第三十八話 ここだけの話
長々とした同じ風景の続く、地下深く。ひとりの少年が歩く。
黒いパーカーのフードを被り、ジーンズのポケットに手を突っ込んで、大きな欠伸をひとつこぼす。
少年の履く使い古されたローテクのスニーカーは幾何学模様の廊下や壁と合致しない。
彼の極彩色の瞳が、退屈そうにこの変わらない景色をぼんやりと見つめていた。
この基地の廊下は、歩行者に今自分がどこにいるのかわからなくさせる効果を持つ。
少年もはじめての時こそは多少なりとも興奮できていたが、悪い夢でも見ているようなその場所に早くもうんざりしていた。
マコトはある扉の前で立ち止まった、
その扉を開けばその向こう側では普通の会社──と言ってもマコトは会社勤めなどしたことがないので、オフィスの雰囲気など知りもしないが──らしい風景が広がる。
ここは第二層。技術部のフロアであり、この部屋もまたそうだ。ここは、この国随一の頭脳が日夜多額の予算の下、兵器の研究開発に勤しんでいる場である。
マコトはパーカーのフードをとれば、薄い桃色がかった白髪をふわりと揺らして、そのオフィスに足を踏み入れる。
だが、あまり背の高くないマコトには、あんまり広い上に人が行き交い、仕切りも設置された室内を見渡すのは難しい。少し背伸びをしてみても、どこに誰が要るのかなどさっぱりである。
そこで、少年は近くのデスクで作業に勤しむひとりに話しかけた。
「楠木原さん、いらっしゃいますか?」
その技術者は彼を待っていたと言わんばかりに、すぐにどこにいるのか答えてくれた。
「向こうの一番奥の扉の先。行けば、すぐわかるよ。その部屋にいる」
技術者が指差す方向を、マコトは見たがやはりよくわからなかった。少年は礼を言えば、ひとまず技術者に従ってそちらに向かった。マコトは少し歩いたが、彼らが何をやっているのか覗いてみたりするが何をやっているのか理解できそうなものはなかった。
そのうちに部屋でも奥まった位置に扉がある。何の変哲もなく、何室だのと室札もない。
とりあえず、マコトが扉を叩いて尋ねた。
「処理部の詠航です。楠木原さんいますか」
二回か三回か四回か、あるいはそれ以上か社会人経験のない彼の何も気にしない回数のノックと挨拶の後、しばらくの沈黙を経て、返答が来た。
「入れ」
単刀直入な声を聞いて、マコトは部屋に足を踏み入れた。
部屋は整然としていた。本棚の書籍はぴっちりとジャンル順に並べられているし、壁には刀に槍や銃火器が丁寧に飾られている。
実戦用であろうスーツを着たマネキンがいくつも立ち並ぶ。ヘルメットの隣には、普通ではあまり見かけない無地の仮面も並べられていた。恐らく、以前にマコトの為に製作されたもののプロトタイプだろう。
まるで小さな博物館だ。
「こんにちは」
「来たか、詠航マコト。変わらないようだな」
そこにはひとりの老人がいた。
彼はデスクで読み込んでいる書類から視線を上げてマコトを見れば言った。
恐らく、還暦は越している。だが、当人の気質も相まって若く見えているだけかもしれない。少なくとも、これだけシャキッとした高齢者は普段お目にはかかれないという程度には姿勢も発声もハッキリとしている。
着慣れたスーツを身に纏う彼の、瘦せた顔に乗る二つの眼光は剃刀よりも鋭く見える。
老いてこそいるが、その口よりも多くを語る目は変わらず溌溂で、ぼやくような口調も相変わらずである。
「お陰様でね。この前は、助かりました」
マコトが、真っ先に伝えたのは感謝の言葉だった。
岡田キョウタとの死闘で生き残れたのは、楠木原のおかげである。しかし、肝心の楠木原はそんな心底からの言葉を聞いても、表情を変えはしなかった。
「それは知っとる。仕事が増えたからな……まあ、とりあえず座れ」
楠木原は用意済みの椅子を指していえば、マコトはそれに従って楠木原とデスク越しに向かい合うように椅子にと座った。
「これまでに実戦で使わなかったのはグローブだけか?」
楠木原が問いかける。
「ああ、あの時はその暇なくて……でも、お陰であれはまだ残ってますよ。訓練で使ってます。それ以外はほとんど壊しちゃいましたから」
