荘から離れる方向へ、そいつはまるで何かに追い立てられたように駆ける。


 山荘より少し離れた木々の狭間で空間が歪み、そして開いた。

 走る人影がその中に飛び込み、そうして歪んだ空間は閉じた。


 そこは、山中ではなかった。空間移動能力により、脱した先はコンクリートを打ちっ放しにしたどこかの倉庫か何かのような寒々しい場所だ。


 薄暗いそこには何か変哲のあるものはない。ただ、だだっ広いだけだった。


 先ほどまでとはまるで違う空気をカブトムシ(ビートル)の肺が吸込む。

 よほどダメージを受けたのか、彼は甲殻で覆われた体を引きずるようにして歩いていた。

 硬質な体には羽黒レイの放った矢が腹に突き刺さり、そして何かに斬られたような深い傷が交差するようにしてその胸元を飾る。


 両手には何かが抱えられていて、しかし、その抱える力も残っておらず、ゆっくりとこぼれていき、ボトボトと音を立てて溢していく。それと同時に、床に夥しい量の血が流れた。


 カブトムシ(ビートル)が視線を上げれば、そこには二つの人影があった。片方は瘦せた長身の男で、名を水浦という、希少な能力から真理救済教内で地位を確立しているが、その実態は怪しい男だ。

 彼は、不機嫌そうにカブトムシ(ビートル)を見つめていた。


「千田、失敗したようだな。」


 水浦が少し離れたところから、カブトムシ(千田)を見て言った。

 だが、千田はどこか呆然とした様子でフラフラと歩くばかりだった。


「柳田は?それに、橋本は」


 水浦が千田に問いかける。

 すると、それを聞いた千田は立ち止まり、先ほどまで両手に抱えていたものの散らばった床を指した。


 そこには散らばっているのは、よくよく見ればバラバラになった彼の相棒だったもの──キリギリスの甲殻と肉と血と骨、そして少々の内臓──だった。

 血の中にこぼれた目玉と水浦の目が合い、水浦が顔を顰めた。


「二人とも死んだ。橋本は異能組合に、柳田は天狗の怪異に」


 千田が淡々と話し始める。相手の残り戦力、二重体質者(ダブル)の所在と確認。

 それを聞いた水浦はため息を吐いて、「こっちで練り直す」とひとりごちるように言った。

 そんな二人のやり取りを、じっと動かず見ている男がもう一人。


 端的なやり取りをしばらく見つめていたその男が緩慢に動き出した。その男は背が水浦よりも低いが、水浦とは対照的に異形かと思うほどがっしりとした体格で、のっそりと歩くさまはどこか牛に似ている。

 頭を丸めたさまに、坊主のような恰好からまるで寺にでもいるような風体だ。


 そんな千田に並んでも見劣りしない体躯の牛坊主は、そのまま千田に歩み寄る。

 そして、男は衣服が血に汚れることをためらわず、千田を抱きしめた。


「よくぞ生きて戻ってくれました」


 牛坊主が、涙を流しながら言った。


「清美様……申し訳、ございません……」


 千田が言葉を溢す。


「貴方一人が戻ってきただけで、私には十分です。しかし、友を喪ったのは、辛いでしょう。私も、辛い」


 清美と言われた牛坊主は、千田に静かに、そして力強く語った。


「しかし、二人は自らの宿命に殉じたのです。これは必ず、次に活きます。二人の為にも今は体を休めてください。また、貴方の力を借りる時が来ます」


 清美はボロボロと大粒の涙を流しながら、粛々と語った。


「次は必ず、期待に応えます」


 二人の会話を横目にしていた水浦が手を叩けば、空間が歪む。

 そうして彼らは熱い抱擁を終えれば、千田は間もなくしてゲートの先へ足を引きずっていって、その後ろ姿は見えなくなってしまった。


「私を山荘へ、ゲートはまだ開けますね。彼等の繋いだ使命を繋げます」


 清美が涙を拭って言った。

 彼は俄然やる気なようで、水浦を見据えるその瞳は活力に満ち溢れていた。


「ダメだ。二重体質者(ダブル)はとっくに逃げている、自由の身なんだ。それに天狗の怪異がいる。あの山を出るまで待つか、他の二重体質者(ダブル)でも狙うコトだな」


 一方、水浦はそんな清美とは対照に冷静に応えた。

 腕を組み、コツコツと靴で地面を踏みながら次の手を、何か考え事でもしているようだった。


「雁野田様の望みを叶えるには、最早彼を得る他に道はありません。でなければ教団は権力に潰されてしまう。他に協力者を、信用できる実力者は?」


 清美が首を横に振って、水浦に問いかける。

 未覚醒の二重体質者(ダブル)は、そう簡単に見つからない。それならば、もっと楽に済んでいるはずだ。


「国民共存党との抗争中、信用できる奴から消えていった。奴らが消耗してもどうやらこれは止まらない。向こうもどんどん実働部隊が消えていた。やられたよ。公安かどこかだな」


 水浦がため息を吐く。コツコツと靴が地面を叩く音が響く。

 真理救済教は、今更退くにはあまりに多くの経費を掛け過ぎた。別組織との抗争中の暗殺らしき事案、立て続く二重体質者(ダブル)確保の失敗、着実に削られ追い詰められていた。

