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BREAKER  作者:
第1.5章 「受難」
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第四十一話 争奪

「見見つつけけた見つけ見たつけた見つ見けたつけ見見つ……」


 壊れたラジオのような声が、地下室に響く。それは、言い直すという感じではなく、十数人が口々に「見つけた」と、言葉がかぶってもまるで問題ないように言い続けていた。


 吹っ飛ばされたレイが、即座に両手で地面を手につく。

 側転するようにして、背後の敵と距離を取りながら、振り向いた。


「……」


 そこに立つのは男が一人。ローブを身に纏っている。レイと同じか少し上くらいの歳の男だ。どう見ても、口を開いていない。

 「見つけた」と一連呼する声の主は、彼ではない。少なくとも、腹話術を使っているような感じではないのだから。


「なっ……」


 その声の主は襲撃者が手袋越しに、持っていた。

 まさしく、それは奇怪なモノであった。生き物らしき挙動こそしているがアンバランスな形をしている。

 それは、黒褐色のぬめりを感じさせる反射のある昆虫──ゴキブリの──巨大な頭部であった。しかも、そいつの頭の表面には人間の口が、始めから生えていたように確かにあった。それも、ひとつやふたつではなく、その表皮を埋め尽くすように確かにあった。

 そして、ひとつひとつが絶えず同じ言葉を連呼していた。


 その醜悪な姿は、レイが攫われたあの日見た怪異生物と被る。


「五月蠅いのは嫌いだ」


 男が眉を顰める。瞬間、彼のローブの袖から細い鋼線がするりと現れたのをレイの目は見逃さなかった。

 その鋼線は揺らめく陽炎のようなエネルギー──思念力──を纏い、まるで意志を持つように、否、男の意思によって駆動する。


「!」


 ヒュンッと風切り音が鳴る。

 次の瞬間には、怪異生物の口という口が中の舌まで含めて鋼線で文字通り縫い合わされていた。そうしてから鋼線が天井のパイプに巻き付けば、醜悪な怪物は静かになって奇怪なオブジェになり果てた。

 それにどんな感覚があるのか、知能と言う概念があるのかは不明だ。だが、少なくとも、外部からの刺激に反応するらしい。ぶら下げられながら、それは悶えて、静かに揺れていた。


「醜いものも」


 そう語る襲撃者は不快げに手袋を外せば懐にしまい、替えの手袋を取り出して付け替えた。

 襲撃者の背後では、金属扉がその板の内側から強引に開くように引き裂かれているところからして、彼は扉の向こう側から出てきたのだろう。

 引き裂かれた金属扉は、鋼線と同じく思念力を纏う。それは、さらに変形し壁に一体化するように張り付いた。

 その時点でそれは、最早扉と呼ぶべき機能は完全に喪失していた。

 唯一の出口は、閉ざされた。まさしく、袋の鼠である。


「手を煩うのもな」


 男は、ぶら下げられた怪物の残骸にも乗山の死体にも一瞥すらしない。彼はただ、レイを見据えた。

 まさしく、獲物を見るような無慈悲な眼をしていた。


「あの時と同じ、怪異生物……」


 レイが、怪異生物と対峙するのは攫われたあの日が初めてだ。だからこそ、すぐに思いついた。

 ならば、レイを今軟禁している佐藤たちと、この男とはまるで異なる組織ということになる。


「醜い出来損ないだ」


 男が鼻で笑った。


「……」


 レイは黙して男を睨む。

 両者の間合いは近い。特に異形にとっては一瞬で仕留め切れる間合いである。その上、男の姿勢はまるで棒立ちで──隙だらけに見えた。

 だが、レイはとびかからない。

 これではまるで見え見えの誘いだ。ローブの内側に何か得物を備えているのは、わかりきっている。だが、どうしようもない。

 金属を操るなんかの能力であることは想像に難くないが、そういった汎用性の高い能力は準備もなしに対策のしようがない。


「だが、こんなものはどうでもいい。……二重体質者(ダブル)、異能組合とつるむくらいなら、我々に協力してもらうぞ」

 

二重体質者(ダブル)……?なら、僕を狙うのは──」


 二重体質者、異能組合、聞き捨てならない単語の数々にレイは思わず聞き返した。

 確かにこれなら狙われた理由も生かされている理由にも合点がいく。

 貴重なデータ、研究サンプル、戦力、そういった単語と、そしてもう一つの疑問。

 なぜ目の前の男や醜悪な怪物をつれた連中が二重体質者を狙うのか──。


「なんだ、知らなかったのか」


 男がそう言うや否や腕をわずかに上げれば、ローブの袖口がわずかに煌めき──ヒュンと風切り音が鳴った。


 しかし──


「っ、手加減しないぞ……!」


 ──彼の視力、動体視力を前にしたそれはよく目立っていた。


 羽黒レイはワイヤの迫るよりも早く動き、既に踏み込み終える。

 勝気なボクサーのように紙一重で鋼線の軌道を躱して、姿勢を低くして一気に前進した。

 それだけで、間合いはたった数メートルからもう目と鼻の先。

 手を伸ばしきるほどの間合いもない、羽黒レイの間合いだ。


 逃げ回るには狭く、近すぎた。だが、それは男にも言える。

 手負いとて、猛獣。抑え込むには、その近さは仇である。


「ㇱッ」


 レイの拳が素早く放たれる。いわゆる軽いジャブだが、それを放つ膂力は人力の範疇にない。

 異形以外がもろに喰らえば、それで決着(KO)