マコトは頭をかきながら言った。
「今日はそのために呼んだ。グローブもついでに見直す」
「いいんですか?」
楠木原の言葉にマコトが思わず聞き返したが、彼は首を横に振って言葉を並べる。
「大した手間じゃない。直近の訓練で多少身体もマシになってきたはずだ。今後にわたっての体型の変化も前提にしたい。だから、まとめてだ。それから訓練でのデータも見た。能力は磨きをかけたな。精度が向上しとる」
「はい。鷲律さんのお陰でかなりいい感じです」
楠木原が感心したように言い、マコトは笑顔で頷いた。
彼は未だ齢十八の若造、スポーツや芸術、勉学とあらゆる分野で努力する同じ年頃の人間がそうであるようにその実力はまだまだピークではない。日ごとに向上していくのは当然ですらある。
良くも悪くも彼に大きな影響を与えた実戦経験も、訓練を行うにあたっては意識付けの上で重要な意味を持つ。何であれ、あらゆる人間は、目的に適う最高の状態を目指して訓練する。その具体的な指標のひとつにはなるはずなのだから。
「精度が上がり、自分にかかる負荷が減った、そして威力を抑える手間も必要もなくなり、さらに操作は円滑に行える……良い傾向だが、従来の武装では不足だろうな」
楠木原の理解は実に明快で的確だった。精度の向上は他のいらぬ操作や意識を向ける手間をなくす、それは速さや更なる精度の向上、威力の増強に繋がる──勿論、それには相応の地力が備わっていなければならない。
これは古斗野高校で能力の扱いばかり上達してきた詠航マコトの三年間の集大成とも言える。
「そこでだ。これまでの戦闘や訓練を通して、何か要望はあるか?」
楠木原がペンと手帳を取り出しながら問いかければ、マコトは口を開いた。
「……刀の刀身をもっとタフに、とにかく強度がもうひとつ欲しい。分厚く、でかくしてくれてもいい。長さや柄の形状は前のものが理想なのでそれでお願いします。それから、予備に脇差も欲しいし、それ用にベルトも新造してほしい」
「強度の方はやってはおくが知れている。期待はするな。他は良いだろう。電磁加速機能は?」
「もちろん、あるのが理想です。可能ですか」
楠木原が問いかけ、マコトが応え、楠木原がメモを取り、また問う。
「可能だ、脇差にも太刀ほどの効果はないだろうが搭載可能だがどうする」
「お願いします」
「用意しておく。スーツと仮面に注文は?」
「どっちもお任せします。グローブ、ブーツも同じです」
「仕込みボウガンは?」
「あれ気に入りました、あの威力と取り回しでもう一発撃てると尚良いですけどね。両手に持っても良いくらいです」
一環のやり取りはよどみなく進み、大した時間を要することなく実に円滑に完遂される。なにぶん、前回の時点で装備はマコト本人の理想に程近いものだった為、装備全体の変更はマイナーチェンジに収まる範疇のものだ。中にはある刀の強度の注文なんて、よもや贅沢な性能向上でしかないが。
「可能な限り全て用意しておく。他にも新しい物を幾つか用意するが、気に入ったら持っていくといい。また、連絡する」
楠木原は取り終えたメモを閉じて、懐にしまった。
「ありがとうございます」
「次はもう少し傷を減らせるようにすることが、儂の仕事だ。言うまでもない」
マコトが楠木原に礼を言ったが、楠木原は礼にも及ばぬと鼻を鳴らした。
そして、楠木原は改めてマコトのつま先から頭までを見た。この短期間でマコトに一見、変化はない。だが、老人は彼の極彩色に覆われた眼を覗けば小さく頷いた。
「フン……お前さんも、すっかり処理部の人間だな」
どこであれ、普通はひと月も経っていない新人なんて学生気分が抜けていないと叱咤されるくらいのもので本来は喜ばしいはずの評価だ。しかし、楠木原は褒めているのかも貶しているのかもわからないような口調だ。
当然、実感などないマコトはそれを聞いて首をかしげた。
「そうですかね。一応、そういうことでやらせてもらってますけど、実感はあんまりないです」
少年は「襲われてばかりで」と、肩を竦めた。
「ああ、変わった。……最近、部長の様子はどうだ?話は聞いた。指導を受けとるんだろう」