 水浦と清美は既に警察の捜査の手が及びつつあり、公安にはとっくのとうに目を付けられていることを十分にわかっていた。内部のスパイこそ機能しているが、それ以外の動きも多い。

 まだ戦えるが、損切りという段階に無いのは事実で、二重体質者(ダブル)を確保する以外に打開策がないのは、明白だ。


「権力者は我々の脅威ではない。内部では我々側の人間も多数います。選挙には我々はなくてはならない存在になっている。ですが、情報一つない暗殺が何度も起こった。政府どころではない、我々の手の及ばない意思があるのでしょう」


 清美の見解について、水浦は同意するように頷いた。

 超法規的な高い諜報能力と実行能力を持った集団が存在する可能性について、否定する材料はなく、存在すること自体自然に思えた。

 しかし、実際に影も形もない脅威を前にすれば、当然、その対処には当惑せざるを得ない。


「以前、貴方の仕組んだ電車襲撃事件。邪魔してきた学生と例の三人組、仏罰はどう下します。特に、あの学生についてはあまりに出来過ぎた話、彼を突けば我々の真の敵の尻尾を掴むことになるでしょう」


 清美が思い出したように、水浦に言った。

 それを聞いた水浦の眉がピクと動く。そして、靴で地面を叩く音が止んだ。


「……だが、わかったところでどうなる。二重体質者(ダブル)さえ獲れば勝てるならそこに注力すべきだ。幸い、心当たりもある」


 水浦が清美の言葉をさらりと受け流すように言う。

 清美が水浦の目をグっと睨むように見つめていた。


「まさかあの二人に?」


 清美には嫌な心当たりがあるようで、彼は明らかに顔を顰める。そんな顔を見て、水浦は僅かばかり口角を上げた。


「お前は嫌いだったな。特に岡田は」


 二人とは岡田に平柳。

 この後、水浦が依頼する者たちのことだ。


「彼には信心がない。人の愛をわからない、惨い人間だ。私はそれが、信用できないというだけです」


「だが、腕は確かで欲にも忠実。余裕のない今じゃ貴重だ。利用してからお前に任せる。それでどうだ?」


 眉を顰める清美を前に、水浦が肩を竦める。

 清美でさえも岡田キョウタなる人物の実力は否定できないのか。彼は、渋々了承するようにうなずいた。


「では、例の学生と三人組への仏罰に。二重体質者(ダブル)は私たち真愛烈士団(しんあいれっしだん)の使命です、彼らは不要。そもそもこれは信用できる者だけが関わるべき任務ですから、我々こそが適正です」


 真愛烈士団。

 真理救済教幹部、清美なる男の率いる真理救済教内の組織だ。

 教祖、雁野田(がんのだ)畢竟(ひっきょう)を守り、あるいはその意思を直接反映する直属の集団である。だが、それを操るのは事実上、この牛坊主といった様相のこの男、清美なのだ。


「例の三人は柞山會がやるらしいから手は出せん。ガキを始末させ、異能組合にでもぶつける。それより、いいのか?特に雁野田様が重視する信徒だぞ」


 水浦が憮然として鼻を鳴らす。

 彼はその能力と独自の人脈のために教団の幹部であり、部下も持つ。

 しかし、真愛烈士団ではない。


「それが何か。課された使命こそ我々の存在意義であり、例え、困難であろうとも試練とは必ず乗り越えられるから試練なのです。それとも、雁野田様ができないことを指示為されるとでも?」


 清美が、静かに声を荒げる。

 雁野田畢竟がそうせよと言う以上、それは──少なくとも信心深い者にとっては──決して不可能ではなく、不断の努力によって実行されるべきことなのだ。


「抗争後な上、二人やられてる。こっちから助っ人を出す。月下はどうだ?他にも呼べるぞ。……確実に成功させるんだろう。なら、少しでも犠牲を減らすべきだ。それとも、こんなものをまた見たいか?」


 水浦が地面に散らばる真愛烈士団、団員だったモノを顎で指して言った。

 およそ原型を留めずとも死体の残った彼は幸運である、橋本の遺体は指の一本も回収できない。


「……いえ、ああいう信心の薄い者達はこの使命に相応しくありません。使命の中散ることは我々の本望、雁野田様は信心の姿勢だけが真心の証明であり、信心が唯一人間を磨く手段だとおっしゃられた。貴方も、もっと真剣に取り組むべきです」


 清美が答えれば、水浦に背を向けた。


「彼の、弔いをせねばなりません、遺体袋を持ってきます。なので、ここをお願いします」


 清美の言葉を聞いて、水浦が手を叩いた。すると空間が歪み、能力が発現する。

 水浦は、そんな清美の背を無表情で見つめていた。


「俗物め……」


 ゲートを渡った先、清美が呟いた言葉は水浦の耳に届かない。


「…」


 清美が去った後、水浦は死んだキリギリスの死体を一瞥する。

 そして、小さな舌打ちが響く。


「何が信心だ、全然使えねえじゃねえか」


 吐き捨てるように言った。

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