「ッチ……」


 男が腕を上げて防御したがそれでは全然耐えられず、ゴシャッなんて嫌な感触と共に男が吹っ飛んだ。

 次の瞬間には床に転ぶだろう。

 そこを狙い、レイが更に踏み込み迫る──その瞬間、男のローブ……その生地のあらゆるところを貫いて、無数の鋼線が飛び出した。

 弾幕のような攻撃に、レイが思わず目を見開いた。


 「ローブの袖口ばかりから攻撃が来る」そんな先入観と明らかな誘導に気づいた時にはもう遅い。

 無数の鋼線は宙を踊り、レイを覆うように巻きついてくる。回避は不可能だ。


 しかし、レイは怯まない。


「ッ」


 咄嗟に、身を庇うこともしない。その目が真に見るべき点、床に叩きつけられる男を捕らえていた。

 敵目掛け躊躇うことなく突っ込めば、あばら目掛けた鉄拳が降る。


「怯めよッ……!」


 眼前の拳を寸前に、男は悪態を吐きながら鋼線を掴んだ。

 同時に、レイに巻き付いた鋼線が駆動する。鋼線を掴んだことで、ワイヤーアクションみたく男が体を横に逸らせば、レイの鉄拳は男のあばら骨をぐちゃぐちゃにする代わりに床をぶち割るのにとどまった。


 それと同時に、鋼線はレイの拘束を完全に終える。


「ぐっ……」


 レイは力を込めて鋼線を引きちぎろうとすれば、数本が耐え切れず、プツンとちぎれたが──それだけだ。そして、それも束の間に追加の鋼線が巻き付いてくる。

 レイを拘束する鋼線同士が絡み合い、それはか細い鋼線から、強固な太い縄のようになった。


「……万全じゃなければ、こんなものか」


 男が床から立ち上がりながら、言った。


「これでもう怖くない」


「っ……」


 男がそう言いながら、レイを蹴りつけた

 レイは恨めし気に男を睨んだが、もうそれ以上できることはない。


「完了した、状況は──」


 男が、無線機をとりだして言った。


────────────────────────────────────


 階段上に陣取る異能組合の二人は、見下ろす先の異形と睨み合っていた。

 佐藤が、階段横に立てかけてあった火薬式ボーガンをとれば構え、勘崎は無言で前に出る。


 陣形は、二対二。対処法は、迎撃。


「好き放題やりやがって──」


 佐藤が狙いを定め、カブトムシ(ビートル)キリギリス(ホッパー)の異形が身構えた瞬間のことだった。男の脳内を思念が渦巻く。


 乗山セイジ、特殊体質者。

 彼は思念力を込めた対象が事前に設定した条件を満たした時、その状況や情報について、他の思念力を込めた対象に伝えることができる。

 設定した条件は二つ。

 ひとつは、羽黒レイの乗山からの一定距離を離れること。

 もうひとつは、他の思念力による干渉。


 その能力は一度使ってしまえば本体から干渉する必要がない自動発動。

 死亡後も思念力の持続する限り働く可能性が高く──。


「──知らせだ、羽黒の所()に行く」


 佐藤が、端的に伝えた。


「……」


 全てを悟った勘崎は、無言で頷いた。

 乗山の死。羽黒レイの危機。そして、佐藤が羽黒レイを確保するには自身が一人で凌ぐ必要のあること。


「二分だ」


 そして、勘崎は一人で抑えられるだろう制限時間を告げた。

 異能組合六島組構成員の行動原理。その最優先事項は、下された命令に基づく任務だ。

 この任務の要は二重体質者。多くの準軍事的、軍事的組織がそうであるように、構成員自身の生存は望ましいものに過ぎず、勝利には劣る。


「了解」


 佐藤が床に触れようとしゃがもうとする──しかし、それよりも早く動く影が三つ。


「やらせるなッ」

「わかってる」


 まっさきに階段を一足で飛び越えたのは、ホッパーだ。しかし、同時に飛んだ勘崎が衝突して、ホッパーと空中で揉み合いながら落下し───その下を潜り抜けるようにビートルが疾走する。


「っ」


 佐藤の能力は、触れてから発動するまでにはほんの僅かなラグがある。

 だが、そのラグが致命的。ここで付いてこられれば佐藤たちに勝ちの目はない。

 ビートルを止めるものは無く、このままでは──。


「行けッ」


 その時、勘崎が叫ぶ。同時に、ビートルの頭上から何かが飛来し──交通事故じみた衝突音と共に、階段の手すりをぶち抜きながら一階へと落下した。

 勘崎が、刹那の交錯にて鋏で捕らえたホッパーをビートルに叩きつけたのだ。


「やっぱり、一分だ」


 着地しながら、勘崎が時間を訂正した。


「わかった」


 佐藤が応じれば、轟音が響き、粉塵が舞う。

 足元の床とその下の構造物が上から順に爆発する。連鎖的な爆音は爆弾で爆竹を作ったような轟音を響かせて、男は下へと消えていった。


「……人使いが、荒いな」


 ギイと木材の軋む音が響き、勘崎が構えた。

 二人の侵入者が階段を上がる音だ。二人は先ほどのように急ぐ必要はない。

 目と鼻の先にいる勘崎は、室内に逃げ場はなく、仲間の為に持ち場を離れることもできないのだ。


「どうする」

「こいつが先だ、すぐに終わらせる」


 ホッパーが問い、ビートルが答えた。

 二対一だ。

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