老人は頷けば、彼にふと問いかけた。
予想外の質問にマコトは一瞬きょとんしたが、指導と聞いて、彼の指す部長が処理部の鷲律ユラナを示すものとわかって、「ああ」と、楠木原なりの世間話だろうと乗っかった。
「鷲律さんですか。まあ、あの人は元気ですよ。すごく忙しそうで、すごい働いてますけど」
鷲律は当然通常の業務もこなしながら、少年の面倒を見ていた。つまり、マコトの言う通り、文字通り驚異的に仕事をこなしているのだ。
「変わらんな」
楠木原はそれを聞いて、特別驚くことはない。その鋭い眼光もあまり変わらないまま、安心したような、呆れたような風に溢した。
「……鷲律さんと親しいんですか?」
「昔、あれの面倒も見た。十年ほど前だったか……丁度、鷲律がお前さんくらいの歳だったわい」
そう語る楠木原の目はどこか遠くを見ているようで、懐かしんでいるようにも見えた。
「昔の鷲律さんって、どんな人だったんですか?」
「向こう見ずで、オーバーワーク。そしてワーカホリックだ、儂と同じでな」
マコトの質問に、楠木原が答えた。彼は相変わらず機嫌がよくはなさそうだったが、おしゃべりには付き合ってくれるようだった。
「確かに、鷲律さんは働き者です。朝は俺より早くて、夜は俺より遅い」
マコトと鷲律の共有する時間は、同居という言葉から想像するほど長くない。しかし、それでも二人で暮らしていればどんな生活をしているのかおおよそ見当は付くし、どんな人間なのかは家事や振る舞いからみて推し量ることができる。
その上で、マコトは頷いた。
ある朝、鷲律は寝ぼけまなこを擦るマコトを横目にコーヒーを丁度空っぽにしているし、その前の晩はマコトが眠気に負けてリビングから自室のベッドに沈みにいく頃、鷲律は本を読んでいた。
「儂はそれ以外ないだけだが……あの子は、そういう親の背を見たからな」
「鷲律さんのご両親、知ってるんですか」
ぼやく楠木原に、マコトが少々意外そうに問いかけた。
マコトは、鷲律ユラナがコーヒーをどんな風に飲むかは知っていたし、どんな風に料理するかも知っていた。なのに、鷲律ユラナから恋人や個人的な友人、家族の話を聞くことはないし、そうした痕跡を彼女が見せることはない。
第一、非公式かつ秘密主義な組織で例え内部であろうとも、所属する者の個人情報は知れるものではない。
「……両親はあの子が幼い頃に、亡くしとる。それから特務機関Vで保護され、育った」
少しの沈黙の後、楠木原が声を潜めて言った。。
「そんなことが……」
そう呟くマコトを前に、楠木原は腕を組み、小さなため息を吐く。
それから彼は改めて、少年をまじまじと見た。あまり目つきの良くない楠木原であるが、その視線は柔らかいものだった。
「あの子はここで多くの時間を過ごし、俵を目指した。そして、今はお前さんと過ごしとる。因果な話だ」
楠木原が言った。
その時、彼の注目しているのが、少年の整った顔の造形でもお披露目した私服のファッションセンスでも、風変わりな極彩色の瞳や薄い桃色がかった白髪でもない──とマコトは直感する。
楠木原は、ひとりの人間を見ていた。
「知っとるだろうが、あれは賢い。だが、あまり本音を言わない。難しいところがある……と聞いているし、恐らく実際にそうだ。だから、まあ……お前さんも彼女のことは気にしてやってくれ」
「わかりました」
楠木原らしくない歯に何かが詰まったような物言いを聞いて、マコトは微笑んで頷いた。
思うところはあるのだろう。
「そういえば、ひとつだけ疑問が──なぜ、あの人はここまで俺を?」
マコトがそうだと両手を叩けば、思い出したように楠木原に問いかけた。
単なる暴力には代えが効く。詠航マコトの価値は低くなくとも、そこまで高くないはず……ならば、なぜここまでわかりやすく手間暇をかけるのか。それは全く非合理である。
マコトは鷲律に疑心はなくとも、やはり違和を感じていた。そして、答えを求めてもいた。
だが、楠木原は首を横に振る。
「わからん。儂は単なる技術屋だ。それ以上でもそれ以下でもない」
楠木原はその答えを持ち合わせていないようだった。
「……だが、そうだな。お前さん、昔の鷲律ユラナと似ているところがある」
楠木原が、言った。
「……似ている?」
マコトが聞き返したその時、楠木原の扉を叩く音が響いた。
客が名前と要件を扉越しに伝えると、楠木原は変わらぬぶっきらぼうな態度で「今行く」と応えた。
「……もうこんな時間か、ある仕事でな。お前さんの装備と、このプロジェクトが儂の最後の仕事だ。終われば、この穴倉ともおさらばよ」
楠木原は、腕時計の時間を確認すればぼやいた。
「そうでしたか。それじゃあ、俺帰ります。忙しい中、ありがとうございました。装備の件、また何かあれば連絡お願いします」
マコトが席を立って、軽く会釈した。
「わかった。あの子には働き過ぎだと言っておいてくれ。どうせ、変わらんだろうがな。それからお前さんも何かあれば言え。相談には乗れないが、武器なら用意できる」
「わかりました。頼りにしてます」
楠木原の伝言を土産に、マコトは部屋を出た。
まだ時刻は夕方を回り、もう夜だ。
今日は平日だったが、彼はもう古斗野高校に行っていなかった。
詠航マコトは居場所など求めておらず、そして、片を付けるべき戦いがあった。
学校側では病欠ということになっているが、牧野シロから来る連絡を除いて詠航マコトが古斗野高校と繋がるものはない。
元より、いてもいなくても困らないひとりに態々連絡するような人間はいない。これは、帰属意識に欠ける彼には都合が良かった。
少し待てば、予定通り仕事を済ませた鷲律ユラナと合流した。二人は、特務機関Vの敷地内、地下基地やその周りではあまり話さない。
二人は軽く挨拶をして、普通に出ていく。その後、彼女の愛車の運転席に鷲律が、助手席にマコトが座り、そこで始めて二人の「部下」と「上司」の肩書は取れる。これが今では二人の日常であった。
その日、マコトは楠木原とのことをユーモアたっぷりに話した。例えば、楠木原が元気そうだったと言うことを「あともう半世紀は引退する必要がなさそうでした」と報告しながら、「やっぱり昔はもっと元気だったんすか」なんて問うてみる。
鷲律はニヤッと笑って「昔から、処理部の人間にも真っ向から好きに言える人だった」という。
「楠木原さんが言ってました。鷲律さん、働きすぎだって」
交差点待ちで、マコトが言った。
「そうだろうな」
ハンドルを握る鷲律は答えた。否定はせず、だが肯定もしないまま、心配は受け取るがそれはそれとして減らすつもりはなさげだ。もちろん、減らしたくて減らせるものでもないかもしれないが。
「でも、楠木原のじいさんには負けるよ」
アクセルを踏み込みながら、彼女は笑った。
しばらくして二人は無事に帰宅した。
奇妙な同居も慣れれば悪いものではなく、鷲律家の雰囲気は静穏で穏やかだった。
ひとりには広過ぎる家は、今はふたりではやや広い家だ。
マコトに与えられた部屋は、彼がひとりで暮らしていた頃のアパートの中よりも、ずっと整理されている。
給与のお陰で収納を購入することにも妥協する必要がなくなった上に、金銭的に余裕があると無理に安いことを理由に物を買う必要がなくなって、寧ろ収納の中が寂しいくらいである。
家の廊下にある、立派だが空っぽだった花瓶に今では花が飾られていた。ピンク色の可愛らしい花だ。これは、折角だからとマコトが買って入れたものである。
花の名前は、わからない。
彼が花を買ってきた時、鷲律が「なんて花だ?」と聞いてみたが、マコトは首を傾げながら珍妙なカタカナを並べるもので結局わからずじまいだったからだ。花屋で勧められるままに購入したので、覚えていなかったのだろう。
だが、名前はわからなくても、綺麗なことには変わりない。
その家には朝出る時も、夜に帰る時もそこには花が飾られていた。
マコトは花瓶の水を毎日取り替えるという、彼担当の些細な役割をいつの間にか持っていた。
なんであれ、大量殺人を犯した少年は、その罪のすべてを揉み消した女とすこぶる穏やかに過ごしていた。
「そういえば、少しいいか」
リビングの鷲律が、マコトに話しかけた。
それは今日の夕食である詠航マコトお手製「羽黒レイ式オムライス」を二人で食べ終えて、マコトが洗い物をキッチンの食洗器に突っ込んだ頃のことである。
「いいですけど、なんすか」
鷲律のいつになく真剣な物言いに、マコトは思わずキッチンからリビングを覗いて答えた。そして、マコトは鷲律の向かいのダイニングチェアに座った。
向かいの鷲律はいつもと変わらない、帰宅してからシャツのボタンを上から幾つか開けた格好でくつろいでいた。
彼女は家では、色々と露出しない程度に着崩して過ごすことが多い。露出のないのはマコトへの気遣いか、それでも美人とこの距離感で過ごすのは思春期のマコトには少々以上に刺激的である。
だが、そうである前に上司である彼女が真剣に話しをするとなれば、マコトの背筋も伸びるというもので、ダイニングチェアに姿勢よく座るマコトの態度は模範的な生徒あるいは弟子か、歳の離れた弟のようにも見えた。
「家なのに悪いが、仕事のことだ。お前には先に話しておくが外に漏らすなよ。羽黒レイのことだ」
マコトを見て、鷲律は言った。
「……レイの?」
鷲律の言葉に、マコトが思わず聞き返した。
「そうだ、あの三人組と交渉した組織が判明した」
例の三人組とは、すり抜け能力のヒバリ、鬼蜻蜓の異形カジシマ、恐らくコンピュータのようなハイテク系統に干渉するクルマダの、電車を襲撃し、最終的に羽黒レイを誘拐した三人組のことだろう。
「マコト、異能組合については授業で習ったな?」
マコトは、「異能組合」という単語を聞いて大方の流れを理解したように頷いた。
鷲律が出したその組織の名は、一般人はともかく、ヒーローを志すのならば場合によっては犯罪者や犯罪組織と戦うことになるわけだから知っているべきである。
これはプロ野球選手志望者が12球団の名前くらいは当然すべて言えるのと同じであるので、仮に興味のない人間や詳しくない一般人が知らずともそれは問題とはならないようなものだ。
「はい。反社のひとつですよね。九〇年代の混乱の後に結成された組織で……確か、最大の特徴は特殊体質者の育成組織で、生まれて間もない特殊体質者の売買を行っているのが有名。特殊体質者をボディガードや殺し屋に育て上げ、裏社会に多く輩出したといわれていますが……知名度に比べてその実態は謎です」
マコトは知るところを並べた。
特殊体質者の誘拐や人身売買は多く発生している。
これは日本に限る話ではなく、世界的にそうなのだ。
原因は不景気と暴力だ。一般人が真面目に働くよりも特殊体質者が働く方が利益を生むのも相まって、特殊体質者をより引き込まんとして管理しきれずに混沌としていくのが現代社会である。
寧ろ、世界的に見ても割合的に少なく、治安が非常に良いとされる日本ですら相当数の誘拐、人身売買が行われていると警察が発表している。
「その通り、異能組合は多くを抱え過ぎない。奴らは裏社会で人材の独占と覇権より流通を狙い、そこを独占的に支配することで大きな影響力を持っている」
特殊体質者に、ひとつの組織に忠誠心を持たせ続けることは難しい……いいや、厳密には特殊体質者自身にそのメリットが薄い。
組織は大きいほど支配には不確かさが生まれる。特殊体質者は属人的過ぎて、組織という概念と根本的に相性が悪い。管理しきれない存在を多く抱えるのは、内紛と実態の暴露のリスクを抱えるのと同義であり、その末路は破綻以外にはない。
「一般には奴らは幽霊だが、我々は奴らの実態を把握している。公安も相応に掴んでいるはずだ。やり合えば、必ず勝てる」
鷲律は不敵に語る。
異能組合は恐ろしいが、それでも特務機関Vには敵ではないとも言わんばかりだ。
「まさか、そいつらが」
マコトがやはりとでも言わんばかりに言えば、鷲律が頷いた。
そして、至って冷静に、穏やかに語り始める。
「ああ、異能組合が羽黒レイを買った。生死は不明だが、彼はそこにいる」
こんな話題でも彼女のネコ科の猛獣じみた瞳に揺らぎはない。一切の感情を排除したように、その奥は凪いでいる。
「良い機会だ、奴らの息の根を止めるぞ。それから、真理救済教だ。お前も覚悟はできてるな?」
「とっくに済んでる」
恐ろしい犯罪組織の壊滅に、鷲律はまるで試すかのように誘い、マコトは平然と乗った。




